旅の5日目

「中学三年の夏休み、私達はのおじい様の別荘を訪れた。私は……に来ると、何か良くないことが起こる……そんな予感がしていたのに、真理乃と一緒にいられる時間を減らしたくなくて、貴方からの誘いを断れなかった」

 そして、その予感通りに、良くないことが起きた……?

「えぇ……私達をまで送り届けてくれた真理乃のおじい様は、メイドさんを一人残して仕事に行った……一日目は何事もなく終わったことで、たまには私の予感も外れるものなのだと思い込んで油断した。けれど、二日目のお昼過ぎに……どこで情報を嗅ぎつけてきたのか、真理乃の幼なじみと許嫁が別荘にやってきた。どうやら真理乃のおばあ様がのスペアキーを持っていて、それを借りてきたらしいわ」

 あ……それでおじいちゃん、やたらと鍵のこと、気にしてたんだ……


「恐らく、また勝手にスペアキーを作られていないか、警戒していたのでしょうね。……スペアキーで別荘の中に入ってきた幼なじみと許嫁は、私を責めた。『が、真理乃をおかしくしたんだ』と、怒鳴りつけてきたわ。それで私もつい感情的になって、“貴方達こそ、真理乃のことを何も解っていない。自分達の理想を押しつけているだけで、少しも真理乃を理解しようとしていない”と、言い返してしまった。そこから揉み合いになり、私は二人に階段から突き落とされて……私を助けようとしてくれた真理乃も、一緒に落ちてしまった。階段を転げ落ちながらも、真理乃は私を抱きしめて、必死に守ってくれたわ。そのおかげで私に大した怪我はなかったけれど……真理乃は頭を強く打って、意識を失った。だから真理乃が記憶喪失になったのは、私の所為でもある。本当にごめんなさい」

 どうしてとうちゃんが謝るの?

 悪いのは藤佳ちゃんを突き落としたはなみやさんとすめらぎくんだよ! 藤佳ちゃんは何も悪くない!

「けれど……真理乃を守れなかったのも事実よ。階段から突き落とされた時も、その後も……」


 藤佳ちゃんはその後どうしたの? 一貫校なのに、アタシが退院した後、藤佳ちゃんは学校にいなかったよね? どうしてあいばな学園にいなかったの?

「それは……真理乃のご両親に、藍花学園の姉妹校である、もちづき学園への編入を勧められたからよ。家族を、盾に取られてしまって……私は拒否できなかった。特に、私達の仲を応援してくれていた桜佳の足を引っ張るようなことだけは、したくなかったから……桜佳の推薦の話を出されてしまったら……言いなりになるしかなかった……」

 つまり、藤佳ちゃんを脅したってことだよね……? そんなのひどい……あんまりだよ!

 それに、藤佳ちゃんを突き落とした二人は、どうしてアタシの傍にいられたの!? こんなの、おかしいよ……

「そのことも、家族を盾にされて……突き落とされたんじゃなくて、足を滑らせて落ちたことにするしかなかった。その上、真理乃が記憶喪失なのをいいことに、貴方と別れるよう迫られもしたわ」

 なんだ……やっぱり皆して嘘ついてたんだ……元々、周囲の人間の言うことには、違和感を覚えていたから……それに、おじいちゃんと二人っきりでは会わないように、手を回されていたのも変だったし……今にして思うと、おじいちゃんがアタシに、ほんとのことを言わないようにするためだったんだろうね。

「恐らく、そういうことだと思うわ……」


 あぁ……きっと親戚の子が、そこの階段から落ちて亡くなったっていうのも、アタシをに近づけさせないための嘘なんだろうね。

 どこまで卑怯な人達なんだろう……。

「そうね……だからこそ私は、ただ黙って引き下がりたくはなかった。そのまま負けて終わりたくなくて、別れを迫られた際に、真理乃のご両親とおばあ様にお願いしたわ。“もし、またどこかで真理乃と再会し、彼女の方から声を掛けてくれて……再び私のことを好きになってくれたら、私達の関係を認めて下さい”と……恐らくご両親もおばあ様も、そんなことあり得ないと思ったのでしょうね。簡単に了承してくれたわ。……私はその言葉を録音、録画し、書面でも約束させた。何がなんでも、約束を守ってもらうためにね。もし、それでも約束を破ると言うのなら……真理乃、貴方をどこかへさらってしまう覚悟だってあるわ。私はもうあの頃の……何もない、ただの女子中学生じゃないもの」

 藤佳ちゃん……

「平気な顔をしているように見えるかもしれないけど、私は、真理乃との仲を引き裂いてきた人達を恨んでいるわ。それに……何度も真理乃に会いに行こうとした。けれど、自分からした約束を破る訳にはいかないと、ずっと我慢していたのよ……それなのに、向こうは約束を守らないなんて……そんなこと、絶対に許さないわ」

 うん……アタシも、藤佳ちゃんと同じ気持ちだよ。だからこそ謝らせて。

 ごめんなさい! 実はアタシ……今まで藤佳ちゃんのこと、騙してたの。


「え……」

 アタシ……本当はとっくに、記憶が戻ってたんだ。

 今まで全く思い出せなかったのに、大学で藤佳ちゃんとすれ違ったあの日……アナタの顔を見た瞬間、すぐに思い出したの。で起こったことも、藤佳ちゃんとの思い出も、付き合っていたことも……はっきりと全部。

 けれど、アタシにはそれを打ち明ける勇気がなかった。忘れられてたらどうしよう。人違いだったら、もう他に好きな人ができていたら……いろんな不安が込み上げてきて、なかなか言い出せなかった。

 藤佳ちゃんのことを信じきれなくて……こんな風に試すようなまねして、本当にごめんなさい。

「なんだ……そんなこと? “騙してた”なんて言うから、何を言われるのかとドキドキしたじゃない」

 そんなことって……怒って、ないの?

「どこに怒るトコロがあるのかしら?」

 ははっ……アタシってバカだなぁ。

「そんなことないわ」


 ……あのね、記憶を失っている間も、藤佳ちゃんが言ってくれた言葉だけは、すぐに思い出せたの。

 顔にモヤのかかった藤佳ちゃん少女がね、『の人生も、その存在も全て貴方だけのものだから……誰かの理想通りに生きるんじゃなくて、真っすぐ“自分”を生きて』と、言ってくれるの。

 その言葉のおかげで、本当のアタシを見失わずに、今まで生きてこれた。

 藤佳ちゃんこの少女を撮りたいっていう、自分の夢も思い出せたの。

「ふふっ……とても光栄な話だわ。それにしても……記憶喪失のフリを続けていたなんて、全く気がつかなかった。お世辞抜きで、私より演技が上手なんじゃないかしら?」

 藤佳ちゃんにそう言ってもらえるとうれしいな。でもね、この演技力能力はそんな良いものじゃないんだ。

 ……祖母と父の前では“優秀なお嬢様”を、母と二人っきりの時は“甘えん坊で守ってあげたくなる、幼い息子のような僕っ子”を、幼なじみと許嫁の前では“従順で少しぶりっ子な真理ちゃん”を演じ分けていたからね……イヤでも演技が上達してしまったの。

「それは……その、ごめ――」

 待って! 謝ってほしくて、こんな話をした訳じゃないよ。

 ただ……藤佳ちゃんはアタシを、“アタシ”のままで、肯定してくれるから……すごく感謝してるって伝えたかったの!

 それに……アタシがほしいのはもっと、別の言葉だよ。

 ……と、言ったものの、やっぱりアタシから言わせて?


 藤佳ちゃん、大好きです。もう一度、アタシとお付き合いしてくれませんか?


「っ……うん。私も大好きよ、真理乃……愛してるわ」


 アタシも……愛してるよ、藤佳ちゃん。

 もう二度と、藤佳ちゃんのこと、忘れたりしないからね。


 この先ずっと、アタシの傍にいてください。

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