新天地 一
足元の魔法陣が消えてからしばらく、神様とお話をした。
なんでも彼女は元々、こちらの世界の神様であったらしい。それが色々と事情があって、他所の世界、つまるところ地球とか日本とかがある世界に飛ばされてしまった、とのことだった。要は島流しみたいなものだろう。
ただ、それでも彼女は元の世界に戻ることを諦めていなかったらしい。帰還の為の支度を幾百年と長い月日をかけて、着々と行っていたのだとか。そして、その集大成として今し方、世界を移動する魔法を使ったそうな。
見て聞いてビックリ。当面は元の世界に戻れないのだという。
でも、まあいいか。
チヤホヤしてくれるなら、別にどんな世界でも構わない。
キモくて金のないアラサーは、元の世界に未練がございません。
フツメンでもコミュ力低いとキモい扱い受ける現代、マジうんこだと思います。などとSNSで呟くと、それフツメンじゃないから、ブサメンだから。みたいなリプがある現代日本、正直おウンチお食べになれあそばせ。
「事情は理解しましたよ、神様」
『ところでオマエ、どうしてそんなにチヤホヤされたいんだ?』
おっ? もしかしてこちらの昔話とか聞いてくれるのだろうか。
そういうの悪くないよ。
特にお金を支払った訳でもないのに、異性がアラサー陰キャの自分語りに付き合ってくれるとか、付いて来て良かったって気分になる。思い起こせば、人生で初めての体験。そういうことなら、お言葉に甘えて存分に語らせてもらおうじゃないの。
「話は一昨年くらいまで遡るんスけど、当時推していたアイドルが不倫を……」
『あぁ、なんとなく分かった。それ以上は言わなくていいぞ』
「…………」
そういうの酷いと思う。
人としてやっちゃいけないことってあるでしょ。
盛り上がった気分の矛先、どうすればいいんだろう。
「……随分と自然に溢れた場所ッスね」
致し方なし、話題を替えるように語らせて頂く。
すったもんだの末に訪れた新天地は、露骨なまでに現代日本とは風景を異にしていた。具体的に言えば、圧倒的に自然が多い。アスファルトとコンクリートに囲まれて生活していた身の上を思えば、土を踏みしめる感触など何年ぶりだろう。
『以前はそれほどでもなかったのだがな』
「なるほど?」
右を見ても樹木。
左を見ても樹木。
その只中に、植物の蔦が這い回る風化した石像。
パッと見た感じ、どことなく神様の姿を髣髴とさせる一体だ。主に体格的な意味で。ただ、放置されてから随分と歳月が経過している様子で、とても残念なことになっている。鼻頭とか雨風にさらされて完全に摩耗してしまっている。
「これ、神様ですか?」
『そうだ』
「昔から背格好は変わってないんスね」
『まぁな』
狐の仮面の下のお顔、いつか拝見する日が来るのだろうか。石像もまた削れてしまっているから、正確な顔立ちを確認することは難しい。ただ、骨格から判断するに、決して不細工とは思わない。それなりの美少女と考えておこう。
また、彼女の言葉が全て正しいのだとしたら、この像は本人がこちらの世界を発ってから、数百年という時間を経たことになる。そう考えると、こうして倒れることもなく、姿形が残っているだけでも、奇跡的な出来事ではなかろうか。
時代を感じさせる石像の周囲には、これを囲うように設けられた同じ石製の遺跡が見て取れる。植物の蔦が絡まった門だとか、その傍らに立った小さな社だとか。どれも手の込んだ彫刻がなされており、数百年を経た今でもその痕跡を確認できる。
そうした光景が、木々の合間から差し込む光に照らされる様子は、とても綺麗だった。
「よく数百年も長持ちしましたね。これも魔法ですか?」
『知らん』
「そっスか……」
まあ、なんでもいいや。
これ以上は神様の生い立ちに対して、お構いしたくない。
むしろ自分の方が構われたいのだから。
さっき頂戴した身の上語りの機会とか、まだ諦めた訳じゃないからな。
いつか絶対に聞いてもらおう。
ということで、以降は自分勝手な質問タイムとさせて頂く。
「ところで、これから自分はどうするんですかね?」
『それなんだが、オマエにはやってもらいたい事がある』
「やってもらいたいこと?」
『うむ』
「いやいや、ちょっと待ってよ神様、こちとらチヤホヤしてもらえるんじゃなかったんですかね? 見ず知らずの場所に連れてきて、やっぱなしで、とか流石に悲し過ぎるんですけど。見た感じ完全に森の中でしょ。どうするのこれ」
『まあ聞け』
「…………」
焦るコミュ障に神様は、ツラツラと語ってみせた。
『オマエにはこれから、その周辺を信仰で満たしてもらいたい。貴様の立つ位置を中心として森林を開拓し、大勢の生き物が集う場所とするのだ。そして、集った生き物に対して、私という存在を崇めるように言い聞かせろ』
「お断りなんですけど」
『…………』
当然である。だって楽しくない。
そういうのは学生の頃にハマったシム系ゲームでお腹いっぱいである。あれって色々と計画を立てたりするのが面倒だし、定期的に怪獣とか襲ってきたりして、一生懸命に作った町が壊されるし。更にリアルでやるとなるとセーブもできないでしょう。
第一、本懐を達する上では何の意味もない。
「そんなの全然、チヤホヤされないじゃないですか」
『いいや、そんなことはないぞ?』
「どうしてッスか?」
『オマエの世界には宗教というものがあっただろう? 何かしら信仰の柱を用意して、これを担ぐことで人を集めて、金やら権力やらを集める。要はそれと同じだ。そして、ここでは私が柱となり、オマエが宗教の代表となるのだ』
「代表……」
『信者にチヤホヤされるのはオマエの役割だ。私の名代となり、その身に信仰を集める。どうだ? なかなか悪くない話だとは思わないか? 集まった者たちの中には、年若い娘もいることだろうさ。その全てがオマエに傅くのだぞ?』
「こっちは神様みたいに空に浮かんだりできないんですけど、信者とかどうやって集めたらいいんですかね? そういうのってカリスマとか、スポンサーとか、そうでなければ可愛い女の子とか、そういうのが必要なんじゃないかと」
『安心しろ。私の力を分けてやる。すぐに空も飛べるようになる』
「マジ?」
『マジマジ』
「マジか……」
空を飛べるとか心躍る。
だって空を飛ぶ夢、幾度となくお布団の中で見てきた。スイスイと飛べる一夜があれば、どれだけ頑張っても飛べないまま、目覚まし時計に起こされることもあった。前者はさておいて、後者を見た直後に仕事に出掛ける朝はガッカリだ。
フッ、フッ、とか声を出して、空に飛び立たんとしている途中で目が覚めるの。
「その依頼、吝かでもないッスね」
『オマエ、わかりやすくていいよな』
「それで神様、空はいつから飛べるんですかね?」
『もちろん、今日からだ』
「マジですか? それ、期待しちゃいますよ?」
『これからしばらく、私は休眠に入る。世界を超える為に少しばかり力を使い過ぎた。これを補うための休みだ。その間にオマエはオマエで私が伝えた通り、ここら一帯を開拓して信仰に繋げろ。やり方は任せる』
「うぃす」
『少しばかり目を閉じていろ、空を飛ぶための力を送るから』
「っ……」
幾分か緊張しつつ、ギュッと瞳を閉じる。
すると正面、何やら人の動く気配があるではないか。もしかして、チューなのか? チューしてしまうのか? 人から人にエナジーを受け渡すときには、古今東西、チューをすると相場が決まっている。
神様は美少女っぽいからチュー大歓迎。
舌、スタンバイレディ。
おぉう、額に何やら暖かな感覚が。
『終わった、目を開けていいぞ』
「…………」
『なんだ? 不服そうな顔をして』
「いえ、なんでもないんで気にしないで下さい」
お口とお口でなかったのが不満である。
というか本当に、ちゃんと空を飛べるようになっているのか。もう少し激しいエフェクトとか、発生しなくてよかったのだろうか。全身が熱くなったりして、こ、これが神の力か、みたいな発言、ぜひアクションしてみたかった。
『私の力を少しばかり分け与えた。当面はこれで問題ないだろう』
「なるほど」
『それと先程のオマエの言葉だが、あながち間違いではない。そのような見てくれでは、他人の信用を得るのも苦労するだろう。そこで一つ、人を集めるのに適した風貌に作り変えようと思う。きっと大勢の人間からチヤホヤされることだろう』
「え? それってどういう……」
『もう一度、目を閉じろ』
「う、うぃす」
魅力的な提案を受けて、言われるがままに目を閉じる。
すると今度は、全身を覆うように暖かな感覚が。
ただ、そうした儀式の真っ最中でのこと。
『っ……どうやら時間切れのようだ。中途半端で悪いが、後は頼むぞ』
「え? ちょ、時間切れってどういう……」
『信仰を集めれば、いずれは貴様の望む姿となれよう』
不穏な発言を受けて目を開く。
すると正面では、神様の身体が霞み始めていた。
後ろの光景がその肉体に透けて見える。
最後に何やら彼女の口元が動く。ただ、言葉は声にならなかった。薄れゆく姿はそのまま消えていき、数秒と経たぬ間に神様の姿は見えなくなってしまった。身に付けていた服もそのまま、忽然と消えてしまったのだ。
「……マジか」
チュートリアルの途中で放り出されるの凄く困る。
これがネトゲだったら、キャラクター移動のキー操作すら学ばない内に、モンスターとの戦闘に放り出されたようなものだ。事実、今この瞬間から始まる林中でのサバイバルに、もやし野郎の心は恐怖から震えている。
取り急ぎ、喉とか乾いているもの。
「……ぉ?」
違和感に気づいた。
一歩を踏み出すのに応じて、なんかこう、身体の一部がぷるるんと震える感覚。自然と視線は自身を見下ろすように下る。すると何やら、シャツの下には胸のあたりで膨らみ。それも右と左で二つの膨らみ。しかも結構大きい。
これはもしや、パイオツではなかろうか。
「マジか……」
それとなく股間をタッチしてみると、空振り三振。
竿と玉が共にどこへとも消えていた。
「…………」
女体化、女体化である。
チヤホヤと言えば女、女と言えばチヤホヤ。見知らぬ人からチヤホヤされるなら、男より女の方が遥かに有利である。男はよほど顔立ちが優れていない限り、あるいは経済的に恵まれていない限り、無条件で周囲からチヤホヤされることはあり得ない。
なるほど、素晴らしいチョイスですよ神様。
しかしながら、それにしては腹の出っ張りが気になる。
向こう見ずな飲食でまるまると膨らんだお腹のぽっこり。それが依然として胸の膨らみの下に確認できる。それとなく手の平で撫でてみると、ここ数年で慣れ親しんだ感触が返ってきた。
おかげで不安になった。
原因は消え際に聞いた神様の言葉。
中途半端で悪いが。
「…………」
そう言えばと思い返して、ズボンのポケットに手を突っ込む。するとそこには、家を出る直前に放り入れた端末の感触が。これを手早く取り出したところで、画面を操作してカメラアプリを起動する。
撮影元をメインカメラからフロントカメラに切り替える。
すると画面に映し出されたのは、どことなく元来の面影を残した、アラサーほどと思しきオバちゃんだった。こちらへ訪れる以前の自分に対して、女性ホルモンでもドバドバ打ったような外見である。正直、可愛らしさの欠片も感じない。
おかげで絶望だ。
試しに一枚ばかり撮影してみたが、結果は変わらず。
「……神様、マジ勘弁なんだけど」
画面に映し出されたのは、ピースして頑張っているオバちゃん。
年齢的にかなりキツい絵面だ。
いくら何でも中途半端過ぎるでしょ。
こんな見た目でどうやって信仰を集めろっていうのだろう。腹の出たアラサーのオバちゃんとか、どこに需要があるというのだろう。それともこちらの世界は、我らが地球以上に、熟女ブームが真っ盛りだったりするのか。
それでも唯一、喜ばしいことがあったとすれば、将来に不安を覚えていた頭髪が伸びて、確かな茂りを感じさせている点か。ただ、元がかなりのくせっ毛であった為、ベリーショートのパーマ風。オバちゃん具合に拍車が掛かる。
当面のフサフサを喜ぶべきか、中途半端な性転換を悲しむべきか。
ちょっと高くなった声色が違和感も甚だしいぞ。
「…………」
いや、今はそれよりも考えるべきことがあるだろう。
差し当たり本日の晩ご飯と、当面の住処をどうにかしなければ。
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