第7話 甘い良薬

 投獄されてから10日が過ぎた。

 服従魔法をかけた鳥は、魔法が解けたあとも独房にいる。

 どうやらパンくずがもらえることに味をしめたようだ。

 いや違う。言い方が悪い。

 そう、なついてくれた。ボクの優しさを感じてくれた……ということにしておこう。


「ボクの事が大好きなんだよな?」


 採光窓の端にとまってこちらを見下ろす鳥に問う。

 鳥は「カァ」と間の抜けた声で答えて、それからボクの側に飛んできた。


「パンは無いよ」


 餌でもねだっているのかと語りかけるが、特に気にしていないようで、そのまま動かない。

 鳥の中には頭の良い種類も多い。色が黒ならカラスと見まごう鳥を眺めて、その知性を測る。


「まぁ、どうでもいいか」


 この鳥のおかげで周囲の観察は一気に進んだ。

 空から見るとウエルバ監獄は六角形をした監獄だ。つまり6角形をした壁に囲まれている。

 外周には六つの物見塔があって、常駐の兵士があたりを警戒している。


 さらにグルリと監獄を取り囲む壁のてっぺんにはバリスタが設置してあった。

 その半分が外を、残りが内部へと照準を向けている。外だけではなく内にも警戒の目を向けるのは監獄ならではといったところ。


 そして外壁の内側に、もう一つ六角形にグルリと囲む壁がある。さらに中央から放射線状に伸びる壁。つまり壁によって12の区画に内側は分割されている。

 城のように頑強な作りだ。

 いや、違う。外見にこだわらず実務に特化した作りは、城よりも機能的だ。


 そんな監獄には、には数多くの囚人がいる。

 男女それぞれが別れて収容されている。男性の方がやや多い印象だ。


 独房にいる人間も、ボクの他に複数。

 彼らは皆ボクと同じように1日一食の食事だけを与えられ放置されている。

 確認できた範囲で独房の中に看守が踏み入る状況はなかった。


 ちなみに数ある独房の中で、中央塔の地下にいるボクの待遇が1番悪い。

 窓越しに中をのぞき見ているので、違う可能性はあるけれど、間違ってはいないだろう。

 待遇が良い人間は独房でもモノの良いベッドと服を用意されていた。

 しかも食事と同じタイミングで服の交換あり。


 それから独房に入っていない人間……こちらの方が大多数なのだが、彼らは日中そのほとんどが労働に勤しんでいた。

 半分以上が畑仕事。残りは近くの鉱山で採掘労働。


 そして周囲の植生も調べた。

 この監獄を囲むように森が広がっている。


 それは来るときにわかっていたことだけれども、何が生えているのかまでは不明だった。

 それが今回の調査で初めてわかった。

 食べられる木の実を見つけることができた。さらに、葉っぱなどにも魔法の道具を作る材料として適したものがあった。

 まあまあいい感じ。実りのいい森だ。


 それから池を見つけた。魚も泳いでいた。

 この鳥を操って、魚を獲れないかとチャレンジしてみたがそれは無理だった。

 練習すればいけそうな感じなので、諦めずに次も池へと突撃するつもりだ。


 さて今日は何をしようかと思っていたら、いつもと同じようにカンカンと鉄扉が叩かれた。


「ご飯がやってきた」


 ちょっとだけ待ち遠しかった食事の差し入れ時間。

 鳥を操ることで、森から木の実や果物を収穫することによりメニューが増えた。

 今日は汁気の多い果物を少し残してある。

 パンに裂け目を入れて、その中に果物を挟み込むことで味と水分をパンに加えるつもりだ。

 獄中パンの自作アレンジというやつだ。


 ここに来てから繰り返される光景が今日もある。

 扉の向こうの彼女は「お食事です」とツボとパンを差し入れた。


 僕は昨日受け取ったツボを返す。

 だけど今日のツボにはちょっとしたメモを記した。


 きっかけは5日前のこと。

 彼女にした質問がはじまりだった。

 ここに来てから気になっていた彼女の咳について聞いてみたのだ。

 咳はじわじわとひどくなっていると彼女は答えた。


「でも……きっと大丈夫です」


 最後に、絞り出すように彼女は付け加える。

 でもボクには、鉄扉の向こう側にいる彼女の作り笑顔をしている様子が見えるようだった。

 だから何とかしたいと思って、続けて質問する。

 他の症状は無いのかなどなど。

 その結果、何の病気であるのかを推測できた。


 こういう時、師匠が授けてくれた数多くの知識が役に立つ。

 信じられないことに、彼女は治療を受けていないといった。


 この監獄はそれなりの規模だ。

 治癒魔法が使える神官や聖騎士がいないとは思えない。

 その推察通り、彼女はこの監獄にも神官が常駐していると答えた。

 にもかかわらず治療を受けることができていない。

 彼女は自分が下働きの人間であることを理由にあげた。

 身分が低いから人扱いされないという結論だ。

 真実はわからない。そうかもしれない。

 ボクは少しだけ心に引っかかるものがありながらも、その言葉に納得する。


 とはいっても彼女を放置しない。

 だから壺にメモを書いた。

 鳥に拾わせた石で、陶器の壺に引っ掻いてメモを書いた。

 それは彼女の体調を整える薬。

 ちょっとしたアドバイスだ。残念ながら、この簡素な薬では完治はできない。

 だが時間稼ぎができる。

 後は稼いだ時間の中で、完治できる薬を作り上げたい。

 体力の回復による自然治癒……その可能性もある。

 今のボクにできる事はそのくらいだ。


「ツボにメモを書きました」


 昨日うけとったツボを返しつつ言う。


「メモでございますか?」

「咳止めの薬です。材料はメモを見ていただければ大体わかるかと思います。材料はこの辺りに生えている草木と、どこにでもあるものです。作り方も簡単です。それを飲めば咳は治るでしょう。甘い良薬です」


 ボクの言葉のあと、しばらくの沈黙があった。

 ややあって、彼女はいつもよりも大きな声で「そんなことがおできになるのですか」と言った。


「えぇ。大丈夫だと思いますが、結果は教えてください」


 万が一失敗したときのことを考えて、結果を知りたいと付け加える。

 ダメなら次の策を考える必要があるからだ。

 ちょっとしたやりとりのあと、いつもよりも軽い足音を伴って彼女は去った。

 結果が早く知りたいと思った。

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