第4話 お隣の後輩ちゃん
「……金が一気に減った」
塾帰りに雲母とドーナツを食べに行った俺であったが、今月金欠になりかけていたのを忘れていた。それでも見栄を張りたいと二個ドーナツを購入し店内で食べてきたのだが、そのおかげで本当に金欠になってしまった。こういう時、北海道のドーナツ店が羨ましい。確か小麦の仕入れ先が違うため、本土の半額くらいで売っているドーナツがあるとかないとか。
「大丈夫センセ?」
「まぁ、来週給料が入るし、もうひと踏ん張りするさ」
「ファイト~」
そうして他人事のように(実際他人事なのだが)気合の入っていない調子で応援する雲母。こいつが美味しそうにドーナツを食べている顔が見れただけでも、良しとしておくことにする。
「それにしてもどうしたのセンセ? 私の誘いに乗るって珍しいを通り越して初めてじゃん」
「甘いものが食べたかっただけだよ」
「……本当にそれだけ?」
「逆に、何か理由があると思うか?」
「……ふーん」
俺がそう答えると、なぜか唇を尖らせてツンツンし始める雲母。何か気に障ることでもあったのかと思ったとたんに、なぜか脱力してうなだれている。長い付き合いというわけではないが、こんな雲母を見るのは担当になってから初めてだ。
「ま、別にいいけど」
そう言い放ち手を後ろで組んで俺の先をステップを踏むように軽快に歩き始める雲母。なんともテンションの高低差が激しい奴だ。しかし見てくれだけは可愛いことに間違いないためつい目を奪われてしまう。
「ん? どったのセンセ、あたしのことじっと見て?」
「いや、雲母可愛いから絵になってんな―って思っただけだ」
「かわっ!? セ、センセいきなり何言ってんの?」
「ほんと、何言ってんだろうな俺」
「???」
綾瀬に迫られてからというもの、どこか異性に対して斜に構えているのかもしれない。そのせいで変なことを言ってしまうが、それもまあ仕方のないことだろう。なにせ付き合うとか彼氏になれとか訳の分からないことを迫られたのだから。
「べ、べつにあたしの事褒めても何も出ないよ?」
「ただ感想を言っただけで動揺しすぎなんだよ、お子様」
「ちょ、センセとまだそんなに歳離れてないじゃん!」
「うっせ、こちとらもうすぐ成人じゃ」
成人したら、ガバガバ酒飲んでやると決めているのだ。宮子とかは……絶対弱そうだよな。対して俊太とかは普通に強そうだ。数か月後にはタバコとかもスパスパ吸っているのかもしれない。ちなみに俺はタバコを吸う予定はない。こういうバイトをやっている以上、生徒に不快な思いをさせてしまう可能性があるかもしれないから。
「もう、変なこと言わないで!」
「照れるなよ、複雑な気持ちになるだろ」
「複雑って何複雑って!」
そんなことを言い合う仲になった俺たちだが、所詮は先生と教え子という立場なためこれ以上の関係に発達することはない。なにより、さすがに成人間近の男がまだ高2のJKに手を出すのはヤバすぎる。
「ほら、とっとと帰って歯磨いて寝ろ」
「もうっ……サヨナラ、センセ」
「はい、さようなら」
そう言って雲母はもじもじしながら帰っていった。俺もそれを見届けようやく帰路に就く。今日も長い一日を過ごした。いや、あんなことがあった手前いつもより長く感じたかもしれない。
「はぁ、遅くなった分はこれで許してもらお」
そう言って俺は先ほど購入したドーナツに目を向ける。二つ注文した内一つは店内で食べたがもう一つはテイクアウトにしてもらったのだ。アパートで待ってくれているであろう俺の後輩のために。
俺が現在住んでいるのは家賃4万円台のボロアパートだ。割と広いが駅から遠いことと築年数がけっこう経っているためかなりリーズナブルな価格設定になっている。バストイレ別だしインターホン付き。一人暮らしの学生には豪華すぎるくらいだろう。壁が薄くて隣の住人の声が若干聞こえてくるのが玉に瑕だが。
さて、そんな俺の家だが最近になってよく来てくれるようになった後輩がいる。スマホを確認し今日も来ているのは確認済み。だから俺は少しウキウキしながら家に帰る。俺の生活の中で唯一の癒しかもしれない時間だ。
そうして相変わらずいつ見てもぼろいアパートとその扉を見てため息をつき、既に開いている扉のドアノブを回す。
「ただいま、楓ちゃん」
「あっ、お帰りなさい奏真くん!」
中ではボロアパートにしては少し広めのキッチンに立ち夕飯の支度をしてくれている女の子の姿があった。その子の名前は
「はい、これお土産のドーナツ」
「え、いいんですか? でも奏真くん、今月もうピンチなんじゃ……」
「大丈夫。何とかなるって……多分」
「既に破産する人の言い方じゃないですか!?」
だが甘味の欲求には抗えなかったのか、素直に受け取って大事そうに机の上に置いてくる楓ちゃん。こういうところが本当に可愛い。
「それより奏真くん、冷蔵庫の中にあった卵とジャガイモ使っちゃたんですけど、大丈夫でしたか?」
「ああ。どうせ俺が料理しようと思っても焼くか茹でるかしか使い道ないし、それなら料理の腕を持った人に調理してもらった方が食材も嬉しいだろ」
「えへへ、ありがとうございます」
そう言って見るからに嬉しそうに調理を再開する楓ちゃん。やっぱり些細なしぐさが物凄く小動物っぽくて可愛い。
(よくこんな子と仲良くなったよなぁ)
俺と彼女が出会ったのは今年の春休みのこと。大学1年生の後期が終わり2年生となる狭間の期間。あの日の俺は塾のアルバイトの帰りで、珍しく夕方ごろに仕事が終わったのでいつもより早めに帰宅したのだ。
そして俺は驚いた。俺の隣の部屋の前に体育座りでうずくまる女の子がいたのだから。
さすがに見過ごせなくて声を掛けた。
『ええっと、君大丈夫?』
『ファッ!? わ、私ですか?』
どうやら俺のことを不審者だと思ったらしく瞬時に身をすくめ警戒していた。俺としては隣室の前でうずくまっている彼女の方が不審者っぽいとも思ったのだが、明らかに訳ありそうだったので話を聞きだすことにしたのだ。
『そこ空き部屋だけど、そんな部屋の前で何してるの?』
『その、ここに引っ越してきたんですけど鍵の受け渡し日を間違えてしまって……』
どうやら鍵をもらえず他に行くあてもなくここでうずくまっていたらしい。なんか、色々と哀れだなと思った。
『お金はないの? すぐ近くにビジネスホテルがあるけど?』
『ここに来る交通費にすべて充てちゃって余ってないんですよ。だから、今夜はここで野宿します』
玄関前で寝ることを野宿と呼ぶのかはわからないが、それでも困っていることに変わりはなさそうだった。ここで『うちくる?』というのが優しさなのかもしれないが、さすがに大学生が女子高生を家に連れ込んだとなれば体裁が悪い。
『そういえば、あなたは?』
『これから君の隣人になるお兄さん』
『ああ、なるほど。これからよろしくお願いします』
どうしようかと考えたが俺には何もできなさそうなので一度家の中に入ることにした。だがどうしても放っておけず、もう一度玄関を開け外に出る。
『何ですか?』
『ほら、これあげるよ』
『これは……非常食?』
俺が家の中から持ってきたのはよくコンビニなどでも売っている栄養ブロック。この前買ってきたメープル味がまだ残っていたので彼女にあげることにした。多分だが、彼女はまだ何も食べていない。
『い、いただけませんよこんな……』
『ほら、困ったときはお互いさまってことで』
『……は、はあ。それじゃ、いただきます』
空腹には抗えなかったのか、袋を開けてむしゃむしゃと食べ始まる女の子。ついでに紙コップに水を汲んできた彼女に差し出した。今ので喉が渇いたからか先ほどのように躊躇うことなく受け取って飲み始める。
『ありがとうございました』
『はいはい』
『そっ、それでその、それで私は何をすればいいのでしょう?』
『ん?』
どうやら彼女は対価を要求されていると思っているらしい。だが実際彼女に対して俺が求めていることはないので言葉に困ってしまう。
『別に対価を求めてやったわけじゃないんだけど』
『そっ、それは嘘ですよ! 絶対何かを求めているに決まってます!』
『うーん』
そんなことを言われても困ってしまう。これでは俺が悪者みたいだ。だが今なら彼女は従順に従ってくれるかもしれない。それなら……よし。ちょうどやってもらいたいことがあった。
『じゃあ、ちょっと家の中に入ってくれるかな?』
『……うっ、やっぱりそうきましたか。でもいいですよ、騙されてあげます』
生唾を飲んで何かを覚悟する彼女。だが俺とは若干距離を取りいつでも逃げ出せるようにしていた。俺は警戒心むき出しの彼女を尻目に彼女を家の中に上げた。そして……
『は?』
俺の部屋を見た彼女は目を見開いた。足を踏み入れた部屋は散らかりに散らかっており、汚部屋と言われても仕方のないような惨状だった。紙は散乱し、お菓子の袋が捨てられずに放置されている。
ちなみに言い訳しておくが、これは俺がやったわけじゃない。
『な、なんですかこの地獄のような空間は?』
『えっと、友達にやられたんだよね。というわけでさっきの見返りとして、その、掃除を手伝ってくれないか?』
『……えぇ?』
そうして文句を言いつつも彼女は掃除を手伝ってくれた。もともとこういう作業に慣れているのか、圧倒的なスピードで俺の部屋を綺麗にしてくれる。そしてその日の夜、彼女は俺の部屋の端っこで眠ることとなり、一緒に朝を迎えたのだが。
『あの、なんで手を出さなかったんですか?』
『……はぁ?』
『……なっ、なんでもないです。今日はありがとうございました。鍵を受け取ってきます!』
慌てつつもなぜか唇を尖らせながら部屋を出ていった。そうして彼女は不動産に行き部屋の鍵を受け取ってそのまま引っ越し業者を迎え作業を終えた。
以来、彼女……楓ちゃんは時折家事が苦手な俺のことを手伝ってくれるようになった。楓ちゃんは家事などが完璧なタイプで、大雑把な俺とは違い細かいところまで手入れをしてくれる。本人としては恩返しという意味合いもあるらしい。
まだ一か月ちょっとの付き合いだが、俺にとってはすっかり妹のような存在になってしまった。
一晩泊めてあげただけでお世話になりっぱなしは悪いので、俺も対価として楓ちゃんに勉強などを教えてあげている。塾講師としての経験がここにきて役に立った。楓ちゃん自身の地頭もよく、もう少ししたら雲母と同じで教えることがない状態になりそうなのがちょっと怖いが。
「あ、奏真くん。もうすぐできるのでお皿とかお願いします」
「オーケー」
そうして俺も見るだけではなく楓ちゃんから料理などのコツを目で見て盗んでいる。ただ俺自身に家事の才能がないため無駄に終わっているのが何とも悲しいところだ。そうして美味しそうな卵料理? を運んできてくれた。
「ジャガイモがギリギリそうだったんで、卵と一緒にオムレツにしてみました。あとコンソメスープにも使ってます」
「おお、洋風」
「ふふっ、少し冒険してみました」
確かスペイン風だった気もするが、おいしそうな料理を前にそんなことはどうでもいいだろう。楓ちゃんが来るのを待って俺はスプーンを持つ。
「「いただきます」」
そうして俺はさっそくオムレツにスプーンを入れた。中にチーズも加えているみたいで、俺は溶けだしたチーズを上手くすくい中の具材と一緒に口の中に入れる。うん、美味しい。
「いいね、これ」
「ですね。えへへ、よかったです」
大学では俊太や宮子と過ごし、バイトがある日は雲母に勉強を教え、そして週数回のペースで世話を焼いてくれる楓ちゃんと夕食を食べる。これが俺のここ最近の日常だ。
『それじゃ今日からよろしく、彼氏くん』
日常、だったんだけどなぁ。
そうして俺は楓ちゃんの作ってくれた夕飯を食べ終わった後、一緒に片づけをして課題をやっつけながら、改めて今日のことについて考え悶々とするのだった。
——改めて登場人物紹介——
本作主人公でよく友人にクズと言われる。最近身の回りの女の子が増えた
大学で一番の美少女。主人公に付き合えと脅迫する。目的:謎
高校の時からの友達で距離が近い。主人公と過去に何か?
塾での教え子で天才な金髪JK。どうやら他の一面もあるらしく?
アパートのお隣さんで癒し系後輩。主人公は妹的な存在と思っている。
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