新天地 三
町を訪れた同日から、クマ狩りに精を出すこととなった。
朝起きたらお宿の一階フロアでご飯を食べて、山岳地帯に向いクマを探す。クマを見つけたら、飛行魔法で上げ下げして仕留める。仕留めたクマは町まで持ち帰って、町の出入り口で露天を開いた業者に売り払う。
そんな毎日だ。
狩りに要する時間は、日によってまちまち。主に山岳部までの往復時間が、所要時間に等しい。朝早めに出発したら、昼過ぎには町まで戻ってこられる。おかげでウハウハですよ、こちらのオバちゃんは。
山岳部にはクマの他にも、色々な生き物が住まっていた。
どれもそれなりのお値段で取引されているとのことで、オバちゃんは別け隔てなく飛行魔法を行使させて頂いた。上げて下げて叩きつけてゲットの流れである。一日に二匹、三匹と持ち帰ることもあった。
しかしながら、そんな自身にも一つ、明確なルールがございます。
『きゅ、きゅるるるるっ』
「…………」
『きゅるるる、る、るるるっ』
「…………」
『きゅるるるるる……』
今の今までにらみ合いをしていた、鳥っぽい生き物が逃げていく。
翼を使わず、二本の足でトトトトと逃げていく。
ドードーっぽい生き物だ。
そして、オバちゃんはこれを見逃す。
自分にビビって下さった相手をどうこうするというのは、如何せん気分がよろしくない。ビビるということは、つまり畏怖を抱いているということ。それは自身にとって、極めてチヤホヤに等しい位置にある行為である。
そこでクマたちのように、先制攻撃してこない相手に対しては、チヤホヤしてくれたお礼に見逃すことにした。チヤホヤしてくれるヤツは良いヤツだ。そんな相手を殺して金銭に変えるなんてとんでもない。
ただし、チヤホヤしてくれない相手は容赦しない。
遠慮なく貯蓄に替えさせて頂いている。
「やっぱり、狙うならクマだな」
気性の荒さをとっても、換金率の良さをとっても、クマが一番である。
遠慮なく飛行魔法で上げ下げして金貨に替えることができる。
本日もまた、毛並みも立派なクマを一匹仕留めてホクホクである。段々と作業にも慣れてきたようで、一発で仕留めることができた。空に浮かべたまま頭を下にして、勢いをつけて岩肌にドスンである。
山岳部の硬い岩肌が、クマの頭蓋骨で砕かれて、欠片が弾け飛ぶ。その飛び先にさえ注意すれば、これといって苦労のない作業である。高度を稼ぐ必要もほとんどないので、打ち上げる時間も自然落下に任せるより随分と短縮された。
労働が嫌いな自分でも、これだけ効率が良いなら働いても苦にならない。何より職場に上司がいないというのが素晴らしい。同僚がいないというのも魅力的だ。こういうのを個人事業主というのだろう。
最高だな、個人事業主。
これからも個人で事業を邁進していきたいと強く思う。
◇ ◆ ◇
そんなこんなで、町を訪れてから一ヶ月ほどが経過した。
未だに股間はいじっていない。初見で厳しかったので放置している。なんというか、自分が欲しかったものとは在り方が違っていた。しかもこう、些か不穏な香りが漂っている。オブラートに包んで申し上げると、磯とチーズの香り。
それじゃあ一ヶ月も何をしていたのかといえば、宿屋の近くの露天や飲食店で、現地の食事やお酒を楽しんでいた。思ったよりも種類があって、これがなかなか飽きない。他に娯楽らしい娯楽がないことも手伝い、食べ歩きが趣味になりつつある。
それはさておいて、貯蓄があっという間に増えた。
山のクマさんが良いお金になるので、それはもうがっぽがっぽ。
おかげでちょっとした問題が発生した。
宿屋の女将曰く、貴重品は部屋に保管しないで持ち歩いて頂戴、とのこと。なので外出するときは革袋に入れて、じゃらじゃらと持ち歩いている。当初はそれでも問題なかった。ただ、ここ数日は少しばかり腰回りが重い。
全財産を常に持ち歩くのも、流石にどうよと思い始めた。
「ここって銀行とかあるんかいな?」
自ずとそういう感じの施設を探す運びとなった。
頼りにしたのは、町の外で露店を構えた商人のお兄さん。
いつもクマを現金に変えて下さる小粋な人物だ。
「すみません、町のことで聞きたいことがあるんですが……」
「お? クマのオバサ……お姉さんじゃないか。どうしたんだい?」
いちいち言い直してくれるお兄さんはもれなくイケメン。
その何気ない気遣いが、チヤホヤに飢えた野郎の心を満たしてくれる。決して男色の気がある訳ではないのだけれど、見た目に優れた相手から気を遣ってもらえると、どうしても嬉しくなってしまう。
今なら大手新卒の採用がイケメン揃いだった理由、分かるよ。あれは女性ウケも然ることながら、役付き担当者のウケを狙ったものではなかろうか。おかげで現場は苦労していた。特に技術系の部署。
「この町について知りたいことがあるのですが、聞いてもいいですか?」
「ああ、なんでも聞いてくれていいよ。お姉さんはお得意さんだからね」
「ありがとうございます」
女言葉とか使って女体を演出、チヤホヤを引き出せないかと考えた。
けれど、止めておいた。
相手は二十代前半と思しきイケメン。短く刈り上げられた金色の髪が素敵な細マッチョ。そんな相手にアラサーのオバちゃんがアピールとか、絶対にアウトでしょ。だって、申し訳ない。ただでさえ気を遣ってもらっているのに。
ここはモブ感を出して、静々とお伺いを立てるのが正しいと見た。
「お金を預けたりする場所をご存知でしたら、どうか教えて欲しいのですが……」
「あぁ、そういえばお姉さん、ここのところ随分と稼いでるよね」
「え、ええまあ、おかげさまで」
「そういうことなら案内するよ」
「いいんですか?」
「その代わりと言っちゃなんだけど、今後も贔屓にしてもらえたら嬉しいな」
「ありがとうございます。今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします」
やったぜ。予期せず銀行までの道案内をゲットである。
二人並んで正門を抜けると共に、再び町の中へ。
「しかしお姉さん、なかなか見ない顔だね。どこから来たんだい?」
「あ、はい。少しばかり遠いところから参りまして……」
町では自分の他に、肌が黄色い人間はいない。
おかげで迫害を受けるのではないかと、同所での生活には一抹の不安が残る。町を歩いていると頻繁に他者からの視線を感じる。本来であれば嬉しい第三者からの注目も、その先にある意識が害意と紙一重だと思うと、如何せん素直に楽しめない。
できることなら現地住民に溶け込みたかった。
次に神様と出会う機会があったら、是非お願いしてみよう。
「遠いところっていうと、もしかし隣の大陸とか?」
「ええまあ、そんなところでございます」
ヘコヘコと頭を下げてイケメンとの会話をやり過ごす。
時代劇で言うところの、お代官様を部屋にお通しする宿屋の女将、みたいな。この世界に幾つ大陸があるのか知らないが、今は適当に頷いておこう。イキったりドヤったりするのは、外見に対する憂いがなくなってからでも遅くはない。
やっぱりどうにかしたいな、オバちゃんスタイル。
理想は美少女。色白な美少女。
皆がチヤホヤしてくれる若くて可愛らしい女の子。
もしくは絶世のイケメン。
ハーレム待ったなしの最強メンズ。
神様曰く、ここは剣と魔法のファンタジーの世界。それなら若返りの魔法なども、存在していたりするのではなかろうか。いきなり現地系の美少女は難易度が高いかもしれないが、若返ってアジアン少女になるくらいなら、可能性はありそうだ。
そういえばあの神様、別れ際に気になることを言っていた。
信仰を集めれば願いは叶う、とかなんとか。
「あぁ、見えてきた。あそこが銀行だよ」
「これはまた、とてもしっかりとした建物なんですね」
「そりゃあね。この辺りでも一番大きな銀行さ。安心してくれていいよ」
「そのような場所で、私のような者がお取引できるものなのでしょうか?」
「こう見えても、あそこの副店長とは面識があってね。僕の紹介ということにすれば、お姉さんでも問題なく取引をしてくれるよ。ここ数日、とても気持ちよく儲けさせてもらっているから、そのお礼さ」
「ありがとうございます。とても助かります」
このイケメン、マジいい人だよ。
大きな銀行とお取引とか、生活基盤が安定するのを感じる。
当面は貯蓄に励もう、なんて考えてしまうぞ。
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