チヤホヤされたい俺、異世界で新興宗教の教祖様に就任のお知らせ
ぶんころり
プロローグ
チヤホヤされたい。俺はチヤホヤされたい。
ネットに画像をアップしたら、一晩で幾万といいねが付いて欲しい。路上で案内板を眺めて困った顔をしたら、老若男女から親切な声を掛けられたい。クラブやバーに入店したら、すぐに異性からナンパされたい。
そう、こんなにもチヤホヤされたい。
それなのに世の中は俺のことをチヤホヤしてくれない。
くっそう。
どうして誰もチヤホヤしてくれないんだ。
こうまでもチヤホヤされたいのに。
「…………」
謹賀新年、年が明けて間もない本日、近所へ神社に初詣にやってきた。
理由は今まさに願って止まない思いを、いるのかどうかも定かでない神様に申し上げるためである。賽銭箱に千円札を放り込んで、パンパンと威勢良く手を叩く。どうか世界の皆がチヤホヤしてくれますようにと、再三に渡って拝む。
境内には他に人の姿も見受けられない。
理由は同所が酷く寂れた、とてもこじんまりとした神社であるからだ。昨今、社寺の経営も人気商売である。家の近所だからと、ご町内の人々が集まる時代は終わった。広くて綺麗な施設ほど人が集まり、そうでない施設には誰も見向きをしない。
自動車を利用して、わざわざ遠くまで足を運ぶご家庭も多いという。
こんな小さくて汚いお社様でも、ネットで検索したところ意外と歴史は古くて、二、三百年前からあるという。訪れて当初、ちょっと感動した。それでも群衆は第二次大戦後に復興された綺麗で新しい社を選ぶというのだから、世の中ままならないものだ。
「…………」
おかげで人見知りのボッチには具合がよろしい。書き入れ時の元旦でさえ、碌に人が通った様子も見られない同所は、人生に挫けた人間にとって、絶好の参拝スポットである。人並みに初詣に興じることができる。
「……なんかイライラしてきたな」
こんなオンボロな社の主人でさえも、自分という参拝客からチヤホヤされている。お賽銭箱に千円札を入れてもらっている。取り立てて何をしているという訳でもないのに、ただそこに在るというだけで、チヤホヤされている。
くそう。
そんなのチヤホヤの究極形態じゃないか。
こんなことならお賽銭なんて入れなければよかった。
急に損した気分だ。
「帰るか」
これ以上、見ず知らずの神様をチヤホヤして堪るものか。
チヤホヤされるのは大好きだが、チヤホヤするのは大嫌いだ。より具体的に言うと、一回のチヤホヤで五百円くらい損した気分になる。いいや、金額の問題じゃない。なんていうか、心が軋む。
職場の同僚は何気ない会話のシーンでも、如何にして自分の話を相手に聞いてもらうか、その一点に注力していた。上司などは辛いことがあるたびに部下を呑みに誘って、愚痴を吐いていた。武勇伝を語っていた。
世の中、誰もがチヤホヤされたくて生きている。
地位も、金も、権力も、筋肉も、化粧も、チヤホヤされる為に存在している。
人の生きる意味とは、きっとチヤホヤという四文字に集約される。
人生とはチヤホヤ。
他人からチヤホヤしてもらうことこそが、知的生命体にとって至上の悦楽。
だから自分も、チヤホヤされたい。この世で最もチヤホヤされたい。
金銭など、その具合を示す指標に過ぎない。
「…………」
段々と身体も冷えてきたし、そろそろ家に帰ろう。
神頼みを終えて踵を返す。
すると、その直後の出来事である。
『なんて心の狭い人間だろうな』
なんか聞こえた。
後ろの方から。
賽銭箱の方から。
「っ!?」
まさか他に人がいたとは思わなくて、咄嗟に振り返る。
すると今の今まで拝んでいた社の正面に、人の姿があった。淡い臙脂色の着物を身にまとった、小学生も中学年ほどと思しき女の子である。顔に狐の仮面を付けており、表情は窺えない。その背面からは金色の髪の垂れる様子が見て取れた。
『しかしながら、その気持ちは分からないでもない』
「……ど、どこの子?」
『この社の神様だ』
「え、マジ? マジですか?」
『マジ、マジマジ』
「しょ、証拠を見せようよ、証拠を」
『構わないぞ』
咄嗟、子供っぽい台詞を口走ってしまった自身の面前で、女の子が空中に浮かび上がった。ふわりと数十センチほど地面から浮いて、ぷかぷかと空中に待機。更にはもぞもぞと胡座など組んで見せる摩訶不思議。
「……マジか」
『オマエ、素直だな。話が早くて助かるけど』
「う、うるさいなっ」
くそう、なんだか場の流れで相手をチヤホヤしてしまっている気がする。それがまた腹立たしい。予期せず驚いた姿を小馬鹿にされた以上に、相手の行いに対してコメントしてしまった事実がマイナス五百円だ。
賽銭箱に投入した千円札と併せて、今日だけで千五百円の出費である。
『オマエの願い、叶えてやってもいいぞ?』
「え……」
『どうだ? 私と一緒に大勢からチヤホヤされに行かないか?』
まさかのお誘い。
考慮の余地などなかった。
だってチヤホヤ。
チヤホヤされたい。
誰でもいいから、死ぬまでチヤホヤして欲しい。
後追い自殺とか大歓迎。
一緒の墓に入ろうぜ。
「こんなボッチでも、チ、チヤホヤしてもらえるんですかねっ!?」
「問題ない」
「……本当ですか? 自分、来年で三十年モノの陰キャですよ?」
『安心しろ、大丈夫だから』
「お、おぉ……」
大丈夫と言ってもらえた事実が、なんだか無性に喜ばしい。心が暖かくなるの感じる。陰キャでもチヤホヤしてくれるなんて、そんな強烈な言葉を向けてくれた相手は初めてだ。おかげで否応なく期待してしまう。
「行くよ、行く行く! 是非ともお願いします」
『いい返事だ』
大きな声で答えると、相手の声色が少し穏やかになった。
しかし、行くといってもドコに行くのだろう。
大勢の人間からチヤホヤとなると、やっぱり何かしらイベントとかだろうか。彼女とコンビを組んでマジックショーとか、なるほど、そういうのならアリかも知れない。ついでにお金も稼げて一石二鳥だ。
一度でいいからステージの上に立って、チヤホヤされてみたかったんだ。生まれ変わったら歌手とかアイドルとか、そういう職業に就いてみたいと常日頃から考えている。自分の何気ない一言で、他人の人生を左右してみたいと切に願っていた。
『では、ゆくぞ』
「どんとこい」
彼女の言葉に頷くと同時、足元に何かがブォンと浮かび上がった。
魔法陣っぽい。
っていうか、魔法陣だ。
どうしてこんなところに魔法陣とか浮かび上がっているの。
「あの、なんか眩しいのが足元に……」
『コケるでないぞ?』
「あ……」
次の瞬間、視界が真っ暗になった。
更に浮遊感。
めっちゃコケそうになった。
段差があると思って一歩を踏み出したら、実はなかった時のような感じ。しかもそれが、両足に対して一度に来たから、マジ焦った。つまり落下系。事前に注意を受けていなかったら、まず間違いなく膝がガクってなっていた。
そして、再び周囲の光景が戻った時、正面に社は失われていた。
今の今まで立っていた境内とは一変して、四方を囲うのは背の高い樹木。それもグリム童話に出てくるような森の中って感じ。その只中に少しばかり拓けた空間がある。中央には朽ち果てた遺跡のようなモノが建てられている。
中央には石像。我々が立っているのは、その脇の辺りだ。
なんというかこう、勇者様にしか抜けない聖剣とか刺さってそうな場所。
こうして突っ立っているだけで、自ずと神聖味のようなもの感じてしまう。
あと、空気がうまい。
「……ここ、どこ?」
『私の生まれ故郷だ』
「…………」
そういうことを聞いたんじゃないんだよ。
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