獄中賢者は侮れない

紫 十的

第一章 聖女を見いだす

第1話 プロローグ(少女の視点)

「カハ、カハッ」


 乾いた咳が止まらない。

 暗い牢獄に、私の咳と、台車の車輪が床を叩く音がひびく。

 幼き頃、がんばっていれば報われると聞いた。あれはどのくらい昔だろうか。

 何かを信じるとすれば、その言葉。


「いつかはきっと救われる」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 良い未来を信じていたが無理なのかもしれない。

 それどころか悪化している。私の体調だけではない、この監獄の全てが悪い方へと向かっている。

 もしかしたら世の中全部が悪くなっているのかもしれない。

 ずいぶんと昔、囚人の言った「希望は毒」という言葉が頭に浮かぶ。


「おい、牢を掃除しておけ」


 台車を引く私に、兵士の一人が鍵を投げた。

 鍵のマークは最奥の部屋を示していた。一番質素で、たまに悲鳴が聞こえる部屋だ。

 きっと新しい人が入るのだろう。

 大きな鍵を使い、分厚い鉄の扉を開ける。

 部屋は静かだった。天井近くの採光窓から差し込む光が、苔で滑る床を照らす。

 そこには干からびた死体もあった。

 それはまるで未来の私に見えて、涙が出た。

 頬につたう涙を無視して、乾いた死体を、いつもは囚人の食べ物を運ぶ台車に乗せる。

 それは酷く軽くて、酷くもろい死体だった。

 今度ここに入る人はどのような人なのだろう。

 その人は、今の私のように涙を流すのだろうか。


「カハッ。カハカハ」


 再び咳が出て、私は現実に戻された。

 物思いに耽る暇さえないようだ。

 すっかり片付いてがらんとした部屋を後に、私は台車を押して帰ることにした。

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