第4話 剣と魔法は使いよう

 ジメジメとした石の空間。

 そんな陰気な独房で、ボクはハタと困ってしまった。

 大賢者の弟子として数多くの魔法を操ることができる。

 でも、だからといって何でも出来るわけではない。


 ――剣と魔法は使いよう。全ては思考から始めよ。


 師匠がよく言っていた。剣と魔法は使いよう、だと。

 魔法は過信しないことで上手く使えるのだと。


 まずは確認だ。目を閉じ静かに瞑想をはじめる。

 呼吸を一定のリズムに乗せて、ただひたすらに自分の心に集中する。


 魔法には装備という概念がある。

 それは剣を構えたり、鎧を着込んだりするものと同じようなものだ。


 違うのは目に見えないという点。

 人は心の中にキャンバスという名の精神世界を持っている。

 それは人によっては古い納屋のようであったり、巨大な草原だったりする。


 ボクの場合は、ひたすらに真っ白い空間。

 その空間には白く巨大な石板があって、装備した魔法は魔法陣と言う形をとってそこに刻み込まれる。


 ジッと白い石板を見つめて、ボクが装備している魔法を確認する。

 白い板に魔法陣が青く輝いていて、ゆっくりと回転している。

 魔法陣は大小さまざまなサイズで、ぱっと見では数を把握できないほど多い。


 ちなみに一般の人は、簡単な魔法であっても装備できるのは7とか8個らしい。

 ボクの装備数は100を軽く超える。

 なんといってもボクは大賢者の弟子。

 だから一般の人と比べて数多くの魔法を装備することができるのだ。


 とはいえ、装備している魔法は自室での暮らし向きのものばかり。

 無限に魔法を装備できればいいのだけれどそうはいかないから、装備する魔法はその時々の環境で異なる。それが裏目に出ている。


 魔法の問題はそれだけでは無い。

 装備した魔法は複数回使用するとキャンバスから取り除かれてしまうのだ。

 そうなれば、魔導書を読み直して、あらためて装備する必要がある。めんどうな事このうえない。


 だけどボクが忘れているだけで、都合の良い魔法を装備しているかもしれない……。

 ということで、念のための確認をしてみる。


 念の為の確認は大事だと思った。

 生活を楽にする魔法をわずかばかり装備していたのだ。

 自分のお部屋が大好きなボクは、外出なんて考えていなかった。だから自室での生活を快適にするための魔法ばかりを装備していた。

 ところが、そんな中でも、使える魔法があった。


「快適な風っと」


 とりあえず、そのうち一つを使う。手の平に小さな竜巻が発生する。

 その竜巻をポイっと部屋の片隅になげた。これはそよ風を発生させる魔法だ。部屋の空気をかき混ぜるだけではなくて、埃や湿気を吸い取り心地よい風を送り出す。

 

「床焼きっと」


 さらにもう一つ。足元から波紋のように小さな火がおこる。火は波打ち、床に少しだけ残った苔やこびりついた汚れを焼き尽くす。

 気がつけば、床は新品のように綺麗になった。

 

『パンパン』


 手を叩くと、一仕事終えた気になった。

 なんとか形になったな。

 念の為に、力ずくで牢を出る方法も考えてみる。戦闘に有利な魔法は無かった。

 めんどくさい同居人を黙らせる呪縛の魔法や、服従の魔法。

 この辺りが力ずくってシチュエーションで有利な魔法だろうか。

 だけれど、これは最後の手段。行動するにしても、もう少し考えたい。


 まずは、牢獄の生活を良くしたい。酷い環境からは良い思考は生まれない。


 「軟化の魔法も使えるか……」


 物質を柔らかくできる。

 これも使えると思った。

 早速、石のベッドにそれを使う。

 こんな硬い石の上で寝るのは嫌なのだ。


 キャンバスにある魔法陣をイメージして詠唱する。

 簡単に魔法は完成し、白く煌めく光はまるで粉のようになって石の板へとふりかかる。

 こうして、固い石板は、ほどよい硬さのふかふかな布団になるわけだ。


「寝床も確保っと」


 さっそくゴロリと横になるかと、ピョンとダイブ。


『ガン!』


 頭が固い石にぶつかった音と、なんとも言えない鈍痛が後頭部を駆け巡る。

 つまるところ、石の板は十分に柔らかくなってはいなかった。

 具体的には底の部分が石のまま。


 この建物全体に、対魔法の術が施されていたようだ。

 しかも強力なものが。

 床をなでて仕込まれた対魔法の術の正体を調べてみる。

 これは……おそらく古代の魔法によるものだ。


 なんでこんな場所にこんなものがあるのかと思ったが、少し考えて納得がいった。

 ボクは適当に放り込まれたわけでは無いようだ。


 賢者の弟子として警戒されているらしい。

 魔法によって壁をぶち壊して……そんな方法で脱獄なんて事はさせない。そう暗にいわれているようだ。

 対魔法の術を施された古い建物を監獄に利用しているのだろう。

 おかげさまでボクの魔法は、見積もりとは違って十分な効き目をえられなかった。

 もっともこれは流す魔力量が足りなかっただけなので、すぐに対処可能。


「やれやれ」


 ぼやきながら今度は十分な魔力を流し、さらに手で触って効き具合も確認する。

 今度は問題無い。

 こんなことで貴重な魔法を2回も使ってしまった。

 なにはともあれ寝床は確保……っと。

 今度は成功。見た目とちがってフンワリ柔らかい石のベッドは、ボクを優しく迎えてくれる。


『カンカン』


 環境が良くなったことを喜んでいる時だ。鉄扉が小さく鳴った。


「もし」


 続けて、透き通るような女性の声が聞こえた。

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