第25話 あの時とは違う立場で


 そして説明会から数日後。俺たちは朝早くから大学の指定された教室に集まっていた。幸いなことに宮子は寝坊せずに来ることができており、少し離れたところには綾瀬も座っている。何とか予定通りに進みそうだ。



「俺たちは会場設営の手伝いか」


「怠い」


「言ってやるなよ。みんな思ってっから」



 とはいえお金をもらうことになる以上中途半端は許されない。俺は来る途中に買ってきたパンを食べながら宮子が二度寝しないように頬を不規則につつく。それが煩わしいのか、宮子も唸り声を上げながらなんとか寝ないでいた。



「そういえばみゃーこ、朝ごはんは食べたか?」


「なにも」


「ったく。ほらよ」


「ん」



 こんなことになるだろうと思って、事前に宮子の分の朝食を購入しておいて正解だった。チョイスしたのはチョコレートのクリームが入った菓子パンで朝には少し向いていないかもしれないが、宮子の目を覚ますにはうってつけだ。

 現に宮子は明らかにカロリーがヤバいであろう菓子パンを食べるために今眠気を退けた。



「むしゃむしゃ」


「もっとゆっくり食えよ。あと、さすがに飲み物は用意してないからな」


「へーき。ソーマのお茶がある」


「虎視眈々と俺のお茶を狙うなよ」



 だが結局飲ませてしまうあたり、俺もこいつのことを心の底で甘やかしているのかもしれない。だが今回はそのおかげもあり宮子の目もすっかり冴えたようだ。



「やっぱり甘いものは偉大」


「そーかい。じゃあキビキビ働けよ」


「ういー」



 こんな自堕落そうな奴だが運動神経は俺よりやや上なので率先して働いてもらわねば困る。しかし、なんで俺がこんな奴に高校の体育の成績で負けたんだろう。そりゃ、男女の成績基準が若干違っているというのもあるのだろうが。少なくとも真面目さなら絶対に勝ってた。



「ねぇソーマ」


「なんだよ」


「変わったね、綾瀬さん」


「……そうだな」



 高校のことを思い出していたら、宮子がふと俺にそんなことを言って来た。同じ教室に通っていた同性だからこそ、俺以上に綾瀬の変化には驚いているかもしれない。少なくとも、この前みたいに無理やりグループに参加したいと意見するような奴ではなかった。



「ソーマ、なにかしたの?」


「なにかって?」


「だって、ソーマのこと狙ってるみたいだったから」


「それは、恋愛的な意味で?」


「ううん、狩りの獲物として」


「誰が被食者か」



 まあ実際似たようなものかもしれないが、いまだに綾瀬のことはよくわからない。俺のことが好きだというのは間違いなく嘘だろうし、それでもどこか楽しそうにしているところがさらに俺を困惑させる。だが、先日少し思ったことがある。



「もしかして、みゃーこも関係しているのかもしれないな」


「私? 私は何もしてないけど」


「気にするな。こっちの話だ」


「???」



 俺や宮子が昔の芋くさい綾瀬のことを知っていると同時に、綾瀬も昔の俺や宮子のことを知っている。もしかしたらここ最近の一連の騒動はそこらへんの事情が絡んでいるのかもしれない。仮に遊び相手とか財布目当てだったとしても、そうでなければこの大学の何百人という学生の中から俺を選ぶわけないしな。



(そうか、でもそりゃ知ってるよな。俺と宮子のことだって)



 宮子と俺の高校時代。今でもたまに思い出す。あの頃は本当に楽しかった。成長とともに失われてしまった夢のような時間。宮子が隣にいる今でもあの時に戻りたいとさえ思ってしまう。


 今でも、宮子に言えば当時のように遊び回るのに付き合ってくれるかもしれない。下手をすれば当時よりも親密でかけがえのない関係になれるのかもしれない。その可能性は、十分にある。俺たちはお互いに嫌い合っているわけでもないのだから。



(けど、俺にそんな資格はない)



 だがいまさらそんな都合のいいことが叶うはずもない。あの日、俺は宮子のことを傷つけてしまった。思えば俺は最低の人間だ。宮子のことを傷つけ、家族と縁を切り、ここ最近では年下の女の子のお世話になっている。しかも先の問題については何も解決できぬまま逃げ出しているようなものなのだ。


 だから、俺は……



「別に、私は気にしてないのに……」



 そんな宮子の呟きを聞き逃し、俺は呼び出しの時間になるまで目を瞑ることにした。俺と宮子のことを見てニヤニヤと邪悪な笑みをしている女の存在に気づかぬまま。


















「さて、とうとうグループでの行動だね」



 あれからしばらく時間が過ぎ、大学構内が徐々に騒がしくなってきたことを肌で感じた。どうやら大学側が想定していたよりオープンキャンパスの参加者が多かったらしく、現在進行形で対応に追われているようだ。



「お前、会場設営のときバックレたな?」


「お花を摘みに行っていただけだよ? いやー、お腹が痛くて痛くて」


「そうか。ならいなかった分キビキビ働けよ」


「真面目だねぇ冨樫くんは。如何わしい宗教の教徒みたい。いつものクズっぽい性格はどこにいったの?」


「今だけはお前に返上してるよ、クズ女さん」


「うわーん、クズにクズって言われたぁ」



 俺たちは先ほどの教室から場所を変え全体説明をする会場に来ていた。これからここに高校生やその保護者を招き全体的な説明を行う。それが終わったら学部ごとにグループに分かれ実際に大学を歩いて見学する予定だ。ちなみに午前と午後の二セット行われることになっている。


 だが案の定というべきか、宮子ですら真面目に会場設営で働いていたのに綾瀬は開始早々にどこかへ消えてしまった。本当、何をしに来たのだか。



「ねぇ桐谷さん。冨樫くんが私のことを虐めてくるよぉ……ううっ」


「私に預けられても困る。外に放り出しといて」



 最初は綾瀬相手に委縮していた宮子だったが、時間が解決したのか徐々に綾瀬の扱いが分かってきたらしい。だがそれでも溝はあるのか、俺ほどはぞんざいに扱えないようだった。



「私は偏差値と学部でこの大学を選んだからオープンキャンパスには参加してないんだけど、二人は参加したことがあるの?」


「ああ。宮子と一緒に参加したことがある」


「へぇ、一緒にね」



 なぜか変なところを強調しニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべる綾瀬。いつもの事なのだが、なぜか少しだけ寒気を感じた。まるで今の綾瀬は面白いおもちゃを見つけて遊ぶのが楽しみで仕方のない子供に見える。



「なんだよ」


「べっつにぃ。なにも~」



 そう言って綾瀬は俺たちから目を離し会場に入ってくる高校生たちに目を向けた。色々と気になることはあるが時間になったらしい。いまから教授による大学生活などの説明が始まる。それを邪魔したらシャレにならないのでしばらくはお互いに大人しくするしかなさそうだ。


 そんな折に



 ギュッ——



「おい、みゃーこ……宮子?」


「……」



 宮子が俺の封の裾を指でギュッとつまんできた。どんな意図があるのかはわからないが宮子も目を合わせてくれない。それに俺の服をつまむ力は宮子にしてはかなり強力だ。



(……まったく、こいつらは)



 果たして無事に引率をすることができるのか改めて不安になってきた。とりあえず綾瀬は意地でも働かせてやるが、宮子に関しては少し接し方に迷う。昔のことを思い出してしまったから余計にだ。



(時間が解決すると思ってたんだけどな)



 会場に入ってくる高校生を眺めながら俺は思う。あの時の俺はどんなことを考えていただろうか。今の俺の……俺たちの姿を見てどう感じるだろうか。答えは分からない。だが、今友達と一緒に会場の中に入ってきた高校生たちをみて眩しく感じてしまうのは引け目を感じている証拠だろう。



 そうして会場が一杯になったところで説明会に入る。俺たちにとっては大学での日常生活をちょっと脚色されて語っているに過ぎなかったので退屈な時間だった。その証拠に宮子の時間を追うにつれ舟をこぎ始めた。



 だが、そんな時間もあっという間。



『それでは、担当の学生はそれぞれ引率を開始してください』



 そんなアナウンスと共に会場の学生スタッフたちはいっせいに所定の位置に向かう。会場から出ていく人数を制限し、その人数ごとに大学内を引率して回る予定だ。その方が出口が詰まらなくてスムーズに見学を終えることができるだろうという判断からだ。



「いくぞ、ふたりとも」


「「はーい」」



 そうして俺たちのオープンキャンパスが始まった。ただし、今度は受験生としてではなく、学生スタッフとして。










——あとがき——

追記:いまさらだけど三人は同じ学部です

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