第22話 本当の気持ち
「何か、ありましたか…?」
俺がおどおどしながら聞くと、彼女は一度唾を飲んだ後、
「もう、私の彼氏じゃなくていいです」
と真っ直ぐな目を向けて言った。俺が言葉を失っていると彼女は話を続けた。
「案外わかるんです。自分が死ぬ時って。あ~もうすぐ死ぬんだな~って。だからもうこの関係を終わりましょ」
「どうして…」
俺は消え入りそうな声で言った。
「私、ずっと嘘ついてました」
彼女の目が少し潤んだ。
「嘘、ですか…?」
「実は私、この病院で出会う前から陽介さんのこと知ってたんです」
俺は記憶を呼び起こそうとしたけど、広崎さんのことは覚えていなかった。
「覚えていないと思いますけど。一度、佐竹家と広崎家で野球観戦をしに行ったことがあったんです。確か6年前くらいだったかな」
俺は思い出せず眉間にしわを寄せた。
「無理に思い出そうとしなくていいですよ。その試合の時ファールボールが私のところに飛んできて。もうだめだ! 当たる! って思った時に陽介さんが体張って守ってくれたんです」
自分がファールボールに体当たりして手首を大怪我したことは覚えている。その怪我が原因で今になってもたまに手首が痛むことだってある。怪我した瞬間のことを鮮明に覚えているのに、なんで当たったかは綺麗に記憶から抜け落ちていた。
「守ってくれたことがすごい嬉しくて、かっこよくて。それ以降お兄ちゃんの野球の試合は絶対観に行くようになりました。いつも見ていたのはお兄ちゃんじゃなくて陽介さんですけど」
俺はただ頷いた。過去の話とはいえ、広崎さんが俺のことを見てくれていたんだと聞いて、少し嬉しかった。
「私、陽介さんのファンなんです。かっこいいなって大好きだなって思ってたんです。ずっと」
彼女の素直な気持ち。受け止めようとすると顔が熱くなるのがわかる。
「病院で大好きな人に偶然会って、何でもするなって言われちゃったから。彼氏になって欲しいなんてわがまま言っちゃったんです。でももう充分です。もう充分楽しみました。だから、もう私と、」
「ちょっと待ってください、俺はまだ満足できていません」
「え…?」
「確かに最初は広崎さんのわがままに付き合っているだけでした。そもそも付き合う、とかよく分かりませんでした。だけど、広崎さんと関わっていくうちに、一生守りたいって、そばでずっと笑ってるとこ見ていたいって思うようになって」
「でも…」
彼女が何か言いかけたけど、俺の気持ちが止まることはなかった。
「だから、俺、これからもずっと、死んでもずっと、来世でもずっと、広崎さんの彼氏でいていいですか?」
そう言うと彼女は顔を抑えた。涙が手を伝っていた。俺は思わず彼女を抱きしめた。何も言わずにただ抱きしめた。繊細な彼女を俺の腕でそっと包み込んだ。
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