第12話 実験は大事

 スライムもどきを支配下においた。

 余裕ができたボクは、いつものように鉄扉に背中をあずけ座り込む。

 それからクリエに「監獄で魔物を見ることってよくありますか?」と質問を投げた。


「いえ、あまり聞きません」


 いつものように、鉄扉ごしに彼女は答えてくれた。


「多少はあると?」

「空を飛ぶ魔物が迷い込んで降り立つことがあります」

「では。例えばスライムのようなものは?」

「そういった話は聞いたことがありません。でも、ジル様は戦ったわけですよね?」


 クリエが心配そうに、恐る恐る聞いてくる。


「いえいえ。楽勝でしたよ。ご心配無く」


 彼女に不安をかけたくないと、努めて陽気に答えた。まるでおいしいお肉でも食べた後のように、弾んだ声で。

 でも、同時にどうしても気になる事があった。


「ところでクリエさん……この監獄で、急に元気が無くなる人はいませんか?」


 それは、この魔法生物に襲われた人。

 ボクだけが狙いなのか、そうでないのかをはっきりさせたい。


「それは……、確かにおります。ジル様のように独房で過ごす方は、10日前後で、急に静かになります……」


 狙いは独房の囚人だったようだ。

 囚人を黙らせるために、この魔法生物を利用している……。

 それだと辻褄が……ある程度は合う。

 魔法生物はかなり古い時代のもので、ウエルバ監獄よりも前から存在することになるが、再利用したと考えればいい。


「そうでしたか」

「私はジル様も、静かにならないか不安でございます」

「それは大丈夫。対処済みです」


 本当は、どの囚人も大丈夫だと言いたいけれど、その自信は無い。

 魔法生物が一体だけかという不安がある。


「対処済み! さすがジル様です」


 いつもより控えめだけれど、嬉しそうな声で彼女はいった。


「そういえば昨日の夜、私が扉を叩いた音って聞こえましたか?」


 もう一つ疑問ができた。ボクが扉の音は響いたかどうかだ。


「いいえ、聞こえませんでした。でもしょうが無いですよね。私が寝ているのはここから離れた場所にある倉庫ですもの」


 彼女は倉庫で寝ているのか。

 食べ物といい、待遇が悪い。

 それは別として、離れた場所にいたから、ボクが扉を叩いた音は聞こえなかったと、彼女は判断したようだ。

 この独房と彼女が寝ている場所までの距離は知らないが、その判断を下せるだけの距離はあるのだろう。

 だけどボクは別の理由を考えた。


「少しだけ実験に付き合っていただけませんか?」


 だから、そう話を切り出した。

 そして簡単な実験を手伝ってもらった。

 鉄扉を叩き、音が聞こえるかどうか。距離をゆっくり離していって、限界を知る実験だ。


「聞こえません」

「そうですか。だいたい分かりました。協力してくれてありがとうございます」

「いえ。なんだかジル様と遊んでいるようで楽しかったです」


 クリエが楽しそうで、ボクも楽しい。ともかく実験の結果は予想通りだった。

 ほんの3歩、扉から離れると音が聞こえなくなった。

 つまり何らかの仕組みで、独房の音は遠くまで聞こえないということだ。


 その結果から、ボクが襲われたのは、偶然ではなくて必然だと結論づけた。

 監獄に備え付けられたある種の拷問装置というわけだ。


「ごめんなさい、ジル様。ずっとお話していたいですが、そろそろ行かないと」

「今日はありがとう。クリエさん」


 こうしてボクが魔法生物を手懐けた日、彼女は去って行った。

 その後も、特に独房への襲撃はなく、のんびりとした日が続く。

 再度の襲撃についての防衛対策も進めている。

 光る魔法の小石というものを作ったので、前回のように暗闇の中で戦う事はなくなった。

 あとは武器も欲しい。

 平和な日々、彼女との会話も続いている。

 今日の話題は、世の中についてだ。


「飢饉もあったそうです。食べられない人が……山賊になって、捕まって、連れてこられたと聞きました。税も重いという噂です」


 クリエから見える世界は荒れていた。

 平和だと思っていたボクにはショッキングな内容だ。

 ずっと賢者の塔にこもっているボクとは違う世の中を彼女は見ているらしい。

 そして、きっと、彼女の意見の方が正しい。

 とはいっても、ほとんどの話題は楽しい事ばかりだ。

 そして「また明日」と彼女が去っていく。


「にゃー」


 独房の新しい住人が小さく鳴いた。

 それはちょうど彼女が去ったタイミングだったので、ホッとする。

 新しい住人とは、猫。

 その体はやや小ぶりで全身が真っ黒。黄色い瞳をしたその猫はボクを見つめている。

 この猫は、ボクが昨日独房に招いた。

 鳥を操っていたとき、街道沿いに横たわっている姿を発見したのだ。

 近づいても猫は動かなかった。

 せっかくなので、鳥を使って、独房へと連れてきた。

 どうやらお腹を空かせていただけだったらしい。ふやかしたパンを与えると少しだけ元気になった。

 やせ細っていて、毛並みも荒れている。うろつかせるにはもう少し時間がかかりそうだ。

 この猫は、元気になってからクリエに紹介するつもりだ。

 それまでは秘密。


「にゃぁ」


 小さく鳴いた黒猫を撫でて、早く元気になれよとエールを送った。

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