第11話 宮子とダラダラ


 楓ちゃんから変態だという誤解を受けそうになった翌日。この日はどういう運命の巡り合わせか、その原因を作るきっかけになった人物が我が家へ遊びに来ていた。


 まるで自分の部屋のように床に寝そべり左手でポテチを食べながら俺の漫画を読み漁っているのは誰あろう宮子である。割と部屋の片づけなどはきちんとしている俺なのだが、部屋が汚れる大抵の理由はこいつが遊びに来るからだったりする。この野良猫女、俺の部屋を散らかすだけ散らかして全く片付けずにふらっと帰りやがるのだ。


 人の家でここまでだらけられるのはある意味才能だと思う。



「ねぇソーマ、お茶」


「いきなり人の家に遊びに来て、よくそこまで図々しいこと言えるよなお前」


「暇なんだもん」



 そう言ってごろんと仰向けになりながら漫画を読み続ける宮子。さすがに気を遣ってくれているのか漫画は器用に片手で読んでおりポテチで汚れた手を使うことはない。だがそれでも別の部分で問題がある。



「おいみゃーこ、お前スカートなのにそんな風に寝転ぶな。パンツ見えてんぞ」


「見たければ見れば? 私、見られて恥ずかしい下着は穿いてない」


「なんで逆に張り合おうとしてんだよ」



 そう文句をたれながら宮子に紙コップに入れたお茶を出してやる。するとむくりと起き上がり、漫画を床に置いてお茶を一気に飲み干した。どうやら普通に喉が渇いていたらしい。



「おかわり」


「お前、本当に遠慮というものを知らないな」



 こんなことになると思ってペットボトルを持ち出してきていた俺も俺だが。再びお茶を注いでやった途端にひったくるように紙コップを取りまたもや気持ちのいい勢いで飲み干すみゃーこ。



「それより、いい加減お前の荷物を持って帰ってくんない?」


「荷物?」


「その棚にしまってあるお前の下着だよ!」



 俺は指をさして宮子にそう主張する。気が付けばいつの間にか置いてあったのだが、うっかり楓ちゃんに指摘されるまでその存在をすっかり忘れていたのだ。だからいい加減に持って帰ってほしいと宮子に伝えたのだが



「あれ、荷物じゃない」


「いや、俺の家にある時点で荷物なんだけど」


「違う。あれは着替え」


「……もしかしてお前、いつでも俺んちに泊まれるよう準備してる?」


「正解にゃ」



 そう言って猫のように手を丸め自慢気にそんなことを言ってくる。いや、マジで意味わかんないんだけど。



「いったいどんな大義名分で俺の家に泊まろうとしてんだ?」


「地球温暖化の抑制」


「壮大すぎるだろ」



 こいつも親元を離れ一人暮らしだし、電気代など生活費の節約でも狙っているのだろうか。それにしてもただの乞食に成り下がっている気がする。今でも俺の部屋に遭ったポテチを勝手に食べてるんだし。



「だからもう少し置いておいて」


「その実、持って帰るのが荷物になるし面倒臭いとか思ってないよな?」


「うん」


「……頼むから持って帰ってくれよ」



 俺は説得を諦め宮子のように床に寝そべってダラダラ過ごすことにした。幸い今日は休みだし特段急ぎの課題もないため宮子に構う以外俺もやることがないのだ。ゲームをやろうかとも思ったが、どうせ宮子に良いところで邪魔されるのがオチなのでやめる。



「あと、当たり前のように泊まるとか言ってたけど泊めないからな」


「別に今日泊まろうとかは思ってないけど?」


「今日に限らずエブリデイだよ!」



 このままでは俺の安息の領域がこの野良猫女に脅かされてしまう。部屋を汚せば汚すほど俺の掃除の負担が増えるし楓ちゃんが怒るのだ。



『昨日掃除してあげたのに、どうして一日でこんなに汚せるんですか!』



 そんなことを言われる光景が目に浮かぶ。



「そういやみゃーこ、この前話してた課題終わった?」


「まだ。めんどいから放置してる」


「あれ明後日までだぞ。というか、発表されてからアウトラインを考えてなかったか?」


「うん。だからあとはひたすらキーボードを叩くだけ」



 どうやら頭の中で構想を練っていたらしく、あとはアウトプットするだけらしい。これが効率的なやり方なのかは俺にもわからないが、先に考えてから書き出すというのはレポートを作成するにおいて重要なことだ。俺もアウトラインなどはよく書き出す。宮子と違うのは、間髪入れずにそのままレポート作成に取り掛かるという点だ。

 どうやらダラダラするのを優先する癖は高校の時から健在のようだ。



「そういえばソーマ、最近この家に私以外の女の子を招いたの?」


「え、マジかよ。なんでわかるんだ?」


「髪の毛落ちてた」



 そうして自分のものではない髪の毛をつまんで渡してくる宮子。掃除をしているつもりだったがこういう細かいものは見落としがちだ。次からは気を付けなければ。



「どんな子?」


「可愛い子」


「私より?」


「それは、どうだろうな~」



 他の女の子を家に招いた。普通は気まずくなる状況かもしれないが、こと俺と宮子に限って言えばそんなことにはならない。ただ『へぇそうなんだ』くらいで終わる。現に宮子も自分で話題を振っておいて興味をなくしつつある。



「ただ、よくご飯を作ってくれる」


「ふ~ん。他には?」


「ええっと、たまに掃除をやってくれたりもする」


「……通い妻?」



 そう言われても正直否定はできない。というか家政婦じみたことをまだ高校生の楓ちゃんにやらせてしまっていることに今更ながら気づいた。最近は気が付けば俺の家に入り浸っている楓ちゃんだが、少しペースを落としてもらうように言うべきだろうか?



「ちなみにお隣さん」


「へぇそうなんだ」



 一応隣人であることは伝えた俺だが、既に宮子は興味を失っており自分の髪の毛をイジイジしながら自分でお茶を注ぎ飲んでいた。相変わらずの気分屋である。



「ソーマ、その子にご飯作ってもらってるって言ってたよね?」


「ああ、そうだけど」


「なら、私も食べたい」


「ん?」


「私もその子のご飯食べたい」



 興味を失ったと思っていたがどうやら今度はご飯の方に興味を持ったようだ。スイーツばかり食べている宮子だが、食に関しては俺以上に執着がある。どうやら今回もその例に漏れずご伴侶に預かりたいらしい。



「俺はいいけど……まあ一応連絡しておくか」



 俺は楓ちゃんに今夜多めに食材を用意してもらうことを伝えた。ちなみに気を遣わせないように宮子が来ていることは伏せることにした。ちょっとした悪戯心というのもあるが、それは些細なことだろう。

 そう、俺は決して楓ちゃんの驚いた顔とか困った顔を見たいわけではないのさ、うん。



「ソーマが何か悪いこと考えてる」


「気のせいだよ気のせい」



 どうやら宮子は俺の邪な考えを予見したらしい。昔から勘が鋭いところがあるのでこういうところは本当に見逃さない。勘のいいガキは嫌いだよと言ってみたくはなるが、言ったところでどうせ冷められるだけなので頭の中で考えるだけにしておく。



「何が出るのか楽しみ」


「割と家庭的な料理が多いぞ」


「なおさら期待」



 そう言ってまだ夕方にすらなっていないのにワクワクしている宮子。どうやら人の手料理が恋しいようだ。



「そういやみゃーこ、お前って自炊できるんだっけ?」


「すごくバカにされてる気がする。少なくともソーマよりかはできる」


「そうか。なら強打される料理の数々を見て絶望したり毎日食べたいとか駄々こねるんじゃねーぞ」


「そこまでの腕前なの?」


「ああ、びっくりするさ」



 私も毎日食べに来たいとか言われたらさすがに厄介なので今の内から釘を刺しておくことにする。さすがの宮子もそこまで食い意地が張っているわけではないが、居座られないようにするために念のためだ。



「……そういえばソーマ」


「なんだ」


「手料理で思い出したんだけど、ソーマは……」


「……」


「ごめん、やっぱ何でもない」



 そう言って宮子はまたお茶を注いで飲み始める。それだけ飲んでたらお腹がタポタポになる気がするが、そこは宮子クオリティということで納得しておく。



(でも、わかってるさ)



 宮子が何を言おうとしたのかはわかっている。帰省しないのとか実家に帰らないのとかその辺の事だろう。

 だが俺は既に家族とは縁を切っているつもりだし、顔を出せと言われても無視すると決めている。大学や今の一人暮らしだって奨学金とアルバイトで賄っているので文句は言わせない。それに、宮子とのことを俺は未だに許していない。いや、許さないと決めている。



「にゃーこ、少し寝るから夕方になったら起こしてくれ?」


「宮子アラームをご所望?」


「とりあえず頼むわ」



 とりあえず夕方になったら宮子に起こしてもらうと決め俺は昼寝をすると決めた。どうせすることもないし時間を潰すといったら昼寝が定番だろう。お金もかからなければ睡眠時間を確保することだってできる。それに最近、塾や学校での課題で頭を使いすぎていた気がするので、少しでも脳を休める時間を確保したい。



「じゃ、おやすみ」



 俺はそう言い残してベッドの上で楓ちゃんが来るのを待ちながら、泡沫のような一時の眠りに落ちるのだった。










——あとがき——

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