第14話 彼女の秘密とボクの秘密
彼女が走り去っていく。
失敗という言葉が脳裏をよぎった。
彼女は銀の髪をしていて、左右の瞳の色が違っていた。
銀の髪も、左右異なる瞳の色も、庶民に備わってはならないものだ。
それらは神話の時代に、光と闇の女神様より王が賜った、聖なる力、聖王の証しだ。
ゆえに、王族は皆が銀の髪と左右異なる色の瞳を持つ。
だけれど、王族以外にも、まれに銀の髪や左右異なる色の瞳を持つ者が生まれる。
それを「身分違いの眼」「身分違いの髪」と呼ぶ。
聖王とは無関係なのに、紛らわしい姿をしている人という意味だ。
貴族であれば、生まれた直後に殺されるが、庶民はそうでない場合も多い。
もっともそれは、労働力欲しさに眼をつぶる……その程度の理由だ。
結局のところ、死ななかっただけ。非難される外見であることに変わりは無い。
まるで腫れ物を扱うように、汚らしい物をみるように、敬遠される。
他人からの視線は厳しくて、沢山の人の中にいても孤独に生きることになる。
それは腐臭漂う汚物まみれの服を着ているかのようなもので、町中で笑うだけでも胆力が必要になる。
髪と眼、どちらか一方だけでも扱いは酷い。
その両方を持っている彼女をとりまく状況は、想像を絶するものだろう。
そして「身分違いの髪」「身分違いの眼」を侮蔑的に表す言葉が、「道化髪」「道化眼」だ。
陰口を叩くときは、皆がそう言う。「道化髪」「道化眼」と。
それをボクは彼女に対して使用した。
「道化眼と、ボクは言ってしまった」
自分の失敗を口にした。
ボクの罪を、ボク自身に自覚させるために。
心臓がバクバクと鳴った。血の気が引く、なんだか髪の毛が大量に抜けたような感覚があった。
ほんのひととき、時間がまき戻るのなら、どんな責め苦でも負いたい……そんな気分になった。ぐるぐると後悔と失いかけたものの大きさに悩んだ。
「彼女に謝らないと」
ボクが、当たり前の答えにたどりついたのは、随分と時間がすぎての事だった。
いつの間にか日は落ちて、赤い光が採光窓から差し込んでいた。床に描かれた赤い四角が、夜の到来と、タイムリミットの到来を、訴えていた。
すぐに黒猫を使役して、監獄の中を探し回った。小柄な黒猫にとって監獄は大きすぎた。
そして本調子では無い黒猫には、監獄を探し回ることは荷が重かった。
「クリエは仕事をほっぽりだして……何処にもいやしねぇ」
愚痴る男を見つけたのが唯一の収穫だ。
そこでボクは、バテた黒猫を帰還させて、鳥で外を探すことにした。
それから鳥に手紙を持たせることを思いついた。
割れたツボの破片に、小石で字をひっかいて、謝罪の手紙を書いた。
必死だった。
「ボクも道化眼なんだ。右と左の瞳は色違い。他人に言われても平気なように、いつも自分は道化眼だと言い聞かせていた」
恥も外聞もかなぐり捨てて、思うままに書いた。
「だからクリエがボクと同じで嬉しくて、道化眼で、仲間だと思って……」
手紙の内容はきっと滅茶苦茶だ。それでも書く手が止まらず、自分の思いを叩きつけるように必死になって書いた。
破片にギッシリ書き記したとき、闇夜に月が浮いていた。
鳥は手紙をガシリと両足で掴み飛び立った。
月だけが明るい夜だった。
それは満月で、その光は夜を少しだけ優しくしていた。おかげでボクの操る鳥は、わずかではあるけれど周りを見て飛ぶことができた。
「いた」
彼女は監獄から出ていた。
深い森を切り裂くような街道。そこを彼女は歩いていた。
銀の髪が、月明かりで星のように輝いていた。鳥をすぐさま彼女の元へと飛ばす。
夜の道は危険だ。森に挟まれた街道は特に。
必死になって鳥を羽ばたかせ彼女へ近づく。それからグルンとまわりを一回りする。
「ジル様?」
彼女がフッと涙に濡れた顔をあげた。
鳥を操り、彼女の前にツボの破片……手紙を落とした。カタンと音をたてて手紙が落ちた。彼女の頭が少し下を向いて、手紙を見つめた様子が見えた。
「ボクも……道化眼……」
手紙に視線を落とした彼女が呟いた。
「髪が綺麗だったから……」
そして笑った。それから彼女は動かなくなった。手紙をジッと見つめて動かなくなった。
ボクは鳥を着地させた。動かない彼女はなんだか楽しそうで邪魔をしたくなかった。
だからボクは待つことにした。静かな森で、羽ばたく音も立てたくなかった。
「帰らないといけないですよねっ」
びっくりするほど明るい声で彼女が言った。
監獄と満月を背に、銀の髪をきらめかせて笑う彼女は綺麗だった。
鳥の目が悔しい。せっかくの光景がかすんでみえる。
首をのばして彼女を見ようとゆっくり歩み寄る。
それから彼女はしゃがみ込み、ボクの操る鳥へと両手を伸ばし、そっと持ち上げた。
「思ったより暖かいですね、鳥」
彼女は鳥を優しく抱きしめて、軽い足取りで監獄へ向かって歩く。
「髪も洗わないと、やる事がいっぱい……それから」
歩きながら沢山のことを彼女は話してくれた。
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