第29話 お誘い②


「奏真くん、夏祭りがあるって知ってますか?」



 俺が家に帰ると、楓ちゃんが夕飯を作って出迎えてくれた。そして食事をはじめてしばらくしたところで、何やら先程聞いたような質問を今度は楓ちゃんから問いかけられた。



「ああ、知ってるよ。駅の南にある神社で屋台とかが開かれてるんだろ?」


「さすが奏真くん、やはり知ってましたか」



 もしかして女子高生の間では大学生に夏祭りの開催を告げるというイベントが流行っているのだろうか? そんなことを考えていると、楓ちゃんは俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。



「その、よろしければ一緒に行きませんか、夏祭り」


「楓ちゃんと?」


「ええ。話に聞くばかりで一度も行ったことがないんです、お祭り。その……家が少し厳しくて」



 それは悲しい話だ。まさか人生で一度も夏祭りに行ったことのない女子高生が存在するとは。夏祭りに行く許可すらもらえないなんて、もしかして相当厳格な家で楓ちゃんは生まれ育ったのだろうか?



「ああ、もちろ……」



 と、言いかけて俺は先ほどの出来事と雲母の笑顔を思い出す。



『楽しみにしてるから!』



 雲母はそう言っていた。もし、もしだ。夏祭り当日に俺が雲母の知らない女子高生を連れて行ったらどうなるだろうか? さすがに驚くよなぁ。とはいえ先約は雲母なので、心苦しいが楓ちゃんの誘いは断らなければいけない。ダブルブッキングのようなことはしたくないし、仁義くらいは守りたい。だが……



「奏真くん?」



 俺のことを覗き込む純粋な瞳を見ると言葉に詰まる。こんなに可愛い顔で遊びに行こうと誘ってくる妹系隣人のお願いをキッパリ断ることができる非道な男は世界にどれくらいいるのだろう? だが、今の俺にはそんな非道さ……もといクズさが求められている。



「ごめん、悪いけ……」



 その先の言葉を言って、楓ちゃんは何て言うだろう。ちょっと怖いけど楓ちゃんの耳に言葉が届くこのコンマ数秒で少し想像してみる。



 ——心の中で妄想——


『ごめん、悪いけど断るわ』


『え、どうしてですか!?』


『夏祭り、めんどい』


『ううっ、奏真くん酷いです……』



 ——妄想終了——


 あ、ヤバい絶対無理だ! とりあえずどうにかしてやんわりと、なおかつ楓ちゃんを傷つけない形で断らなければ。かなり難しいが、あの綾瀬とまともに言葉のキャッチボールができるようになった俺ならできるはず。いや、むしろ正直に先約がいることを伝えた方がいいかもしれない。なんだよ、そんな至極真っ当で簡単な解決方法があったんじゃないか! よし、行くぞ!(ここまで0.1秒)



「奏真くん?」


「ああ、ごめん。実はさ、一緒に夏祭りに行かないかってもう誘われてたんだよね」


「そ、そうなんですか。それならまあ、仕方ないですね。学校の友達と一緒に行くことにします……はぁ」



 なんとか楓ちゃんの誘いを断ることに成功した俺。断ると言っても先に約束がしてあったというありふれた理由なので、後に遺恨が残ることはない。最後の楓ちゃんの溜息が気になるが、とりあえずややこしい状態になることを回避できたことにホッとする。



「ん? ちょっと待ってください」



 俺が食事に戻ろうと茶碗に再び手を伸ばそうとしたとき、何かに気が付いた楓ちゃんがハッとしたように俺の顔を見る。一体なんだ?



「もしかしてそのお相手って、宮子さんのことですか?」


「え、全然違うけど?」


「なんだ、違うんですか……それなら安心ですね」



 それを聞いた楓ちゃんはどこか安心したように胸をなでおろした。もしかして宮子と一緒に行くことを心配しているのだろうか? 確かにあいつ、この前楓ちゃんの料理を食べに来た時にずっと楓ちゃんに引っ付いてたし、もういろんな意味で警戒されているのだろう。宮子も俺と同じで楓ちゃんのことを妹扱いしている節があるし。



「ならきっと大学のお友達ですよね。楽しんできてください」


「え、大学の友達じゃないけ……あ」


「え、違うんですか?」



 やばい、安心しきって別のことを考えていたところで質問されたから素直にそう答えてしまった。だが別に隠すようなことではないのである程度開示しても大丈夫だろう。

 俺がそう思っているのとは対照的に楓ちゃんの表情は少し曇った。いや、何かを疑っているような顔をしている。どうやらまだ話が続きそうなので、お茶碗に手を伸ばすのは後にした方が良さそうだ。



「もしかしてそのお相手というのは、女性ですか?」


「えっと、包み隠さずに言うとそうなるな」


「み、宮子さん以外の女性!?」



 どうやら俺の交友関係が少ないことを楓ちゃんも知っていたらしい。だからこそこんな風に驚いているのだろう。すると捲し立てるかのように色々と質問してきた。



「そ、奏真くんから誘ったんですか?」


「いや、向こうから誘われて特に断る理由もなかったし承諾した」


「そうなんですね。その、その方とはどのようなご関係で……」


「えっと、バイト先の知り合い、かな?(さすがに教え子と言うのは世間体的にマズいよな)」


「な、なるほど。ちなみに年上の人ですか?(バイト先の同僚? もしかして奏真くんって年上の方が……)」


「いや、高校二年生」


「それっ、私と同い年じゃないですかぁ!?!?」



 バンッ!!


 最後の質問を正直に答えたところ、なぜかテーブルを思いっきり叩きこちらに身を乗り出してきた楓ちゃん。まさか自分と同年代の知り合いが俺にいたとは思わなかったようで驚いているようだ。そういえば、そもそもバイト先が塾だっていうこと楓ちゃんに話してなかったっけ? 何かその辺が曖昧かも。



「えっ、もしかしてパパか……」


「違う違う。そんな危ないことはしてないから。さっきも言ったけど、バイト先の知り合いだよ」



 楓ちゃんの口から似合わない単語が出てきそうだったので、すかさずそれを阻止するべく言葉を重ねる。だが楓ちゃんはどこか納得できないらしく、珍しく頬を膨らませていた。うん、怒っているところも可愛いな。



「えっと、つまり私と同じ女子高生の方が奏真くんをお祭りに誘ったと?」


「まぁ、そうなるな」


「それ、奏真くんのこと狙ってるんじゃないですか?」


「狙ってるって……」



 その言い回しに少しドキリとした俺だが、雲母に限ってそれはないと思いすぐに冷静さを取り戻す。あんなイケイケJKの代表みたいな奴が、平凡な年上大学生の俺を狙うとかそんなわけないだろう。



「うん、ないな」


「本当ですか?」


「ああ。少なくともそんな奴じゃないよ」


「異性を、しかも二人きりで誘っている時点でそうとしか思えないのですが」



 否定はしたものの楓ちゃんはまだ雲母のことを疑っているようだ。だが実際のところ俺は雲母のことを異性としては意識していないないのでゴシップ的なことにはならないだろう。それにあいつ、そういう下心とは程遠い存在だと思うし。



「あの、やっぱり無理やりにでもついて行っていいですか?」


「うん?」


「気になるというレベルがたった今上限値を突破しました」



 そう言いながら楓ちゃんは箸でおかずをつまんで口へと運ぶ。どうやら何が何でも俺に同行したいようだ。だがさすがにそれはマズイと思ったので慌てて楓ちゃんを説得する。



「いや、さすがにそれは……」


「もしかして、私に言えないような関係を既に構築済みなんですか?」


「そうじゃなくて、いきなり知らない人が来たらその子も驚くと思って」


「それなら大丈夫です。これでもコミュニケーションには自信があります。それに奏真くん、知らないんですか? 最近の女子高生同士は目を合わせただけで相手と気が合うかどうかわかるんですよ。その特性を使って、懐に入り込んでみせます!」


「そ、そうなんだ」



 どうやら楓ちゃんは折れる気がないらしい。ここまで決意を固くした楓ちゃんを見るのは出会ってから初めてだ。さっき怒っているのが可愛いと言ったが、今は少しだけ怖い。



「ですので、出来れば事前にその方に連絡を入れていただけると助かります。場合によっては途中離脱するかもしれませんが、そちらの女性を優先して頂いて構いませんので」


「え、えっと?」


「あ、奏真くん。当然ですが神社にお参りするのは絶対ですからね? 五円玉を忘れないようにしてください」


「あ、うん」



 そう言って既に当日とその前にしておくことなどの予定を話し始める楓ちゃん。なんというか、綾瀬と同じくらいの突発力を垣間見た気がする。それにしても楓ちゃん、なんでこんなに気合が入っているんだろう?



「さて、当日はよろしくお願いしますね。奏真くん♪」


「は、はい」



 ごめん雲母、これ説得無理や。










——あとがき——


二人のエンカウントまで、残り……

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