第6話 俯瞰し、地形を知る
パンくずで空を飛ぶ鳥を誘って、魔法で操り周囲を調べる。
それがボクの思いつき。
そうと決まればすぐ行動。
今までのボクとは違う。今日から本気を出すのだ。
やることがあっても、なかなか行動しなかった過去のボクよ……さようなら。
ということで、すぐ行動に入る。
まずはパンを少しだけちぎることにしたのだが……固すぎるパンに悪戦苦闘。
「なんで少しだけちぎるだけでこんな目に」
ぐちぐち言いながら格闘はしばらく続いた。
そして何とかパンくずを数個作り出すことができた。
それは親指の爪ほどの大きさで、石のように硬いパンの中でも中心に近い柔らかい部分だ。
部屋にある唯一の窓の端に、パンくずをおいていく。
これで準備は完了。
離れた場所でパンくずをジッと見つめる。
鳥がパンくずを取りに来たら魔法を使う。
服従の魔法だ。
鳥を服従させて、それから同調の魔法を使う。
この2つの魔法を併用することで、ボクは鳥を操り、そのうえ鳥の視界を共有することができる。
「鳥の目にて俯瞰し、地形を知る」
師匠がそう言って魔法を教えてくれた。
部屋でゴロゴロしながら空を舞う。そんな矛盾した行動ができる魔法のコンボにボクは熱中した。
あんまり部屋から出ずに魔法で遊ぶものだから、しょっちゅう師匠に怒られた。
それから外に連れ出された。
自分の体を使って遊べということだ。
その対策として部屋の扉に罠を仕掛けたこともある。
たしかあの時は、窓から師匠が乗り込んできたんだよな。なんだか懐かしい。
というわけで、服従と同調の二つの魔法はいつも装備している。
日課レベルで使っている魔法でもあるので失敗もしないはず。
賢者の塔とは違うのは、今回は遊びでは無い事。
魔法を憶え直す手段がないから回数に限りがあるということ。
魔法の回数制限という縛りがある以上、その限度の中で可能な限り周囲の状況を確認しなくてはならない。
ウエルバ監獄は周囲を森で囲まれている。
ということは、果物がみのる木を見つけられる可能性は多少ある。
こんなくそ硬いパンばかり食ってはいられない。
僕はデザートが欲しい。
それにしても固いパン……どうしてくれようか。
パンくずを見つめながら、残ったパンの食べ方を考える。
ふと、対処可能な魔法があった事に気がついた。
調味魔法だ。
味を少しだけ変えることができる魔法で、いつもは食べている途中で味を変えたい時に使っていた。
これのおかげで、定期的に賢者の塔へとやってくるメイド達に、大量にスープを作り置きしてもらっても平気だった。
毎日同じスープであっても飽きることがなく生活できたのだ。
あとは硬さ。
軟化の魔法はベッドのために取っておきたい。
「どうしたものか」
固いパンを齧って食べ切る自信は無い。
あごがつかれて途中でギブアップという未来は見えている。
水で思いっきりふやかすか……。
「うーん」
なんか他の方法が欲しい。想像するに、水でふやかしたパンはマズそうなのだ。
良さそうな魔法はないかな。
少しだけ目をつぶって軽く瞑想する。
トリガーは自分の呼吸を数えること。
ちょっとした歌にのせてゆっくりと呼吸を数える。
すると自分の心は瞑想の世界へと誘われ、魔法陣を記した自分の精神世界キャンバスへと意識は移動する。
身体が移動するわけではないが景色が変わるのは悪くはない。
さてそうやってたどり着いたキャンバス。
真っ白い空間にどこまでも続く白い壁にはいくつもの魔方陣が貼り付けられゆっくりと回転している。
他に何かパンを美味しく食べられる方法ないかな。
のんびりと白い壁に張り付いた魔法陣、つまりは自分が憶えている魔法を眺める。
『バサバサ』
遠くで鳥の羽ばたく音がした。
そうだった。
すぐさま瞑想を打ち切って、現実に意識を引き戻す。
予想通りボクが見たのは飛び立つ鳥の姿。
「やれやれ」
油断大敵、もう一度パンをむしり、パンくずを窓際に置く。
またすぐに鳥がきてくれることを期待したのだが全然来ない。
待てども待てどもやってこない。
しょうがないから筋トレをしながら待つことにした。
とりあえずの腕立て伏せ。汗だくになりながらの筋トレ中も、窓際から視線は動かさない。
失敗は二度とごめんだ。
そうこうしているうちに日は落ちる。
腕立て伏せが500回をこえた夕暮れ時に、ようやく鳥がバサバサとやってきた。
茶色い鳩にも似たその鳥は、パンくずをパクリと咥える。
「いまだ!」
つぶやくように魔法を唱えて、予定通り成功。
鳥に服従の魔法をかけることができた。
左手を開き「ここへ飛び乗れ」と念じる。
すると鳥はピョンと手のひらに飛び乗ってくれた。
なかなかお利口。
それに操りやすい。
鳥によっては、ひたすら抵抗するやつもいるのだ。
そこでようやく自分の食事。
残りのパンをガチガチとかじる。
今日のところは我慢する。ものは試しという言葉もある。
アドバイスにしたがって水でふやかしたパンを囓る。
ネトっとした食感のせいで美味しくない。
「他の食べ物が欲しいな……」
ぼんやりと星空が垣間見える採光窓をみやる。
鳥の目は夜に弱い。
調査は明日から始めよう。
それから使役する動物は、もっと欲しいな。
やる事がいっぱいだ。
ゼロから始める新生活も悪くはない。
ふわふわに柔らかくなった石のベッドにぴょんと寝転がって、石の天井を眺める。
「居心地もいいし」
服従させた鳥に部屋にいることだけを命じ、あとは自由にさせる。
出会ったばかりの茶色い鳥は、首を左右に振って、左右色違いのボクの瞳をジッと交互に見ていた。
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