第12話 楓と宮子①


「なっ、何なんですかこれは!?」



 休日の高校からの部活帰り。部活中に奏真くんからメッセージがあり、今日の夕飯はいつもより多めがいいと言われたので少し多めに食材を買い込んできた。そこまではいい。けど……



「奏真くんが、女の人を連れ込んでるぅぅ!?」



 否、連れ込んでいるだけなら遊んでいるとか一緒に課題をやっているとかの理由でまだ納得できるだろう。けど、二人して同じベッドの上で寝ている場合はどう解釈すればいいのだろうか。しかも、女の人は奏真くんにぴったりと密着しているし。


 しかもそれだけではない。せっかく部屋を掃除したのにお菓子や漫画が散乱して目も当てられない状態になっている。一体ここで何があったのだろう。



(お、起こした方がいいんでしょうか?)



 全ての事情を知っているであろう張本人に話を聞きたかったのだがぐっすりと気持ちよさそうに眠っているので起こすのを躊躇ってしまう。そしてそれは隣で眠っている女の人も同じ。


 だが、隣人として色々と聞く権利はあるだろうと本人の体を揺すって起こすことに決める。



「奏真くん。起きてください奏真くん」


「んっ……みゃーこ?」


「何ですかその可愛らしいあだ名は。私です、楓です」


「ふあぁっ……楓ちゃん?」



 私に気が付いたのかベッドからむくりと上半身を起こす奏真くん。隣の女の人は腕を振りほどかれて唸っていたが、まだ起きる気配はない。まだ眠り足りないと言わんばかりに目をこする奏真くんのことを睨みつつこの女の人について尋ねます。



「奏真くん、どうして女の人と一緒に眠ってるんですか?」


「ええっ……って、うおっ!?」



 最初は寝ぼけていたのか私が何を言っているのかわからない様子だった奏真くん。だが私の言葉を理解し自分の横を見て飛び跳ねるようにベッドから抜け出す。どうして本人が驚いているんだろう?



「あの……なんで奏真くんが驚いているんですか? 一番驚いているのは私なんですけど」


「いや、俺にも何が何だか。おい、起きろみゃーこ……宮子!」


「宮子?」



 その名前を聞いて先日の会話を思い出す私。たしかこの部屋に自分の下着を置いている人だ。どんな人なのかと思っていましたけど、私なんかとは比べ物にならないほど可愛い……



「んっ、ソーマ?」


「お前、なんで俺のベッドで寝てるんだよ?」


「……ぐぅ」


「二度寝すな!」



 そう言って彼女の体を揺らし無理やり起こそうとする奏真くん。奏真くんが女の子をちょっと雑に扱うのが少し意外で思わず目を見開いてしまう。だらしがないとはいえ、私と接しているときは一つ一つ所作がすごく優しいのに。



「なぁに?」


「だから、何で俺の隣で寝てるんだよ!」


「それは、どうして人類が眠るのかって話?」


「だから壮大すぎるって!」



 気が付けば漫才のようなやり取りを始めている二人。仲が良いんだなという印象と共に自身の疎外感が浮き彫りになって少し寂しくなってしまう。



「ねぇソーマ、誰その子?」



 しばらくして頭が回り始めて来たのか私のことを見て首を傾げる宮子さん。すると奏真くんは凄く簡単に説明を始めた。



「ほら、さっき言ってた楓ちゃん。お隣さんの」


「楓ちゃん……ああ、カエデね。うん、カエデ。もちろん知ってる」


「ホントに大丈夫かお前?」



 どうやらまだ半分くらい寝ぼけているらしい宮子さん。というか初対面の美人に呼び捨てにされてちょっぴりドキッとしてしまいました。



「もしかして、今日の夕飯はいつもより多めにしてというあれは……」


「みゃーこが楓ちゃんの料理をどうしても食べたいんだって」


「むっ! ごはん!」



 夕飯とか料理という単語で目が覚めたのか、奏真くん以上のスピードでむくりと飛び起きる宮子さん。この人、三大欲求のうち二つに物凄く忠実すぎるのでは?



「美味しいご飯が食べれるならなんでもいい」


「そこまで過度な期待をされても……」


「ちなみに、今日のメニューは?」


「はい。奏真くんがガッツリ食べたいのかなって思っていたので、無難に肉じゃがにしようかなと」


「肉じゃが……よき!」



 今晩のメニューを伝えると目をキラキラと輝かせる宮子さん。最初は凄く戸惑ってたけど、ここまで期待の眼差しを向けられてしまえばそれに答えないわけにはいかない。とにかく、いつも以上に張り切らなければ!



「それじゃ時間も時間なんでさっさと作ってしまいますね。奏真くん、手伝ってください」


「ああ。あと、宮子はキッチンにあんまり来るなよ」


「奏真くん、さすがにそれは酷くないですか?」


「いや、あいつをキッチンに招き入れるとつまみ食いのオンパレードになる。そしてこの部屋が散らかる大半の理由が宮子だということを思い出してくれ」


「宮子さん、お願いですからキッチンに来ないでください」



 一体どんな悲劇が巻き起こされるかわからないので私は奏真くんに従い宮子さんにキッチン立ち入り禁止令を言い渡す。その間、宮子さんには散らかった部屋を掃除して片付けることをお願いしておいた。

散らかすことはできるのだしそれを元に戻すこともできるだろうとできるだけ圧を掛けてお願いしたらすんなりと了承してくれた。素直な人は嫌いじゃない。



「楓ちゃんって、たまにオーラみたいなものを纏うよね」


「オーラ? 漫画か何かの話ですか?」


「いや、何でもない」



 私が宮子さんにする様子を見ていた奏真くんがなぜか体を震わせながら怯えていた。宮子さんもどこか恐ろしいものを見るような目で私のことを見ていたし、一体何なんだろう。


 このとき、奏真は『楓ちゃんだけは何があっても絶対に怒らせないようにしよう』と密かに心で誓っていたのだが、そんなことを私が知る由もなかった。


 そうこうしている間に私はテキパキと野菜を切り分けていく。玉ねぎを二等分にしてそれぞれ厚みを変えるのが我が家のこだわりだ。ちなみに奏真くんにはじゃがいもと人参の皮むきをお願いしており意外にも手際よく進めてくれている。あれだけできれば普通に自炊もできると思うのに……


一方、ある程度片付けが終わったのか宮子さんが私の元へとやってきて何かを差し出してくる。



「カエデ、これ」


「キッチンへの立ち入りは禁止したはずですけど……何ですかそれ?」


「おやつに持ってきてた魚肉ソーセージ。肉じゃがに入れて」


「野良猫か何かですかあなたは。でも、合うのかな?」



 すでにお肉を入れてしまっているがそこに魚肉ソーセージを入れてもいいのかしばし悩む。確かお肉の代わりに魚肉ソーセージを代用して肉じゃがを作っていた料理研究家がいた気がするので、合わないことはないのだろう。お肉と喧嘩しないかは少し心配だが、斜めにスライスして入れてみることに決めた。



「ありがとカエデ」


「ちょ、火を使っているときに抱き着かないでください! 子供ですかあなたは」


「カエデママ?」


「もう、何なんですかこの人」



 そうして抱き着かれてしまい困りながらも調理を進める私。奏真くんに助けてもらおうと一瞬目配せをしたのだが……



「眼福眼福」



 そう言って特に助けてくれる様子もない。奏真くんのこういうところは本当にどうかと思う。聞くところによると大学の友人によくクズとか呼ばれていると常々耳にしていたが、その理由が少しだけ垣間見えた気がする。



「カエデ、肉じゃが甘めでお願い」


「残念ですが、我が家の肉じゃがのレシピは決まってるんです。そこだけは譲れません」


「むぅ……ま、いっか」



 そうして宮子さんは居間の方へと踵を返して歩いていく。自分にできることは特にないし邪魔になるだけだと判断したのだろう。できればその判断をもう少し早く下してほしかった。



「あの、奏真くん」


「うん? どうしたの楓ちゃん」



 私は鍋の余分な水分を飛ばしながらずっと気になっていたことを奏真くんに尋ねる。少しドキドキするし勇気がいることだが、聞かないことには始まらない。というか場合によっては変に気を遣ってしまう。



「その、奏真くんは宮子さんとどんな関係なんですか?」


「どんなって……俺と宮子が、か。うーん、ほんとに何なんだろ?」


「いや、そこは嘘でもいいからせめて友達とかそういう単語を出しましょうよ」



 普通友達未満の異性を家には招かないと思うし、なんなら同じベッドで眠ったりしない。というか友達でもないのに家に連れ込んでいるとしたら今更ながらに警察案件な気がしてきたが。



「いや、宮子とは友達とかそういう関係性をある意味で超越してるんだよ。だから、もはや俺たちにすらお互いの立ち位置がよくわからん。強いて言うなら、腐れ縁とかその辺なのかな?」


「腐れ縁、ですか」



 友達ではないと言いつつも仲が良いことには変わりなさそうだ。こんなことを聞ける機会はあまりないので、もう少し踏み込んだことを尋ねてみることにした。



「その、交際とかをしているわけでは?」


「俺と宮子が? ないない。というか……」


「というか?」



 そこで奏真くんは目を伏せながら



「俺に、そんな資格はないし」



 そう言って私に笑いかけてくる奏真くん。もしかしたら、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。気まずくなるかと思ったが、ちょうど肉じゃががいい具合に仕上がったので奏真くんに持って行ってもらうことで何とか空気をリセットした。



(でも、本当にどんな関係なんだろ?)



 食事前だというのに、私の心からそのモヤモヤが消えることはなかった。

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