第24話 学生スタッフ


 大学にはクォーター制やセメスター制という制度が導入されているが、これは一年間を四分割、または前期と後期の二つの学期に分ける二学期制のことを指している。それぞれ約四カ月ほどカリキュラムを履修し、それぞれの授業で定められた課題やテストをパスできれば単位を取得できる。

 そんな俺の大学生活も前期を折り返しもう7月。あと数回授業に行けば期末テストや期末レポートが待っており、その先には長めの夏休みが待っている。



「はい、参加メンバーはこれで全員ですね。それじゃ、説明を始めていきます」



 だが、今年の夏はいつもと少し違った夏になりそうだった。目の前で始まった説明会を尻目に俺は横に座る宮子に一言。



「というか、今年暑すぎない?」


「またその話。余計に暑くなるからやめて」



 そう言い合いながら俺と宮子はとある教室にやって来ていた。この時間は大学で言うところの5コマ目にあたる時間帯で、本来この時間に授業は入れていないので俺も宮子も帰っている時間帯だ。教壇の前には学科長の教授と事務員の人が立っており、俺たちに授業のような形式で説明をしている。



「それにしてもみゃーこ、お前がオープンキャンパスの学生スタッフをやるなんて意外だな」


「それはこっちのセリフ。ソーマ、こういうの絶対参加しないくせに」



 そう、俺たちは来週末にこの大学で開かれるオープンキャンパスの学生スタッフに応募していた。希望しているのは俺と宮子を含め2,30名ほどの学生だ。


 オープンキャンパスというのは大学の施設を実際に案内したり、在学する学生や教授が高校生やその保護者をはじめとする入学志望者に説明会や質疑応答を開催する行事である。大学や専門学校を志望する高校生なら、一度は通る道だろう。俺と宮子も高校生の時はこの大学のオープンキャンパスに一緒に参加した。



「お世話になってる教授に頼まれたんだよ。給料も出るしどうだって」



 一年生の頃、俺たち新入生はそれぞれゼミナールに振り分けられそこで大学生活の基礎を学ぶことになっている。大学施設の使い方から授業の受け方に履修登録のコツ、それにレポートを書く際のルールなど細かいことまで教えてもらった。俺はレポートを書くのが下手で担当の教授に何度も付き合ってもらい、ギリギリ合格レベルのレポートが書けるようになったのだ。根気強く付き合ってくれた教授に俺は凄く感謝した。

 そしてその時の教授から久しぶりにメールがあり、是非参加を検討してもらえないかと誘いを受けた次第である。



「あの教授には他の授業でもめちゃくちゃお世話になったからさ、まあ恩返し的なやつだ」


「お給料目当てじゃなくて?」


「まあ、その一面もないと言ったら噓になる」



 塾のアルバイトと比べれば学生アルバイトでもらえる給料は安いし期間も短いのだが、今は少しでもお金が欲しい時期なのだ。この前の遊園地デートのせいで俺は所持金を多く失ってしまった。夏は遊びたいし、こういうところで地道に稼いで少しでも楽をしたい。奨学金で借金するにも限度があるのだ。



「それで、みゃーこは何で参加したんだよ?」


「お金」


「お前もじゃねーか」



 なんやかんやで宮子もお金が目当てだったらしい。まあ変な場所にアルバイトを申し込んでブラックな労働環境にぶち当たるより、確実にホワイトであろう大学のアルバイトの参加した方が無難か。もらえる金額は決して多くないが、それでも多少は生活の足しになる。


 そうして俺たちは一度会話を辞め少し真剣になって来週の仕事内容について話を聞く。あくまで教授のサポートだし、そこまで難しい業務内容でもないだろう。そう思っていたのだが



「朝8時に集合して会場の設営と学部ごとに定められたコースを巡り施設の案内、そして終了時間までそれぞれ定められた待機所に留まり高校生の相談をする……か。うん、めんどいな」


「ソーマ、起きれそう?」


「俺はなんとか。お前のことを心配することができるレベルにはな」



 開始時刻が早く終了時刻が思っていたより遅いということがちょっとネックだな。最悪楓ちゃんに起こしてもらうか。

 業務内容自体はそこまで難しいものではないが、学校に縛られる時間が大学でいつも普通に過ごしている時間よりも長い。休み時間はしっかり確保されているが、それでも普通のバイトより緊張感があるのには違いないだろう。



「参加する立場だった俺たちが今度は主催者側か。ちょっと感慨深いな」


「成長だね」


「そういえばお前、あの時遅刻してきたな」


「そんなことはなかった気がするし、あった気がする~」



 今からこいつが寝坊しないか心配になってきた。普段の授業ではあまり寝坊するような奴ではないのだが、こいつは休日にがっつり寝るタイプだ。今度のオープンキャンパスも土曜日に開催されるのでちょっと危ないかもしれない。


 だがそんな事情には一切構わず、教授たちの説明は進んでいく。



『なお施設の案内は学生だけで行ってもらいます。この中から三人でグループを組んでもらい順番に大学内を回ってもらうのであらかじめ場所の確認をお願いします。なおグループは自分たちで決めて我々に申請してください。もし組む人がいない場合はこちらで自動的に割り振って事前にメールで通達しますので確認を忘れないように』



 どうやら施設巡りは学生だけで案内するらしい。まあ教授たちにも仕事があるので決して文句は言えないか。しかし、三人か……



「こんな時に俊太がいればなー」


「なんで来てないの?」


「成績が募集条件に届かなかったらしい。まぁそれがなかったとしてもあいつは今抱えている授業の課題で手いっぱいだろうさ」



 大学ではGPA(GradePointAverage)というものがそれぞれの授業で評価と一緒に算出される。一般的に0~4.0(4.5の大学もある)くらいの数値が成績として算出され、その数値が時には抽選授業の基準になったり、奨学金の受給基準になったりする。さらには就職活動にも少なからず影響を及ぼすので学生にとっては決して無視できないものなのだ。

 そして今回の学生アルバイトもGPAが一定の数値を越えていないと応募できないものとなっていた。この教室にいる俺たちを含む学生たちはこの大学内でも優等生の部類なのである。



「ねぇソーマ、一緒にやろ?」


「お前、面倒くさいのを全部俺に押し付けるつもりだろ」


「うん」


「もはや否定もしないか」



 まあ俺たちの付き合いも決して短くないし嘘を言ってもお互いなんとなく見抜ける。だが俺としても全く知らない奴と組むより宮子と組んだ方が心も楽なので願ったり叶ったりだ。とりあえず後は残り一人のメンバーを見つけて仲間に引き入れるだけだ。そう思うと同時に説明会も終了しざわざわと周りが騒がしくなった。それぞれ知り合いを巻き込んでグループを作っているのだろう。速攻で帰ってる奴は、恐らく知り合いが一人もいない奴らだ。



「なあみゃーこ、この中に知り合いいるか?」


「うーん、ぱっと見いないかも。ソーマは……期待するだけ無駄だろうし」


「余計な一言を付け加えるな」



 宮子はサークル活動をやっていたりするので学年問わず俺より顔が広いのだが、その宮子がダメとなると話が変わってくる。二人組で事前に登録するなんて認められないだろうし、お互いランダムで選ばれることになる。まあその時はその時で同じグループになった奴らと上手くやるだけだが。



「どうする? やっぱ辞めとく?」


「グループを組むのをか?」


「ううん、学生アルバイト」


「無責任か」



 せっかく選ばれたのでそれだけは何としても避けたいところだ。とりあえず共通の知り合い、もしくはちょっと見知った奴でもいいからいてくれればいいのだが……



「アハッ、何か困ってるみたいだねぇお二人さん」



「「??」」



 俺たちは揃って声がかけられた方を見る。すると、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべる、奴がいた。そう、綾瀬だ。まさか綾瀬が声を掛けるとは思っていなかったのか、宮子は目を点にしている。



(うっわ、こいつも参加してたのかよ)



 ある意味この場で一番会いたくない奴だ。俺が今月金欠になっている元凶的な存在でもあるし、なんとなくこいつを宮子と関わらせたくない。宮子にとって確実に悪影響を及ぼす存在だ。



「ねぇねぇ、私も仲間に入れてよぉ。おーねーがーい♡」


「可愛げねーな」


「むっ、私のどこが可愛くないというのかね。とことん語り合ってもいいんだよ?」


「こいつ面倒くさいな」



 先日のデートで割と距離が近くなったからか、多少は綾瀬に嫌味のようなことを言えるようになっていた。とはいえすぐに睨まれるので長くは続かない。一方、その様子を見ていた宮子は俺と綾瀬の会話に少し驚く。



「ソーマって、綾瀬さんと仲良かったんだ。なんか意外」


「仲は良くないけど、まぁ一応同じ高校だし」


「そこで否定するところはソーマっぽい」



 俺は綾瀬と距離が若干近いことを同じ高校だからという理由で誤魔化す。口先だけの関係とはいえ、宮子に綾瀬と付き合っているということを知られたくない。宮子だって、いろいろ思うところはあるだろうし。



「私が可愛いって至極当然のことはどうでもいいとして……いや、どうでもよくはないけど」


「いろいろしつこいな」


「私もグループに入れてくれるよね? ねー、桐谷さん?」



 俺に言うより宮子を崩した方が早いと感づいたのか、綾瀬は宮子にそう言ってニヤニヤと顔を近づけていた。同じ高校とはいえあまり話す仲ではなかったであろう宮子はそんな綾瀬に戸惑い俺に顔を向ける。



「えーっと……」


「ね、ね?」


「う、うん……」



 綾瀬の押しに、宮子は思わず屈してしまった。俺としてはできればもう少し耐えてほしかったぞ。

 そうして、宮子のことを圧だけで説き伏せた綾瀬は満足そうにニヤつきながら教室を出ていった。










 ——あとがき——


 現役の大学生だからこそできるストーリー(笑)

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