第16話 九条真由美
「………ここは?」
どうやら、あの後気を失ってしまっていたらしい俺は気がつくと、見知らぬベッドの上にいた。
「お? ようやく目が覚めたか?」
「!?………っ痛!」
声のした方に顔を動かせば、身体中に激痛が走った。
「あー、まだ急に動かん方が良いぞ、何せ凄い怪我じゃったからな…真由美が連れてきた時はさぞかし驚いたわい、身体中血まみれで、脱がせてみれば酷い怪我でな。聞けばさっき迄喧嘩しておったらしいじゃないか? 良くもまあ、その身体で喧嘩なんぞ出来たもんだと感心しておった所じゃったよ…のう?真由美?」
そう話す白衣をきた老人はどうやら医者のようで、隣にいた少女にそう問いかけていた。
「あー…そうね。貴方、後一歩私がここに連れて来るのが遅かったら、出血多量で死んでたみたいよ?」
その隣の少女を見れば、あの時助けてくれた少女で服は自分を運ぶ際に付着したのであろう血で所々赤く染みになっていた。
「………すまない、恩にきる。」
「あら、気にすること無いわよ。 たまたま通り掛かっただけだからね」
「………それでも、助かったありがとう。」
そう、あっけらかんと謝罪を受けとる彼女に、俺は感謝の意を述べた。
「ところでお主、御家族の方とは連絡は取れるかい? いや、何せ此方も小さな町医者とは言え慈善事業じゃ無いもんでな? 誰か身寄りのある方と連絡をとって貰いたいんじゃが………」
「家族………」
しまった、そういえば俺はここで武者小路の痕跡を探すのに精一杯で、自分のこの世界での立ち位置を確認するのを忘れていた。
「すみませんが、電話を借りても?」
「ふむ、真由美そこの壁際の電話を此方に動かしてくれ」
少女は無言で電話を移動させ俺にそれを渡してきた。
「黒電話か………」
「あら? かけないの?」
「………いや、すまないが痛くて身体を動かせそうに無いんだ………悪いが替わりにかけて貰えるか?」
下手にかけ方が分からないとなると、怪しまれるといった思いから俺は彼女にそうお願いした。
「いいわよ。 で、番号は?」
「ああ、024ー×××ー××××××だ。」
「了解よ」
ジー ジー ジー
「はい」
「ああ、ありがとう九条さん。」
俺は少女から受話器を受け取り、礼を述べた。
「真由美」
「え?」
「真由美でいいわよ。 見たところ貴方の方が年上だろうし、悪い奴では無さそうだしね?」
「あ、ああ」
トゥルルルル……… ガチャ………
『はい、もしもし佐藤ですが?』
受話器の向こうからは年配の女性であろう声が聞こえてきて、案の定自身の名字である高杉とは違う性が名乗られた。
「ああ、すみません間違えました。」
『え?』
(やはり、この世界に自分の家族はいないか………)
俺は、想像していた通りの事態に特に悲観すること無く受話器を置いた。
ガチャン… ツーツーツー………
「何じゃ? 間違えたのか? 真由美、もう一度かけて差し上げなさい。」
「あ、いやちょっと待ってくれ!」
「? どうしたのよ?」
もう一度、かけ直そうとした九条真由美を慌てて止める。
何と説明したら良いのだろうか?
まさか、自分がタイムスリップしてきたなんて言える訳無いし、信じて貰える訳無い。
今になって、武者小路の気持ちが初めて分かった。
恐らく彼女もこんな心境だったのだろうと、それに気付いて信じた俺はよっぽどの馬鹿だったのだろう…
そんな、馬鹿を見た武者小路はさぞやビックリしたことだろう………と。
(何とか誤魔化すしかないか………)
俺は自分の状況を記憶喪失で倒れてたという、映画や漫画等でよく使われる設定で説明することにした。
「………すみません、実は記憶が無くて……」
「はあ?」
「記憶が無いじゃと?」
「………ええ、実は気付いたら歩道で倒れてまして、そこで倒れたままでいるのは不味いと思って、どうにか歩いていたら不良達にぶつかってしまい喧嘩になった所を彼女に助けられたんです………」
何だか詐欺師にでもなった気分だ。
自分の平然と嘘を吐く口を、心の中で(よく回る口だ)と脳内ツッコミしながら、嘘を並べていく。
「先程の番号は、俺が自分の名前の他に唯一覚えていたものだったので、試しにかけて貰ったのですが、どうやら違ったようで………スミマセン助けて貰って怪我まで治療して貰ったのに何ですが、払えるお金も無く、便りになる身寄りも今のところ思い出せません。」
ヤバい、変な汗が吹き出てきた。
自分で言っといて何だがツッコミ所満載の内容である。
おい、映画や漫画の主人公達、お前らよく平然とこんな突拍子もない事を並べて信じて貰えたな?
俺だったら、絶対信じないぞ!
あまりにも怪しすぎる!
「………………」
辛い、この沈黙が辛い。
「………ふむ、成る程のう、それは大変じゃったな。
目が覚めた時はさぞやビックリした事じゃろう……
分かった、先程、慈善事業じゃないと言ったが撤回しよう。 君の記憶が戻るまでこの家でゆっくりしていくと良い……なに、この家にはワシと孫の真由美しか住んどらん。 部屋は余ってるから余裕はある。
安心して療養していってくれ。 怪我を治すだけじゃない困っている人を助けるのも医者の勤めじゃ。」
(嘘だろう?信じたぞこの爺さん。)
俺は開いた口が塞がらないとはこの事かと、初めて実感していた。
「あ、ありがとうございます」
「うむ。良い忘れていたが君の怪我の状態は、裂傷は酷く多いものの幸いにも骨折や内臓に損傷といったものは見られんかった。 なあに、記憶が戻るまでの間も含めて暫く安静すれば、見たところ若いじゃろうから直ぐに回復するじゃろうて………急ぐ事はない、ゆっくりしていってくれ。」
………何だ、この目の前の生き物は、本当に同じ人間なのか?
大丈夫なのか? 簡単にオレオレ詐欺に引っ掛かりそうだぞ? 善人すぎるだろう!?
「あ、ありがとう…ございます」
いや、本当に! すみません何か本当に!!
「さて、それじゃワシはちいと休憩させて貰うぞ。
何か入り用があったら孫の真由美に遠慮なく言ってくれ」
そう言って、目の前の天人は席を立った。
「いや、しかし………」
「いいわよ別に、それに私もちょっと貴方に………
そういえば、名前聞いてなかったわね?」
「おお、そうじゃそうじゃ忘れておったわい! カッカッカッ!! お主、名はなんと言う? 自分の名前は覚えとるんじゃろう?」
訂正、神様だったようだ。
「高杉………高杉湊です。すみません、色々ご迷惑おかけします。」
普段、神頼み等しない俺だったのだが、まさか実在した神様にこうやって頼む事になるとは思わなかった。
「うむ、高杉くんか。 それじゃあ真由美頼んだぞ?」
「はい、お爺ちゃん」
ガラリ……… ピシャッ!
……………………………………………………………
「………」
何だ?
少女の視線が痛いぞ………
「あの………真由美…さん?」
「………呼び捨てで良いわよ」
もの凄く冷たい口調で発せられてるのは、気のせいだろうか?
「ああ………真由美、ありがとう」
チッ!
………舌打ちが聞こえたのだが…なんだろう? 今、呼び捨てで良いって言ったよなこの子?
「はあっ、全くお爺ちゃんも人が良すぎるわね………こーーんな嘘つき信じちゃうんだもんねぇ?」
スッ
そう言って、真由美は自身の胸ポケットから何かを取り出した。
それは、血で濡れていて画面にヒビが入っていて……
「俺の………スマホ」
「へえ、スマホって言うんだこれ? 私、こう見えて結構機械に詳しい方なんだけれど……見た事無いのよね、こんな高性能なもの…何に使うものか分からないけれど…ねえ、自称記憶喪失さん、あなたいったい何者なの? ただの行き倒れた怪我人じゃ無いわよね? だって、普通の人はこんなもの持ってる訳無いもの!」
確かに、彼女の言う通りそれはこの時代にはあまりにも似つかわしくないもので、あまりにも異質な存在感を放っていた。
「それは、その………時計! そう携帯出来る時計だ! 今、思い出した! 頼む、返してくれ!」
「私、時計にも詳しいのよね」
駄目だ、喋れば喋るほど不利になっていく………
仕方ない、ここは黙秘権を行使する事にしよう。
「で? これは何?」
「………………」
黙秘だ、絶対喋るな! この女は危険だ!
「あら、喋らないの? ………まあ別に良いわ…はい。」
「え?」
意外にも、すんなりと返されたスマホに俺は驚いてしまった。
「良いのか?」
俺は、しっかりとソレを手に取り彼女に思わず尋ねてしまった。
「良いわよ別に、アンタ…高杉が何処の誰だろうと。始めに言ったじゃない? 悪い奴じゃ無さそうだって………だからお爺ちゃんの言った通りゆっくりしていくと良いわ。勿論、私も詮索はしないから安心して、お爺ちゃんにも何か言うつもりもないから……早く傷を治すことね。 それと、ホントかどうか知らないけれど記憶もね?」
何だ? ここの爺さんと孫は、神の使いか何かなのか?
「良いのか本当に、こんな得体の知れない男が身近にいて、俺が言うのもなんだが相当怪しいぞ?」
「フフッ、本当に怪しい男はそんな事言わないのよ? それに_」
目の前の彼女は笑ってこう言った
「いざとなったら、私がお爺ちゃんを護るもの!」
それは正に、大胆不敵といった様子で
「だから、好きなだけ居るといいわ」
ああ、俺はきっとこの子には勝てないだろうなと思うのだった………。
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