番外編 とある二人の女子高生たち
「それじゃ奏真くん、私は行ってきますね!」
「うん、気を付けてね楓ちゃん」
ある平日の朝。私はいつものようにお隣の奏真くんの家に行き朝食を作った。私が奏真くんに朝食を作るのは奏真くんが一限目から授業を入れているときだけなのだが、今日も例に漏れずその日だった。というか奏真くんの時間割や塾でのアルバイトの予定を把握しているあたり、私も結構彼の生活に介入しているのかもしれない。
「なんか、老々介護ならぬ若若介護みたいな感じになってますね」
このままでは奏真くんをダメ人間にしてしまう日も近いかもしれない。私も正直驚いている。奏真くんのお隣さんになってから彼の世話をするようになったのだが、まさか自分がこんなに世話を焼くのが好きだったなんて。実家にいた頃はそんなこと考えられなかっただろう。
「まぁ、楽しいからいいんですけど」
あの日の夜、奏真くんに声を掛けられてから私の人生は変わったといっても過言ではないだろう。誰かのお世話をするというのは存外楽しい。そのせいか奏真くんとの距離感がまるで兄妹(私としては弟がしっくりくる)みたいになっているが、私は一人っ子だったのでそういうのに憧れていたし、そういった事情も込み入っている。
「でも、結局はそういう関係止まりなんですよね」
できることならもっと親密な関係になりたい。だが今の関係性も私としては悪くないのでなかなか一歩を踏み出せない。けど、奏真くんはあれでも結構モテるみたいだからどうしようという焦りが私の中に芽生え始めていた。先日の桐谷さんなんかまさにその典型的な例だ。
だが、焦っても仕方がない。まずは彼の胃袋から掴んでいく。
「ふふふ、今晩は何を作ってあげようかな」
奏真くんから一週間分の食費を渡されているのでできる限り節約し、なおかつ量と栄養を考えて献立を考えなければならない。もともと料理はできる方だが、奏真くんと出会ってからさらに腕に磨きがかかった気がする。
そんなことを考えている内に、すぐに学校の正門へと辿り着いてしまう。近いところを家に選んだため登校時間があまりかからないのが利点なのであるが、考える時間がないことが玉に瑕だ。
「……あれ?」
私は下駄箱のロッカーを開き靴を履き替えようとするが、ロッカーを開けると同時にひらひらと数枚の紙が足元へと落ちていくのが目に入る。拾い上げて見てみると、誰かの連絡先とメッセージが掛かれていた。
「えっと、ラブレターに連絡先の交換希望……うぅ、まただ」
最近こういう人たちが増えてきたので本当に困っている。こんなことを言うのは柄ではないし自惚れていると思われてしまうかもしれないが、私は結構人気らしい。なんでも学年でも一二を争うレベルで可愛いとか噂されているらしい。ちなみにその噂を聞いた私は顔から火が出そうになった。
「そんな称号、あげられるのなら誰かに上げたいんですけどね」
そうして私は手紙の数々を鞄にしまって靴を履き替え、そのまま何事もなかったかのように自分のクラスへと向かう。こういうところで手紙を捨てたりせず律儀にお断りの連絡などを入れたりしているあたり、変に相手を期待させてしまうのかもしれない。
そうして私が教室の中に入ると……
「アハハ、それでさ……あ、おはよ楓っち」
「おはよう雲母ちゃん」
私に気づいて挨拶してくれたのはこのクラスで最も目立っているといってもいい女子生徒、天音雲母ちゃん。誰とでも分け隔てなく関われてとっても頭のいい人だ。席替えで隣の席になってからは私みたいな地味な子にも積極的に話しかけてくれる。それにしても、何かいつもより機嫌がいい。話していた友人がトイレで離れたところで、それとなく雲母ちゃんに聞いてみる。
「雲母ちゃん、いつもより機嫌がいいね。何かいいことでもあったの?」
「えっ、そう見えちゃう? うーん、ふふふ」
「もしかして、また例の塾の先生?」
「ま、そんなとこ」
雲母ちゃんはよく塾の先生の話を私や親しい友人にするときがある。頭が良すぎる雲母ちゃんにとって学校での授業はつまらないらしく、そんな中通った塾の先生がとてもいい人だったそうだ。
そしてその話をするときの雲母ちゃんの顔がまさに恋する乙女だとみんなの間で持ち切りだ。私より間違いなく容姿が良いはずの雲母ちゃんがあまり高校で男っ気がないのは、その一面をみんなが知っていてその上で見守っているからだったりする。男の子たちは見えない塾講師に敵意を燃やしているが、そのことは雲母ちゃんは一切知らない。
この前はどこか落ち込んでいるようにも見えたので何があったと話題になったが、なんやかんやでいつの間にか元通りだ。
「いいな雲母ちゃん。楽しそうで」
「言うね楓っち。私よりモテモテなのに」
「そ、そんなわけないでしょ。私、地味だし」
「その隠し切れない清楚感が堪んないんだってぇ、このこの!」
そう言って私に抱き着いて来る雲母ちゃん。もしかして私が男子たちにアプローチを受けるのは雲母ちゃんが間接的な原因だったりするのかもしれない。今この瞬間でも男女問わず多くの視線を惹きつけてしまっているし。
「それで、具体的にはどんなことがあったの?」
「うっ、なんか突っ込んでくるねぇ楓っち」
「だって気になるから」
年頃の女子高生が恋愛話に食いつくのはきっと逆らえない佐賀なのだと思う。だが、カウンターとばかりに雲母ちゃんは言い返してきた。
「そういう楓っちはどうなのさ?」
「え、私?」
「そう、だってよく告白されてるらしいじゃん」
「そ、そんなことは……ないよ?」
「目が泳いでるし」
これに関しては不本意だが、確かに私はよく告白をされる。昨日も一年生の男の子の告白を丁寧にお断りしたばかりだ。本当、どうして私を選ぶんだろう?
「楓っちはさ、好きな人いないの?」
「わ、私!?」
「え、何その反応。楓っちもしかして……」
ざわざわ……
一部が聞き耳を立てていたのだろう。もしや九重楓に好きな男の人がいるのでは? そんなことが教室の端々で囁かれてしまっている。
(ど、どうにかしないと……)
さすがにこのままではマズイと思い、噂になる前にそれ以上の話題を出して雲母ちゃんを巻き込むことにした。ごめん、雲母ちゃん。
「えっ、雲母ちゃんってその男の人ともうそこまで~!」
「はっ!? ちょ、楓っち!?」
ふと周りを見ると、他にも何があったのか気になる女子たちが雲母の周囲を固めていた。この前の休日で何があったのか何が何でも聞きだしたい人たちの集まりだ。反応をしてしまったせいでその中に自ら飛び込んでしまった雲母ちゃんは今更ながらにあたふたしてる。
「それでそれで、どこまで進んだの?」
「やっぱりキスとか? もしかしてもっと先に?」
「ちょ、朝からやめなって。ドキドキしちゃ……雲母が可哀そうでしょ!?」
この年頃の女の子たちはコイバナに飢えていると聞いてはいたが、同じ立場に立っている私でもちょっと引いてしまうくらい雲母ちゃんにがっついて聞いていた。あたふたしている雲母ちゃんが何気に可愛い。ふと周りを見ると男子たちも聞き耳を立てていたし、どちらかと言えば応援している立場なのかもしれない。
「ちょ、ちょっと遊園地で遊んできただけだって」
「えっ、デートしてきたの!?」
「だっ、だからそんなんじゃなくて、閉園間際に二人でちょっとだけ遊んだの。デートじゃないって」
「閉園間際の遊園地って、なかなかロマンチックじゃない?」
「もしかして、その後ホテ……」
「べ、別にそんな雰囲気じゃなかったしバカ!」
そう言って慌てふためく雲母ちゃんを見て罪悪感に包まれつつどこかほっこりするような気持に包まれる私。周りを見ても似たり寄ったりの反応で雲母ちゃんの反応を見て楽しんでいる。
「でも、ホントにそれだけ~?」
「そっ、それだけって?」
「だーかーら、私たちが知りたいのはどこまで進んだかだよ。ねぇねぇ、その彼氏さんとは結局のところどこまで進んだの?」
「だから、彼氏じゃないってぇ!」
彼氏というワードが出てきて耳まで赤くなっている雲母ちゃん。だがこの反応を見るに、そのデートで何かがあったようだ。もしかして関係性が大きく進展したのかもしれない。それとも雲母ちゃんが何かをしたのだろうか? どちらにしろ物凄く気になる。だがこれ以上追及したら手痛いしっぺ返しを食らいそうなので私はこれ以上追及せず他の人たちに委ねることにした。
(私も、こんな風になれるかな?)
みんなの質問を上手く回避している雲母ちゃんを見て、私もふと思う。あの人と私もこんな風に想い合える関係性になれるのだろうか、と。今だって正直よくわからない関係性だが、これ以上深い関係性になれるのかは未知数。けれど、誰かにとられちゃうくらいなら私が……
(そのために、もっと奏真くんと仲良くならないと!)
雲母ちゃんを見習って私ももっと積極的にアプローチしてみよう。それこそ、遊園地にでも誘ってみるのもいいかもしれない。まあさすがにいきなりすぎるとは思うが、他にも手段はいっぱいある。宮子さんという謎に包まれた女の人も出て来たが、奏真くんと一番距離が近いのは間違いなく私だ。だからもっと頑張ろうと心に誓う。
「も、もう、だからそんなんじゃないってぇ~!」
雲母ちゃんの可愛らしい叫び声と共に先生が教室に入ってきて雲母ちゃんを囲む会はとりあえず解散する。今日はこのくらいでもうお話はおしまいだろうが、機会があれば雲母ちゃんに異性を落とす方法でも聞いてみるのもありかもしれない。絶対私より経験が豊富そうだし。
だがまずは、謝るところから始めておこう。
「えっと、大丈夫雲母ちゃん?」
「……ジュース」
「あはは……はい」
そんな涙目で言われてしまうとさすがに首を縦に振るしかなかった。けど、そんな全力でその男の人のことを想うことができることを羨ましくも思う。とりあえず、私も……
(もうっ、ハズっ! 何かムカつくし、あとでセンセにいっぱい構ってもらおっ)
(奏真くん、今夜は何を食べたいかな?)
そう、私はこのとき一切気がついていなかった。雲母ちゃんと私が心の奥底で思い浮かべているその人が、全くの同一人物だったということに。そして私たちが揃ってその事実を知るのは、そこまで先の話ではなかった。
——あとがき——
雲母と楓の番外編でした。次回から本編に戻ります。次は大学組のお話です。
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