第18話 全力で生きて
「なんのことですか?」
「自分でやったんですよね」
彼女は俯いたまま何も言わなかった。
「ごめんなさい、聞いちゃいけなかったのかもだけど、何でか気になって」
俺は何とか彼女から理由を聞き出したかった。このまま放っておいたらまた同じことをしかねないと思ったから。
「いつもすごい元気だったから、突然のことでびっくりして」
すると彼女はこんな俺に呆れたのか口を開いた。
「ご心配をおかけしたことはすいませんでした。あの日陽介さんが見舞いに来たことは想定外だったんです」
「想定外、というのは…?」
「本当はあの日の前日に陽介さんが来るはずだったけど、急遽日にちが変わったじゃないですか。あの日は父の命日だったから前々から自殺を考えていたし、日曜日の昼間の時間帯は看護師さんも先生も他の棟で巡回しているんです。だから死にやすいかな、と」
「だけど、俺が来てしまったと…」
「そうです。だから絶好のタイミング逃しちゃって。不幸にも生きているわけです」
彼女はまるでドジなことでもしたかのように笑った。その笑みは俺には到底理解できるものではなかった。
「どうして死ぬなんて、そんな考えに…?」
彼女はまた俯いてしばらく黙り込んでから再び口を開いた。
「もう長くないって、そう言われちゃって…どうせ死ぬなら治療する分だけお母さんにもお兄ちゃんにも迷惑だから…」
「そんなこと…」
「そんなことあるんです。お父さんが死んでからお母さんが働くようになって。でも私が病気になってから、お母さんが私の面倒まで見るようになって、一度過労で死にかけたんです。だから、お兄ちゃんはせっかく野球で強豪校にスカウトされたのに行くの諦めて、私の面倒を見たり、家事したりバイトしたりしてくれてて。もし私が死ねば、お兄ちゃんもお母さんももっと自由になれるから…無理してほしくなくて…」
彼女は言葉を重ねるほど、声が震え言葉の末尾が消え入るようになっていた。俺は何も言えなかった。ただ頬を涙が伝うだけであった。
「陽介さんはどうして泣いてるんですか?」
「俺、人が死ぬことが苦手なんです。俺ほんとは3つ下に妹がいたんですけど、交通事故で死んじゃって…俺が8つの時なんで妹はまだ5歳で…公園から帰る途中、妹が大通りに飛び出したのに俺守ってやれなくて…話しかけても反応しなくて段々冷たくなっていく妹を前に俺何も出来なくて…」
彼女は俺の過去に動揺しているのか目を丸くしたまま涙を流していた。
「俺、今度こそは大切な人を守りたいんです。だから、勝手に死なないでください。俺もう広崎さん居なくなったらどうしたらいいか…それに叶汰だって悲しむと思います。嫌で面倒見ているなら、あいつの性格上こんな長続きしません。あいつは広崎さんのことが自分よりも大切なんです。毎日辛くても広崎さんの元気な姿見たら全部吹き飛ぶんです。だから広崎さんも叶汰の頑張りに答えるように、全力で生きてください」
俺の思いが届いたのか、彼女は声をあげて泣いていた。
しばらくして彼女の感情が落ち着いてくると、俺は席を立った。
「俺、今日はこれで帰ります」
「もう帰っちゃうんですか」
「ちょっと用事があるので」
俺はそんな小さな噓をついて病室を出た。病室の前には顔をぐしゃぐしゃにした叶汰が立っていた。
「ちゃんと話聞いてやれよ」
俺は叶汰の背中を叩いた。
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