第11話 オーバーライド

「こなくそ!」


 すっかり日が昇った独房で、ミニチュアサイズの槍を手に、目の前のスライムもどきと戦っていた。

 夜が明けて、思いもかけず、ボクの戦闘はある意味続いているわけだ。

 理由はシンプル。完全に倒すことが出来なかった。

 そして倒せなかった理由こそが、敵の正体を教えてくれた。

 結局のところ、スライムに似た敵の正体は魔法生物だった。

 生物に似せた魔法の道具だ。

 こいつの厄介なところは、生き物の心臓にあたるコアが生きている限り死なないという点だ。


 特に昨日の敵は、コアがあれば粘液状の身体を再生できるらしい。

 サイズは十分小さくなって、ボクの頭くらいの大きさにはなったが、死んではいない。

 だからコアをツボに閉じ込めて、できた時間で対処することにした。

 特殊な武器をあり合わせでつくって、ちょうどこれから実戦というわけだ。

 ちなみに特殊な武器というのは手に持ったミニチュアサイズの槍。


『カンカン』


 鉄扉がノックされた。

 気がつけば、お昼時らしい。クリエがやってきた。

 さきほどツボから魔法生物を出したばかり。タイミングは悪いが仕方無い。

 悪いのはボクだ。


「はいはいー。すみませんクリエさん、ちょっと手が込んでいて、扉の側にいられないので……声が聞こえづらいかもしれません」


 悪戦苦闘しながら彼女に声をかける。敵はサイズが小さくなったぶん、素早くなった。しかも小さくジャンプまでする。そのせいで、めんどくささが倍増だ。


「お忙しいのですか?」

「いや、まぁ、それほどでは……」


 彼女との会話を楽しみにしているボクは、戦いながら話をするつもりだ。

 だから、できるだけ平静を装って言葉を続ける。


「ちょっとばかり戦いながら話をするだけです」


 ボクの言葉に、クリエが「戦い?」と素っ頓狂な声をあげた。

 そりゃ、驚くか。別の言い方をすれば良かった。


「いや、だいたいは昨日の夜に終わったのですが、えっと魔法生物と……悪戦苦闘中です。スライム状の魔物ですが、ご存じですか?」

「スライム……ですか? 申し訳ありません。物を知らなくて」

「いえいえ。えっと、スライムは液体状の魔物です。泥のように、ドロドロしていて、でも泥とは違って砂っぽくない魔物です」

「泥っぽいけれど砂では無い。煮詰めすぎたスープのような?」

「そうそう、そんな感じ。煮詰めたスープは薄めたりできるし、パンに塗ってもいいですね」


 あの固いパンでも、工夫……いいことを思いついた。

 後で試すことにしよう。


「ふふ。パンにですか? 美味しそうです」

「スープを作りたいのですが、塩が無くて……」

「塩なら用意できますよ。近くの鉱山で採れるものをわけていただけるのです。それに囚人に渡してもいいと言われております」


 やった。塩があれば、料理の幅が広がる。


「他の調味料はどうでしょう? 砂糖とか? 胡椒とか?」

「申し訳ありません。塩以外は……」


 しょうがない。念の為聞いただけだ。

 流石に無いよね。ボクも師匠への献上品の残りでやりくりしていたわけだし……。

 あれも賢者の塔に残したままだな。回収出来ないかな。


「っと!」


 話をしている最中にも、魔法生物はちょこまかと逃げる。

 逃がすわけにいかない。奴のコアめがけて、お手製の小さな槍をぶっささなければならないのだ。

 簡単にいけるだろうと思っていたが、奴のぬめった身体は、小さな槍の矛先を上手い具合に滑らせてしまう。

 刺さなければ次の段階に進めない。


「お気になさらずに……って、あ!」

「ジル様?」


 ヤツが粘液状の身体を大きく震わせて飛び上がった。


『ガシャン』


 そして、ヤツの着地した先にあったツボが割れてしまう。


「あー!」

「大丈夫でございますか?」

「問題無しです。作りかけの薬がダメになっただけです。作り直せます!」


 言いながらコアを蹴り飛ばす。

 瞬間、スッと力が抜けた。


「靴越しでもダメか」

「え?」

「いえいえ、何でも無いです」


 悲鳴をあげたクリエに明るく答える。だけれど、少しだけしんどい。

 この魔法生物は、生気を喰らうのだ。少し触れただけでコレだ。

 昨日の巨体であれば、多分、会話すらおっくうになっていただろう。

 とはいっても、効果はあった。

 ヤツは蹴られたショックで動かない。


「今だ!」


 ボクは叫び声をあげて、ヤツのコアへお手製の槍を突き刺す。

 槍といっても小さなもの。


「そう、鉛筆サイズ」


 ボクは前世の記憶で同じサイズの木の棒を知っている。

 鉛筆サイズの槍だ。槍の先は石。石を布団代わりの布から取り出した糸で棒に縛っている。

 それがコアに突き刺さる。


「大丈夫ですか?」


 クリエが心配を隠さない声をあげた。震えた彼女の声に、少し罪悪感が芽生える。


「えぇ、大成功です。戦いは終わりました」


 言いながら、槍を通じてコアに思いっきり魔力を流した。

 古い時代の魔法生物は、コアに対して特殊な文様を刻んだ槍を通じて魔力を流すことで、そのコントロール権を乗っ取れるのだ。仕組みとしては、支配権の上書き。

 それは成功して、無事、このスライムもどきを支配できた。

 これで魔法生物はボクの意志で自由に動かせる。左……右……問題無い。

 想い通りとはいかないけれど、これは慣れの問題。

 少し練習すれば大丈夫。


「オーバーライド法でしたっけ? 師匠」


 ひと仕事を終えたボクは、記憶の中の師匠に、語りかけた。

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