第13話 猫の眼
「これをジル様が作られたのですか!」
分厚い鉄扉の向こうで、クリエが感嘆した。
獄中でつくった料理をお裾分けしたのだ。
それは、固いパンを薄くスライスしてジャムをたっぷりのせたもの。
パンを薄くスライスしてみると、食感がまるでクッキーだったので作ってみた。
「ボクも一口」
サクリといい音がした。オレンジに似た甘さと香りがとてもがいい。適当に作ってみたジャムだけれど、予想外においしくできた。
「この鉄扉の先がどうなっているのか……不思議です」
クリエが弾んだ声をあげる。
これほど喜んでもらえるとは思わなかった。苦労して作った甲斐があったというものだ。
パンを薄くスライスするのは大変だった。パンをスライスするために、木の枝と紐で糸鋸を作ったのだが、微調整が大変だったのだ。しかし、それだけの価値はあった。
美味しいし、クリエも喜んでいる。
それから適当につくったお茶を飲む。天日で乾燥した葉っぱを、お湯で投げ込んだものだ。原始的なお茶だけれど結構美味しい。自分で作ったから、愛着という補正もあるだろう。
せっかくだから、お茶もクリエに飲んでもらいたい。
「お茶です。コップがあれば良かったのですが……」
だからお茶を入れた壺を差し出した。
お茶を飲むのにこのツボは大きすぎる。うすうす気がついていたけれど、差し出した後で余計にそう思った。
「申し訳ありません。焼き物のコップはもってないのです」
「焼き物でなくてもいいですよ。木でも……」
「全部が木で作られたコップは無いのです。どれも、何処かに金属が使われています。独房に金属を持ち込むと、扉が火を噴きます」
独房の出入り口を閉じる鉄扉。
その扉の下部に設けられた小さな鉄扉を開いて、そこでパンや水の入ったツボのやりとりをしている。
何気なく繰り返した行為。だけれど、その扉に金属を拒否する仕組みが設けてあったと思わなかった。
いろいろと工夫されているなと、変なところで感心する。
「他にもダメな物があるのですか?」
「刃物、魔法の道具もダメだと聞いています。もちこむと扉が火を噴いて、独房の全てを焼き尽くすとか」
そんなこと聞くと、今まさに背もたれとして利用している鉄扉が怖くなる。
いまさらだけど。
だけど良い情報だ。気を付けよう。それから採光窓側から刃物を入れていいのかを確認する必要がある。
とは言っても、その検証は先の話だ。
今は別にやることがある。
「それから、新しい住人を紹介しますね」
そう宣言して、黒猫を入り口そばに置いた。
元気をとりもどし、毛並みもつやつやになった黒猫は「いっておいで」と小声で伝えると、向こう側へと進んだ。
彼女は「わっ」と声をあげ黒猫を抱え上げる。
「かわいい」
そして、楽しげに呟く。
元気になるまで静かに世話をして正解だ。最初のみすぼらしい猫だとこんなリアクションにならなかっただろう。
それから、ボクは片目を閉じて、猫の目ごしに彼女の姿を見ることにした。
そういえば師匠が言っていた。
猫の目というのはとても大きいと。その体躯に比べて大きな瞳で世界を見ると。
確かにそれは間違っていない。猫の目と同調してみる景色は、光に満ちている。
彼女は予想どおり綺麗な女の子だった。
声のとおり小柄で、細身の身体。それから肩まで伸ばした銀の髪。前髪もやや長め。猫を抱え上げる白い手はほっそりとしている。
やわらかい彼女の笑顔に、おもわずニヤけた。
「にゃぁ」
そんなとき、猫が小さく鳴いた。彼女の目と猫の目が合った。
彼女の瞳がすぐ間近にあった。
左は赤。右は青。左右の色が異なる瞳。それはとても綺麗だった。
そして、それは……。
「道化眼」
ボクはおもわず呟いた。いや……呟くにしては大きな声だった。
嬉しさに驚いたボクは、おもわず声を大きくしていた。
「え?」
彼女の様子が一変した。
困惑のまま口を開いた彼女は、猫の瞳を凝視していた。
「猫、猫の目? それで、私を見ていて」
悲鳴のような声で彼女は呟く。
それから猫から手を離した。猫は何事もなかったように地面に着地し「にゃ」と首を傾げて彼女をみる。
一方の彼女は両手で髪を押さえて静かに立ち上がる。両手を思い切り広げて、少しでも自分の髪を隠すようにしていた。その目には恐怖があって、口は小さくパクパクと開いたり閉じたりしていた。
しまった。
瞬間、ボクは自分の失敗に気がついて、後悔する。
「いや、ちが……」
ボクは弁明をしようと声をあげるが、それは無駄だった。
目に涙をいっぱいにためて、彼女は後ずさりすると、走り去った。
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