第2話 権力は腐敗する

「ジル……ジル・オイラス。お前は豚箱いきだ」


 玉座から身を乗り出した王はボクにそう言った。

 彼が持つ金の右目と藍の左目はギョロリと動く。

 それは黒の前髪で隠したボクの目を探るように視線を這わせた。


「豚箱ですか?」


 もちろんボクは抗議する。

 階段上になった先にいる王を見上げて。

 納得がいかない。

 今日だって、相談があるという理由で呼び出されたのだ。

 それが一転して豚箱……つまり投獄だとは。


「あぁ、そうだ。豚箱だ! ウエルバ監獄に部屋を用意した」


 王は指で髪をいじりながら答える。彼の指に絡んだ銀の髪が光った気がした。

 銀の髪は、世を導く聖王の血筋を示す。その仕草は、我こそが王であると自慢しているように見えた。


「理由は?」


 ボクは賢者の塔に引きこもっていた。

 物心つく前に師匠に引き取られ、4年前に師匠が死んで、17歳のいままでずっと何もしていない。

 王や貴族に形式的な相談と、近隣の村からの依頼だけが収入源で、ほとんど師匠の遺産で食いつないでいた。

 塔の外にでるのはおっくうで、ボクにとって賢者の塔こそが楽園だった。

 そんな外に出る気になれないボクには、投獄に至る理由が無い。


「王たる俺の考えだ。お前に罪を認めた」

「私は何もしていませんが?」

「俺が罪人だと決めれば、お前は罪人だ!」


 彼は金や銀で装飾された服をふるわせボクを指さす。

 たるんだお腹がブルンと震え、その銀の長髪がブワリと舞った。


『ザッ』


 激高する王に調子を合わせて、ボクの両サイドに立った騎士達が動く。数十人の騎士達は2列になって両側から向かってくる。

 磨き込まれた長方形の盾は、ほんのりとボクの姿を写している。その青い文様の描かれた鎧は、シャンデリアの光を反射してキラリと光った。

 見事な武装をした彼らは一糸乱れぬ動きで静かに間合いを詰めてくる。


 隙が無い。


 練度が高い騎士達だ。その装備の優美さもあって、動くだけで様になって、威圧感があった。

 これほどの騎士を揃えているとは知らなかった。流石は王。腐っても権力者というわけだ。

 今回はその権力の使い方がおかしいわけだが……。


「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対に腐敗する」


 何処かで聞いた言葉を思い出す。

 それはこの世の言葉では無い気がした。きっと、前世の言葉なのだろうと、一人結論づける。

 ボクは前世の記憶がある。おぼろげな記憶だ。

 もっとも前世を憶えている人間は沢山いる。彼らと違うのは、前世を憶えている人間が当然持っている記憶が欠けていること。

 それから前世で見た景色を、今ある世界で見たことが無い事。


 ――ジル坊は、誰かと論ずる中で前世を思い出すようじゃな。


 師匠はボクの記憶をそう評した。

 その理屈が正しいのなら「絶対に腐敗する」という言葉は、王との会話で思い出したことになる。


 ――それも無秩序ではない。その場、その問い、あらゆるつながりを見て相応しい場で思い出すようじゃ。


 さらに続く師匠の言葉。


「虫の知らせ」


 思わず妙なことを呟く。

 先ほどから変だ。近づく騎士達を見てから、なんだか自分の思考が定まらない。

 いきなりの投獄話のせいか、前世の記憶と師匠の思い出でグチャグチャになる。

 そうこうしているうちに、ボクは騎士に囲まれた。

 ジリジリと彼らから距離を取ろうとするが、それは無理だと気がつく。

 すでに囲まれている。

 逃げようにも、逃げ場は無い。上は巨大なシャンデリアの目立つ天井、周りは騎士達。


『ジジジジジジ』


 足元で妙な音が鳴る。虫の鳴き声にも似た奇妙な音だ。

 見下ろすと、禍々しい魔法陣があった。

 思わず王を見ると、彼は手をサッと払いのける仕草をした。まるでテーブルの上のゴミを払うような仕草だ。

 

「カハッ」


 それと同時、近づく騎士達の数名が咳き込んで……鎧の隙間から血が垂れた。

 何が起こったのか……瞬時に気がつき「生贄」とボクは結論を口にした。

 足元の魔法陣がまばゆく輝いて、ボクの意識は途切れた。

 そして、次の瞬間、ボクは檻の中にいた。車輪の音が耳元で響き、縛られて不自由な体には、容赦のない馬車の震動が襲っていた。

 フッと辺りが暗くなる。どこかの門をくぐり抜けたらしい。わずかに左右を振り向くと、門を抜けて、石の建物が目に入った。


「ウエルバ監獄へ、ようこそ」


 小太りの男が、檻の中のボクをみて二ヤリと笑う。 

 それから体を縛る縄が解かれたのは、独房に入る直前だった。

 こうしてボクはウエルバ監獄の独房で暮らすことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る