第57話(目撃情報)戦乙女と謎の箱

 辺境の地にある小さな町。

 それが俺の生まれ育った場所だ。

 自分達が食べていくだけの作物を作り、のどかで平和な、言い換えれば退屈な時間が流れている町だった。


 俺のじいちゃんは生まれてから死ぬまで他の町に足を運ばなかった。

 父さんと母さんはいとこ同士で、弟が想いを寄せている女の子も母さんの従姉妹の子ども、という風に狭い世界の中で人々の運命が全て完結している。


 だけど俺は外の世界に出て行きたかった。

 伝え聞く町の外の話はこの町にいては体験できないことだらけで、それは少し怖くもあったけれど心を惹きつけて離さなかった。


 現実的な道筋はできていた。

 我が家は神官の家系で希望すれば神聖クローリア王国の『約束の地フューラル』にある神学校に留学できる。

 俺は今、13歳。

 神学校の入学資格を満たす年齢となった。

 近々、父さんをに打ち明けて話し合おうと思っている。



 そんな矢先のことだった。


 ここひと月ほどゴブリンの目撃情報が多く、心配した村長たちは冒険者を雇って巣穴狩りを行うことにした。


「ゴブリンの一匹や二匹出たところでその辺の石で殴り殺してしまえばいい。貴重なお金をそんなところで使うな!」


 という声も上がっていた。

 俺も同感だった。

 冒険者という仕事はモンスター退治や護衛を請け負ってくれるなくてはならない仕事だが、同時に賤業でもある。

 就いている人間の人格は総じて粗野で信仰心も薄い。

 現に狩りに向かう前に泊まった宿の娘が手篭めにされたという噂が流れている。

 俺は彼らを信用していなかった。

 だから実際の仕事ぶりを確かめようと追跡した。


 彼らの足跡は町の近くの小高い山に続いていた。

 鬱蒼と木の繁る山の中に入るも鳥や虫の鳴き声だけしかしない。

 冒険者たちは適当にそれらしい場所を散策して「巣は見つからなかった」と報告して仕事を終わらせるつもりかもしれない。

 そんな穿った考えを頭の中で浮かべていると、荒い息づかいをした男が森の奥の方から飛び出してきた。

 彼は雇った冒険者の一人だったが頭から血を流し、右腕をなくしていた。


「おい!? 大丈夫か!?」


 そう声をかけると彼は縋り付くようにして残った左腕で俺の肩を掴んだ。


「おわ……りだ……にげろ……」


 息も絶え絶えに彼はそう発した。

 ただならない事態になっているのはすぐ分かった。

 持ってきていた水袋を彼の口にあてがおうとするも無視して彼は喋る。


「デカい……ゴブリンがいる……あれは、普通じゃない……逃げて……軍隊を呼べ」

「軍隊!? そんなたかがゴブリン如きに————」

「たかがゴブリンに! みんなっ……殺されたんだ!!」


 そう喚いて男はボロボロと大粒の涙をこぼして泣き出した。

 荒くれ者がこんなふうに泣くのを初めて見た。

 いろんな感情はあるものの町の危機を知らせてくれたことには感謝しよう。


「ありがとう。とりあえず水を飲むんだ」


 半ば無理矢理に水袋を口に押し付けると彼は勢いよく水を飲み干した。

 涙で流れた分は補給できただろう、と俺は彼に肩を貸して町に戻ろうとした。

 しかし、まるで水甕を担いでいるかのように重い。


「ちゃんと自分の足で歩いてくれ! あんた図体がデカいから————」


 文句を言いながら気づいてしまった。

 彼がすでに息絶えてしまったことに。



 それから数時間後、辺境の地にある小さな町をゴブリンの群れが覆い尽くした。


 冒険者の彼が言ったとおり、普通のゴブリンは子供くらいの大きさだというのに町を襲ってきた連中は大人と同じくらいの身長があり、ガッチリした体型をしていた。

 冒険者たちが殺されるくらいなのだから力も素早さもそれ相応なのだろう。

 何も身構えもせず奴らの襲撃を受けていれば間違いなく町は全滅していた。

 幸い、俺が父にすべてを告げたことで、領主様への伝令役を除いた住民は全員教会の地下に籠城することとなり、今のところ死者は出ていない。

 だが、家が叩き壊され、家畜が食い殺され、平和だった日常が崩れていく。


 この町を出て行きたいとずっと思っていた。

 だけどそれは、こんな形じゃない————


 俺は一人、町を見渡すことができる教会の鐘楼の影に隠れ潜んで殺戮を見つめていたが、耐えきれず項垂れた、その時だった。



 ブロロロロロロロ……



 聴き慣れない音がして顔を上げた。


 すると、涙で滲んだ視界の端に砂煙を上げて町に近づいてくる何かが映った。

 当然、地上のゴブリンたちもそれに気づきワラワラと集まり出した。

 カエルが鳴くような耳障りな声で言葉を掛け合い、接近する何かを警戒するゴブリンたち。

 100匹近い大型のゴブリンの群れが一団となっている様は圧巻だった。

 あれでは軍を連れてきてもそう容易くは打ち破れないのではないか、と思った矢先だった。



 バララララララララララララララ!!



 岩を振り撒くような轟音とともにゴブリンたちが爆ぜた。

 それはまるで泡を割るように呆気なく、屈強なゴブリンたちの群れが駆逐されていく。

 ヤツらも何が起こっているのか分かっていないのだろう。

 ただ周りの同胞が潰れて死んでいくのに危険を感じたのか建物の中に逃げ込んでいく。


 まもなくして、砂埃を上げていた何かが町の中に入ってきた。

 それは四角い箱のようだった。

 馬車のようにも見えるが馬に引かれてはいない。

 にも関わらず教会のそばの広場まで滑るようにして入ってきて動きを止めた。

 そして次の瞬間、その箱の一面がパカリと開いて黒い服を纏った金髪の女が飛び出してきた。

 女はキョロキョロとあたりを見渡したかと思うとこちらを睨んできて、


「おい! 生存者はいるか!?」


 と呼びかけてきた。

 いきなり見つけられたことに驚いたがその力強い声を信頼して、


「……ああ!! ここの地下に匿っている!!」


 と叫び返した。


「分かった! もう少し隠れていてくれ!!」


 と返してきた女は両手に針のような武器を携え、建物の中に入っていく。

 それからまもなくして、


 ドガッ! と鈍い音を立てながら建物の中にいたゴブリンが外に蹴り出される。


 次の瞬間————バララララララララララララララ!


 轟音と共に蹴り出されたゴブリンの身体が粉々になった。

 近くで見てようやくあの四角い箱のようなものから石つぶてみたいなものが飛んでいるのだとわかった。


 それから先はまさに狩りだった。


 女が建物の中に入り隠れていたゴブリンたちを炙り出したり、釣り出したり、叩き出したり。

 ゴブリンたちは外に出た瞬間、四角い箱から放たれる何かによって粉々にされる。


 まるで優秀な猟犬が藪の中から獲物を追い出し主人に献上するかのように鮮やかに、速やかに、ゴブリン達は駆逐されていった。




 おそらく1時間もかからなかったと思う。


「よし! この町の中にゴブリンはいない! コイツらがどこから来たか分かるか!?」


 女はそう呼びかけてきた。

 その言葉を信用して地上に降りた俺は冒険者達が山に向かい全滅したことを告げた。


「なるほど……おそらく普通のゴブリンが町の近くに出たのはグレートゴブリンにナワバリを追われてのことだろう。念のため、焼いておいた方がいいな」


 近くで見ると女はとんでもなく美しかった。

 村の娘がネズミやモグラに見えるくらいに。

 先程の立ち回りもあって、聖典に出てくる戦乙女なる者はこのような姿をしているのかもしれない、と思った。


「おつかれ〜! 見事なモンだったな!」

「さすがは私の騎士ですわ!!」

『経験値がっぽりです』


 彼女が戻ろうとする箱の中には他にも何人か人がいるようだった。

 先程までの鉄火場が嘘のように和やかな声が漏れている。


「まだだ。次は山を焼くぞ。巣を叩かないと奴らはすぐ増える」

「お山をお焼きになるの!? そ、それはマズイのではなくて!?」

「どうせ軍が来れば焼くことになります。あの個体はゴブリンの上位種です。増え続ければ町が何個犠牲になるか……」

「人命には代えられねえよな。どっかでひと息吐いたら焼きにいくか!」

「そんな! 燃えるゴミみたいですわ!?」


 バタン、と箱は閉じられると滑るようにして町を出ていった。


 それから二週間後、ようやく軍が訪れた頃には俺たちは復興準備をしていた。

 領主の遣いに俺はありのまま見たことを話したが、


「神職の人間はどうにも聖典にこじつけたがる。話にならん!」


 とろくに信じてもらえなかった。解せない。


 だが、人に信じてもらうかどうかなどはどうでも良いことなのだ。

 聖人と称される高名な神官達は往々にして神や天使と邂逅している。

 俺もきっとその一人なのだ。


 あの日、村を救ってくれた戦乙女と謎の箱。


 神に与えて頂いた出逢いによって救われた命は身命を賭して神にお仕えすることで報いるしかない。


 想いを新たに俺はもうすぐ、この町から発つ。

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快適無双エルドランダー〜俺のキャンピングカーは世界最強の移動要塞で家族です〜 五月雨きょうすけ @samidarekyosuke

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