第5話 食べられるだけありがたい
「はいはいー」
軽い気持ちで返事をしたあと、失敗したと思った。
無実の罪とはいえ、形式上はボクは罪人。そして、ここは監獄。外にいる人は怖い人かもしれない。
反省の気持ちが無い……なんて怒られたらどうしよう。
などと考えたが、先ほどの声音から、怖い人の可能性は薄いと気がついた。
「もし」
再び細い女性の声が聞こえた。
おそらく歳は若い。ボクと同じか、近い年だ。
その声音にホッとする。
控えめだけれど優しく綺麗な声。
怖い人ではないと声でわかる。
女性は「お食事です」と囁くように言葉を発し、独房にある扉の下に設けられたさらに小さな扉を開けた。
貴族の館にあるペット用の扉を思わせる仕組みだ。
そして、開いた扉の向こうからツボが押し込まれた。
茶色い焼き物のツボ、手のひらサイズの卵型だ。
その上にはパンがのせられている。
「これだけ?」
「左様です。食事は1日1度でございます」
1日一回?
え?
そういや、そう聞いたな。
実際に見るとキツイ。
パンは拳二つ分の大きで、黒ずみ楕円形をしている。
これだけでは足らない。
ためしにパンをつかんでみると思ったよりカチカチ。
「壷の中は水でございます」
ボクがパンを手に考えていると、外の女性はそう続ける。
つまり1日一食でメニューはパンと水。
しかもパンはカチカチで、これを食べても大丈夫なのかと不安になるレベル。
「このパン……古くないですか?」
「多少は……でも、腐ってはおりません。あと、パンは水で湿らせたほうがよろしいかと思います」
「そうですか」
「私も同じものを食べていますが、水は少しずつ足していくのがお勧めです」
この女性も同じものを食べているのか。
こんな事を言われると文句を言いにくい。
師匠も「食べられるだけありがたいと思え」なんてよく言っていた。
しょうがない。
「それでは」
パンを見つめて黙っていると、彼女はそう言った。
衣擦れの音が続けて聞こえる。
彼女は立ち上がったらしい。
「ちなみに、あなたが看守なのでしょうか?」
せっかくだからもう少し情報収集したい。
「私はただ命じられただけの下働きでございます。それでは失礼いたします」
だけど彼女はつれなくそう言って去っていった。
台車の音と小さな足音、それから小さいけれどくぐもった咳。
それらをともなって去っていった。
しばらく去っていくその音を聞いたあと、これからのことを考える。
脱獄はしない。
下手に騒ぎを起こすと、こちらの立場が悪くなる。
ボンクラといえども王様は王様だ。
今回の投獄にはわからないことが多い。
こんなことなら賢者の塔でダラダラ過ごさず世情にも気をつかっておくべきだった。
もし過去に戻れるのだったら、去年の自分をとっ捕まえて、ぶん殴ってでも情報収集をさせていただろう。
まったくもって過去の自分は役立たず。
とはいえ、こんなことを考えてもしょうがない。
気を取り直してあらためて考える。
あれが王様の気まぐれであれば、周囲の人間がなんとかする可能性もある。
大賢者に学んだ兄弟子たちが助けてくれるかもしれない。
同じ師に学んだ人たちに親しい人は少ない。でもいないわけじゃない。親切な兄弟子や姉弟子もいる。
それから賢者の塔に残っているはずの仲間だ。
ボクが捕らえられた時にあいつはいなかった。やられている可能性は無い。あいつが普通の兵士程度に捉えられることもありえない。
だからあいつは無事で、しばらくすれば心配してここに来てくれるだろう。
あいつに泣きつくのは少々癪だが、そんな事を言っていられない。
となると、当面はこの牢獄で過ごすことで決定だ。
それでは次に考えるのは、ここで快適に過ごす方法。
とりあえずベッドは柔らかくした。
数日は持つだろう。
魔法が消えればもう一回唱える。
だけどこれを繰り返すわけにもいかない。
あらゆる魔法は回数制限つき。
何度も唱えていると、ボクの精神世界であるキャンバスから魔法陣は消える。
憶えた魔法を忘れてしまう。
これはこの世のことわりで、抗えないものだ。
心の中から消えてしまえば、もう一度魔道書を読んで憶え直す必要がある。
だから使える魔法を全て忘れてしまうまでに、何らかの方法で魔導書を入手する必要がある。
ボクの持っている魔道書が1番良いのだが……他人のものでもいいだろう。無いよりかはマシだ。
記載された魔法は違うだろうが魔法は魔法だ。
ボクは魔法の使い手として自負がある。
簡単な魔法であっても使い方によるのだ。
多分……。
まず必要なのは独房の外を調べる方法。
しばらく思案し、ふとツボの上のパンが目に入った。
手持ちの魔法でなんとかなりそうだ。
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