第19話 future

1986年2月28日


「はあ………いよいよ明日かあ………」

「あら、まだ覚悟が決まってなかったの?」

「いや、そんなことは………」

あの、武者小路を説得した日から更に1週間程たち、酷かった俺の怪我もすっかり見た目には良くなり、所々痛い箇所もあるが、ほぼ普通通りに動けるといった状態にまで回復した。

「ほっほ、すっかり高杉くんもこの家に馴染んだようじゃのう…うむ、真由美とも仲良くやってくれているようで何よりじゃ」

今は丁度、夕飯を食べる時間帯で、かれこれこの世界に来てから10日以上になる俺はすっかりこの家に馴染んでしまっていた。


「すみません、何から何までお世話になってしまって……恐らく明日には出ていくと思います。短い間でしたが本当にお世話になりました」

「………生きて辿り着ければの話だけれどね」

「オイ!」

「ほっほっほっほ、なんじゃなんじゃ本当に仲が良さそうじゃな? どれ、老いぼれはさっさと退場するとしようかのう………後は若者どうしで仲良くやりなさい。……真由美、高杉くんは悪い青年では無いぞ?」


「お爺ちゃん!?」

「ほっほっほっ、ではのう」


……………………………


気まずい、非常に気まずい…

目の前の女から発せられるオーラが非常に冷たい……


「な、なあ………」

「何よ」

「い、いや………その、前から聞きたかったんだが君の両親は……今………」

「死んだわ。 別に良いのだけれど、この空気で良くその話題を切り出せたわね?」

くそっ、確かにその通り過ぎて反論しようもい。

「すまない……ただ、明日には君と別れる事になると思うと気になってしまって………」

「別に良いわ。 ………私の両親はね、私が幼い頃に交通事故で亡くなったの。 

三人でドライブしている最中に前から酔っぱらい運転した乗用車が突っ込んできてね、運転席にいた父親はなんとかハンドルを切ってそれを避けようとしたのだけれど、その乗用車に正面からぶつかって即死。

母親は、ハンドルを切った先の電柱に私を助ける為に覆い被さったまま車ごと潰されて、搬送先の病院で間もなく亡くなったわ。 ……同じ病院に搬送された私は母親のお陰で幸いにも軽症で済んでその事故で唯一の生存者となったの………

一体、何が幸いなのか分からないのだけれどね……」


ああ、俺はなんて馬鹿なんだ………。


目の前の少女は、平然とした顔をしながらも箸をもつその手は小刻みに震えていた。

「………」

「ちょっと、黙らないでくれる? もう昔の話だし過去の出来事なんだから、貴方にそうやって黙られると何だか私が凄い可哀想な人みたいじゃない?」

「……スマン」

「だから、もう良いわよ………ご馳走さま」

そう言うと、真由美はそこで夕食が終わりらしく、食器を持って移動を始めた。


「なあ、君がやたらタイムトラベルに詳しかったのは………」

俺は、食器を台所の流しに置き、立ち去ろうとする真由美にそう声をかけた(洗うのは居候の役目である)。


「そうね、貴方の考えている通りだと思うわ………

戻りたかったのかもね? 過去に、あの事故が起きる前に戻って防ぎたかったのかもしれないわね………馬鹿みたいな話を信じてね。」


そう言って部屋へと戻っていく彼女を、俺はただ黙って見送る事しか出来なかった。



…………………………………………………………… 

1986年3月1日


ザアアアアアアーーーー………


雨が降っている。

昨日までの空模様とはうって変わって、武者小路が言っていた通り大雨が降り注いでいた。


俺は、卒業式が終わった後の九条真由美を彼女達が決闘すると決めていたらしい公園で待っている事にした。

出掛ける際には祖父である彼女のお爺さんに、恐らく最後になるだろうからとお世話になった挨拶をし(いつでも戻って来て良いぞと言われたが)、その時傘まで貸して頂きその家を後にしたのだった。


「しかし、凄い雨だな」

傘に当たる雨粒は激しさを増し、風も強く吹いて来て頭上には積乱雲が立ち込めていた。


………10分位経った頃だろうか、目の前から少女が真っ黒な傘をさして歩いて来るのが見える。

どうやらそれは、卒業式を終えた九条真由美のようで、胸にはピンク色したコサージュが付けられ、手には卒業証書を入れる筒を握っていた。

「随分と早いな?」

「あら、卒業式だけだもの、早くて当たり前じゃない? それとも、そんなことはとうの昔に忘れてしまったのかしら? 嫌ね、歳を取るって………」


ハッキリ言おう! ムカつく、非常にムカつく少女である。 なんで、この子はこう一々突っかかる様にしか話せないのか!


「ハハハ………俺と君は1つしか違わないっつーの」

「あら、そうだったかしら?」

俺は、乾いた笑いでそう返すのが精一杯だった。


ゴロゴロゴロゴロ………


そんな会話をしていた時だった、頭上から雷鳴が聴こえてきたのは。

「いよいよか…真由美そこから絶対に動くな」

「………ええ」

流石の真由美も口数が少なく、それは緊張してるのが見てとれた。

当たり前である…失敗すればどちらかが恐らく死ぬか、それ相応の重症を負うのだから………考えてみれば良くこんな博打みたいな賭けに打って出れたものだ、他に方法は無かったのだろうか? 俺は今さらになって真由美に聴いてみる事にした。

「なあ、他に方法は無かったのか?」 

「あら、怖じ気づいたの?」

隣を見れば、少女は真っ直ぐな瞳で上を見ていた。

「嫌、そういう訳じゃ………」

「なら、黙って待ちましょうその瞬間を………」

俺は彼女の言葉に了承の意を込めて黙って頷いた。


ザアアアアアアアーーーーーーッ


更に雨音は激しさを増していく、最早傘なんぞ差している意味も無い程、俺達の身体はずぶ濡れになっていた………その時である。


ビカアッッ!!!


途轍もない光で目の前が真っ白になる。

ドンッ

俺は何も考えること無く彼女、九条真由美を突き飛ばした筈だった………


グッ


しかし何故か次の瞬間、突き飛ばした俺の手が九条真由美に握られた。

「………なっ!?」

「フフッ、貴方が私を庇って突き飛ばした。これで"負のエネルギー"の条件は揃った事になる、ご免なさい利用させて貰うわ……高杉くん?」

「ば、馬鹿なーー…」


ガアアアアアアアアアアアアン!!!!!!


……………………………………………………………



「こ、………ここは?」


眼を開けたその先に広がっていたのは、綺麗な病室で腕には点滴が繋がれており、周りを見れば一目で自分が元の時代に戻って来た事が分かった。


「ん?」

ふと、点滴が繋がれて無い方の手に何か暖かいものを感じた俺はそちらに眼をやった。

「武者小路………」

見れば、その手は武者小路が握っておりそのまま俺のベッドに上半身を預けて眠っているようで………

「………ん? んん? 湊!? 起きたのか! 眼が覚めたのか!」

俺の声に気付いた武者小路は慌てて身体を起こし_


ガバッ


「あ、ああ………ぐえっ!」

そのまま、武者小路に押し潰されるような形で俺は彼女に抱き締められてしまったのだった。


グスッ ヒッ ヒック………

「馬鹿者………馬鹿者が、どうしてあんな無茶をした! どうして………」

俺は、痛む身体を懸命にこらえ武者小路の背中に手をやった。

「すまない、どうやらまた君を泣かせてしまったみたいだな………」

「グスッ、この馬鹿者が! もう二度と、あんな無茶はするな!! こうして眼が覚めたから良いものの…私を庇うなんて馬鹿なことをするな!」

「………それは、ちょっと約束出来ないなぁ………」


ん?


「武者小路………? キミ、何でここにいるの?」


ん?


「はあ? アタシがここにいちゃ悪いってのか!?」


あれ?

どうした、冷や汗が止まらないぞ………俺は、確かに彼女をあの落雷の事故から遠ざけて、彼女がこの時代に来るのを防いだ筈だよな? ………あれ?


コンコンッ


「入るわよ?」

ノックされたドアから入って来たのは、此方もこの世界にいちゃいけない人間だった。

「チッ………真由美テメー何しに来やがった! 何だぁ、今から36年と4カ月ぶりの決着をつけようってか?」

「はいはい、貴女は少し静かにしていてもらえるかしら? 脳味噌鳥頭さん?」

「テメェ!」


ガタンッ!

武者小路が立ち上がり、真由美へと近づいていく……

突如俺の目の前でいがみ合いを始めた昭和の不良少女達がいる。

「………すまないが武者小路、少し真由美と…九条と二人きりさせて貰えないか?」

俺は何とか状況を整理させようと、必死の思いでそう武者小路に頼んだ。

「チッ………別に良いけど…ん?今、名前で?」

「気のせいだ」

「いや、でも」

「気のせいだ………頼む、少し九条と話したい事があるんだ。」

「わっーたよ! 変なことすんじゃねえぞ真由美?」

去り際に、九条に対してそう声をかけて出ていこうとした武者小路だったが

「あら、変なことって何かしら、詳しく教えて貰いたいのだけれど」

「あ"ん?」


………もう、いい加減にしてくれ。


……………………………………………………………


「さて、説明して貰おうか、九条」

俺は病室のベッドを動かして貰い、上半身を半分起こすような格好で九条真由美にそう投げかけた。

「あら、真由美って、呼んでくれないのね?」

「………勘弁してくれ、今はきみの冗談に付き合う余裕はない」

相も変わらず、この少女は最初に人をからかわないと話しが出来ないのかと頭を抱えそうになった。

「まあいいわ、教えてあげる。 そうね、確かにあの時私は、落雷から私を守ろうと突き飛ばした貴方の手を掴んで、この世界に飛ばされたわ。………そして私は全く別の知らない家族の家で眼が覚めたの。……そうねこの辺は陽子と一緒ね」

「何故武者小路が存在している?」

「過去は変えられなかったってことよ。 だって考えてみたらそうじゃない? 貴方が過去に来れたのは未来で陽子を助けた結果そうなったのよね?………なら過去で貴方が彼女を助ける事が出来た場合、貴方はどうやって過去へ来たの? 未来に陽子は居ないのよ?」


「親殺しのパラドックスか………」

俺は、ある有名なSF作家が自身の書で描いたある一説を思い出した。

「そう、例えば誰かが過去へ戻って自分の祖父を祖母と出会う前に殺すとする、するとその人の両親どちらかが産まれてこないことになり、結果として本人も産まれないことになる………有名な話よね」

「行き来は出来るが過去は変えられないと?」

「ええ、様々な物理学者が様々な理論を展開しているけど、現時点ではそういうことになるわね、タイムパラドックスはあり得ない。」

成る程、確かに今の所、そう理論づけるしか解決策は無い………。


「武者小路が俺と過去で会った事を覚えていなかったのもそうか………」

「彼女が私を庇った過去が先に存在したからでしょうね………悲しいけれど貴方が後から行った過去で何しようと、先に起こってしまった過去は変えられなかったって事よ……そうね、今のところはそう考えるしか無いわね………後は、貴方が元気になったらまた考察するで良いんじゃないかしら?」

何て事だ、とんだ骨折り損じゃないか………



「なあ、君と………九条と武者小路は何で普通に話してたんだ?」

俺は、彼女と武者小路が仲良さそう?に話していたのを思い出した。

「別に、ただ貴方の行方を探し当てた先に彼女がいたから、話し合っただけよ。 互いに何でここに居るのかって話を嘘偽り無くね………」


ああ、駄目だ何だか嫌な予感がしてならない………

「………武者小路は君の話を聴いて何て?」 

「"馬鹿者が、アタシにお礼も言わせない気だったのか?起きたらシバキ倒してやる"って言ってたわ……貴方、随分気に入られてるのね?」


俺は、そのまま項垂れて頭上からは「あら、ちょっと大丈夫?」何て声が聴こえてきて………

それでも、項垂れた先の自身の手元付近に置かれたボロボロのスマホの液晶画面を見て


「やっと帰って来れたのか………」


と安堵の呟きを漏らすのだった。



               2022年8月

                PM4:00

             




















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