第5話 雨

「アンタ、何で分かったんだい?アタシがこの世界に来て4カ月誰にも気付かれる事は無かった。 気付いて貰える事も無かった。 なのに、アンタは………高杉はどーして気付いたんだい!?」

「マジか………」

「あ"!?」

目の前でまくし立てる武者小路を見て俺は、やはり自分の直感は正しかったことに興奮と喜びと驚愕を覚え、そんな感想しか返せなかった。

「いや、失礼。まさか本当に君がタイムトラベラーだとは思わなくて…そんな夢みたいな話が本当に実在するとは………いや、マジで? マジか~…」

そして俺はそう言葉を残し、その場にしゃがみこんでしまった。 すると__


グイッ


「おいテメェ! 何勝手に納得して話終わらせよーとしてんだコラ? アタシの質問にさっさと答えねーか!!」

(近い近い近い近い近い)

現在、マスクを外している状態の武者小路に胸ぐらを捕まれた俺は、その事に対する恐怖よりも眼前に迫った彼女の美貌に慌てふためいていた。

「わ、分かった答えるから放してくれ頼むから!」

「フンッ」

そう言って、放された俺は未だ落ち着かないでいる心拍数を静めるため深呼吸してから武者小路に話し始めめる事にした。


「…フゥ。 俺が何で気付いたかって話だよな武者小路」

ガタンッ

「前置きはいーから、さっさっと喋りな」 

武者小路は乱暴に机に座り、足を椅子の上に乗せてロングスカートだから良いものの股をこれでもかと開き、片膝に肘を乗せて自身の顎にその手を持っていき俺に話せと促した。

相変わらず飴は咥えたままである。


「…子供の頃さ夢見てたんだ」

「………夢だ?」

透き通るような目で鋭い眼光を飛ばしてくる。

「タイムスリップ、タイムリープ、タイムトラベルそんな事にな。そんな風に過去や未来に行けたら何か途轍も無く面白い出来事に出会えるって! 勿論、それは映画や漫画、小説といったものの影響は大きいけれど…それでもそれは決して空想上の話ではなくて自分が大人になったらそういう機械ができて俺も過去や未来に行けると信じてた。」

俺は一気に捲し立てるように話す

「………」

武者小路はその話を笑うでもなく、馬鹿にする事もなくただ黙って聞いている。

「でもそれは、大人になるに連れてやはり空想上の話だと思い知らされた…そんなものは無いと、そんな機械は造れないと、そんな事はあり得ないと…」

「で?」

「だから、君を見た時初めは気付かなかった。ただの昭和の格好が好きな女子高生だと思っていた。いや、思い込む事にした。だって、それはあり得ないから

信じてはいけないから、そう思ってしまったら馬鹿にされるから」


キーン コーン カーン……

話の途中だが移動時間もあった為だろう、お昼休みの終わりを告げる鐘が響いた。


「いい、続けろよ」

しかし、武者小路は顎で話を続けろと促してきた、俺は黙ってそれに頷き話を続ける事にした。

「それでも俺が君に疑問をもったのはだな………」

「んだよ、勿体ぶってねーで言えよ!」

「君さ………」

「ああ」

「武者小路はさ………」

「早くしろ」

ガンッ

彼女は、苛つきが頂点に達したのか椅子を蹴りあげた。

「馬鹿なのか?」

「殺す」


ガシィッ! 


本日二度目となる胸ぐら掴みを食らった俺であった。

しかも、今度は両手で顔も先程よりも近い!

俺はそれに必死に抵抗しながら話を続ける。

「いや、だってそうだろう? どうして分かったかって?あんなに頻繁に"この時代" "この時代"言ってりゃ誰だって気付くわ!! 良かったな一緒にいた俺のツレが馬鹿で! てか、良く今までバレずにいたな!寧ろそっちの方が驚いたわ!!」

「んな、…て、てめ…~」

今度は、武者小路がその場にしゃがみこんだ。

何やってんだ俺達は…


……………………………………………………………


あれから、五分位経っただろうか武者小路はマスクをしてそっぽを向き先程と同様に机の上に座っている。

「………今までバレなかったのはアタシが誰とも殆ど喋ってねーからだ。」

「………誰とも?」

「ああ、アタシがこの時代に飛ばされてちょうど4カ月。アタシはアンタとアンタの連れ以外殆ど口を聞いてねー」

そう話す武者小路の横顔はとても綺麗で、しかし遠くを見つめるその眼差しはとても儚かった。

「なあ、親は?」

「いるよ。 でも、あれが自分の親とは決して思えねー…あんな赤の他人を親だなんてな…」

「!どういう事だ!?」

すると武者小路は立ち上がり、窓に近づいて雲一つ無い青空を見つめる。

それはまるで、青空の遥か遥か先を見てるようで先程よりも、よりいっそう儚く感じた。

「アタシがこの時代にどうして飛ばされたのかは実は分かんねーんだ。4カ月前、いや正確には36年と4カ月前か? アタシはとある女子中の頭でな、その日は卒業式でアタシは最後の締めくくりって事でライバル関係にあった女子中の頭とタイマンをはってたんだ。」

「………うん」

「その日は生憎の雨でねぇ、今日みたいな青空では決して無かった。」


……………………………………………………………


ピカッ ゴロゴロ………

ザ----

『はぁ…はぁ…陽子…テメェいい加減くたばれや…』

『はっ! お断りね………貴女こそもう足にきてるんじゃない…?』

そりゃもう、お互いボロボロでさぁ…後一発でどちらかが倒れるって所まできてて顔面なんか二人とも笑えるくらいにパンパンになっちまっててね

そんな時だったよ。それが起こったのは…


ビカァッッ!!!!!


『なっ何だ』 

『眩し___』

走馬灯ってのは、死ぬ本人にだけ起こる訳じゃ無いんだね…

アタシは見えちまったんだよ、目の前の宿敵に雷が落ちていくのが、アイツとの今までの思い出が、殴りあって時には背中を預けあった記憶がさ………

『危ない! 真由美!!!』


ドンッ


『よ、陽子---!!!!?』


……………………………………………………………


「気付いた時にはアタシは見た事もないキレイなベッドの上で、点滴をうけててね。 アタシが目が覚めた事に喜ぶ両親はそりゃあ嬉しそうでさぁ………」

武者小路は何だかとても辛そうで今にも泣き出しそうな顔で話を続ける。

「…でもさ、アタシは知らないんだよ。その人達を。アタシを必死に抱き締める両親をアタシは知らないんだよ。アタシの父ちゃんはもっと男臭くて夏なんかパンツ一丁でそこら中歩き周る人で、あんな夏でもスーツを着て、家でもワイシャツで居るような人をアタシは知らないんだよ。 母ちゃんなんて、女らしさなんて1ミリも無くてさ、パーマで頭クルックルでエプロン外したとこなんて1度もまだ見てなくて、それが家でも外でも常に洋服を着飾って髪なんかサラッサラでさぁ………」

「武者小路………」

「知らないんだよ! アタシは知らないんだよ!! あんな人達、あんな綺麗な家!!!」


気付けば、あれ程晴れてた空は曇り空に覆われていて

「………アンタ言ったよな、夢だって、面白いって…なぁ、教えてくれよ…これの何が面白い? これの何処に夢見て憧れる?」

俺は何も言えずに、本日三度目となる胸ぐらを掴まれていて…

「帰してくれよ…アタシを………あの時代に帰せよ!!!」

目の前で叫ぶ武者小路の目からは涙が零れ出していて、俺は自分の浅はかさを呪うのだった…。





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