第26話 意地悪
「あちらにあるのはこの大学の図書館で、多くの学生が休み時間に利用しテスト勉強やレポート作成、読書などをしています」
始まった俺たちグループの引率。保護者含む高校生の人数は十数人ほどで俺たち三人で十分に対処が可能な人数だった。俺が巡る予定のコースを先導して案内し、二人は列の後ろからはぐれる人がいないかチェックするためについてきている。ちなみに俺が先導する役割になったのは、単純にじゃんけんで負けたからである。
「あちらが学生食堂で昼休みになると多くの学生がやってきます。自分のお気に入りは、日替わりの唐揚げ定食で……」
最初は緊張していた俺だったが、やり始めたら案外楽しかった。塾で勉強を教えているということもあってか、誰かに何かを教えるというのは存外嫌いではない。そしてその特性をこのオープンキャンパスでも発揮することになったのだ。そしてその様子をニヤつきながら眺める綾瀬と、ちょっと心細そうな宮子。やはり綾瀬と二人きりというのが宮子のSAN値をじわじわ削っているのだろう。
(すまんな宮子、悪いが綾瀬の犠牲になってくれ)
下手に綾瀬に引率を邪魔されるより宮子に構ってもらっていた方が上手くいきそうな気がするのだ。現に綾瀬はやってきた高校生たちをそこそこに、宮子に積極的に話しかけている。
ミスコン一位の美貌ゆえに高校生たちの視線を釘付けにしているというのに、相変わらずマイペースな奴だ。とりあえず綾瀬にはマスコット的存在として頑張ってもらおう。あいつにつられて入学してくる奴がいたとすれば、それこそ悲劇かもしれないが。
(何がともあれ、とりあえず引率を無事に終えなければな)
この引率が終わった後は高校生たちは基本的に解散で、教授や学生に質問をしたいという人だけを専用の教室に案内することになっている。そしてこれと全く同じやり取りが午後もあるのだ。俺たちのせいで大学の評判が落ちてしまったらさすがに責められる。
「それでは、次は研究棟の方に向かいます」
そうして俺はできるだけ気さくに頼りになりそうな先輩を演じつつ、給料のために笑顔を振りまくのだった。
「思ったより様になってるねぇ、冨樫くん」
「……うん、そうだね」
高校生たちを先導し普段より2割増しの明るさで良い先輩を演じている冨樫くん。もしかしたら私とデートしている時よりも明るいかもしれない。後輩にいい格好を見せようとしているところはなんというか、うん、ちょっとだけ可愛い。
「それでは、次に学食とは別で隣接されているカフェに~……」
「桐谷さんはあれ見てどう思う?」
「うん、後輩相手に完全に調子乗ってる」
「あ、私と同じ感想―」
「でも私たちは楽だからお得」
どうやら桐谷さんも冨樫くんが徐々に調子に乗り始めていると感じていたらしい。ああいうところはもしかしたら男の子っぽいのかもしれない。少なくとも私はああいうことをしていると徐々にテンションとやる気が落ちていくタイプだし。
それにしても冨樫くんがああいう役割を引き受けて(じゃんけんで負けて)くれたおかげで私たちは暇だ。勝手な行動を起こす人もいなさそうだし、本当に黙ってついて行くだけになっている。
——ちょっと暇つぶししてみようかな
私はきっと意地の悪い笑みを浮かべているだろう。それを誤魔化すようにいつものような自然な笑みを浮かばせ、桐谷さんに言う。
「いやぁ、頼りになるなー。桐谷さんの元カレだねぇ」
「……」
私がそう言った瞬間、桐谷さんは目を細めた。顔をしかめることはなかったが、おそらく戸惑いと居心地の悪さを感じているだろう。あ~わかりやすくて楽しい。
私の軽いジャブに、桐谷さんは反撃とばかりに言い返す。
「元カレじゃない。付き合ったことないし」
「またまたご謙遜を~。ほとんど同じような意味合いの関係性だったじゃ~ん」
「私とソーマは友達。それ以上でもそれ以下でもない」
「あのね、さすがに無理があるでしょ。というか私、あの時桐谷さんに聞いたよね? 忘れちゃった?」
「……」
高校時代、私と桐谷さんは同じクラスでありながら全く接点を持っていなかった。だが、一度だけ話したことがある。そしてその時に、桐谷さんに冨樫くんに関することを聞いた。それも、尋常じゃないほどオブラートに包んで。
「今でも好きなんでしょ? なら、なんでアタックしないの? 既成事実を作っちゃえば冨樫くんは逃げられないのに」
高校生たちを相手にしている冨樫くんを見据えながら、私は桐谷さんにそう尋ねる。だが桐谷さんはうつむいたまま、言葉に詰まっていた。その時点で、冨樫くんに対してまだ未練があることが確定する。
「ま、桐谷さんが決めることだから私は別にどうでもいいけど」
「そう言うなら、最初から踏み込んでこないで」
「アハ、ごめんごめん」
そう言って研究棟のほうへ移動する高校生たちについて行く私たち。もちろん誰かがはぐれないかなどの監視は怠っていない。だからこそ自由な会話が許されているのだ。
そうして移動をしながら、私は桐谷さんにもう一つ情報を教えておく。どうなるという訳ではないが、反応が見てみたいという一心で。
「そういえば、気を付けた方がいいよ。なんか、冨樫くんのことを狙ってる女子高生がいるみたいだし」
「女子高生? ……ああ、あの子ね」
「え、あの子のこと知ってたんだ?」
そう、あの女子高生……
(カエデのこと……)
(あの金髪ちゃんのこと……)
私と桐谷さんの脳裏に浮かび上がっている女子高生の姿は全く異なっているのだが、そんなの私が知る由はなかった。私と桐谷さんが揃ってその事実を知るのは、もう少し後の事である。
「アハ、意外と冨樫くんって人気物件?」
「不本意だけど、そうかも」
「あ、認めるんだ」
「すぐに揚げ足を取らないで」
「ふふふ、程よくギスギスしてきたねぇ私たち……楽しいなぁ」
桐谷さんは知らない。私と冨樫くんが紛いなりにも付き合っているということを。それを明かした時、彼女はどんな反応をするのだろう。昔みたいによりを戻すのだろうか? それとも諦めて身を引くのだろうか? 見てみたい気持ちはあるがそれは来るべき時が来るまでぐっと堪える。
「あっ、置いて行かれちゃう。桐谷さん、急ごう」
「綾瀬さんのせいだけどね」
「アハ、ごめん最近難聴気味でさぁ。なーんにも聞こえなかったなぁ!」
そんなことを言い合いながら、私たちは少し早歩きで冨樫くんたちのところに追いつく。すると研究室にいた教授や大学院生と合流したみたいで、学生を交えてどのようなことを研究しているのかなどを紹介しているようだった。
高校生たちは興味深そうに見つめており、遊びでオープンキャンパスに来たわけではないということが改めて思い出される。私にもあれくらいの情熱があったらなぁ。
「ねぇ、桐谷さんはどうしてこの大学を選んだの? やっぱり冨樫くんがいるから?」
「綾瀬さん、今日はよく喋るね」
「アハ、毎日こんな感じだよっ。それともあれかな、可愛い子が目の前にいるから格好つけているの、カナ? お嬢ちゃん、可愛いネ」
「急なおじさん構文やめて。気持ち悪い」
「辛辣ぅー」
桐谷さんは私の言動にもはや呆れているようだった。ただ最初の質問には律儀に答えてくれる。
「そういう事情もないわけじゃなかったけど、もともとここに来たいと思ってたの。興味のある分野で活発な研究をしていたし、就職状況も悪くなさそうだったから。ソーマと一緒になったのは、本当に偶然」
「どこかのクズよりよっぽど真面目だねぇ。私なんてノリでこの大学に決めたっていうのに」
「ノリ?」
「うん。だってオープンキャンパスどころか一回もこの大学のホームページを調べたことないもん。気まぐれで受験したら受かった。だから来てみた。そんな感じ」
「……綾瀬さん、変わってるね」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
私にも色々と抱え込んでいる事情がある。そういう意味では冨樫くんと同じなのかもしれない。だが私は傷のなめ合いをするために彼に近づいたわけではない。もっと果たすべき……証明したいことがあるのだ。
そうしてオープンキャンパス一日目午前の部は無事に幕を下ろすのだった。
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