第55話 フェルパ到着! 次のミッションは

「おコーヒー淹れましてよー」

「ああ、ありがとう」

「オルガさんはミ○でよくって?」

「ええ。ありがとう。シンシアさん」


 キャビンのテーブルに三人分の飲み物と朝食がシンシアによって手際良く配膳されていく。

 明らかに上機嫌だ。



「何かあったのか?」

「えっ? べ、別に何もございませんわー。どうしてですの?」

「いや、機嫌良さそうだし。普段寝起き良くないだろ」

「あぁ……良い夢が見れたからじゃあないかしら? お目めもパチーっでしたわ!」


 俺が這いつくばって床舐め回してる夢見てたろ……まあ、良いけど。


「さーて! お天気も良いですしお洗濯をいたしましょうか!」


 話題を変えるように声を上げるシンシア。

 タライと俺が現代から持ってきたポータブル洗濯機を持って車外に出て行った。




 雲ひとつない青空が広がっている。

 現代日本にいた頃は空というのは頭上にあるものだったけれど、果てしない平原が続くこの地では空が世界を包んでいる。

 開放感と清涼感に溢れる壮大な光景だ。


 たしかに気分がアガるかもな。


 壮大な自然とはマッチしないガボンガボンと音を立てるポータブル洗濯機。

 桶やシンクに水を貯めてその中に入れて起動させると自動で洗濯できる優れものだ。


 その動きが面白いのかシンシアは鼻唄(JーPOP)を歌いながら座り込んでじーっと眺めている。

 不意に、


「アンゴさんはやはり思っていたとおりの殿方ですわ」


 と誉めてきた。


「どうした? なんか壊したり失くしたりしたのか?」

「私のことをなんだと思ってますの!?」


 ガキだと思っている。

 オルガはシンシアに手を出さないことを理性的だと誉めてくれるが別に趣味じゃないだけだ。

 初めて会った時は凄い美少女だと浮き足だったのは事実だが、知れば知るほどあどけない子どものようで庇護欲が先に立ってしまった。

 今後もコイツを欲望の対象とすることはないだろう。


「で、俺のことをどう思ってたんだ?」

「忘れましたわ! 私過去は振り返りませんの!」


 過去にされちゃったよ、俺。



 それから二日後、俺たちは港町フェルパにたどり着いた。


 港町というだけあって街は活気に溢れていた。

 喧騒の間をすり抜けるようにして俺たちはランスロットに指定された商館に行った。

 最初は女二人を連れた異民族の男ということで訝しんだ目を向けられたが、デルミオ勇爵の封蝋が押された手紙を見せれば態度は一変し、立派なヒゲをたくわえた商会長が出てきた。


「ランスロット様の代わりに禁断指定物の廃棄を行うということで……そのブツと荷車は?」

「目立ちすぎるからな。ある場所に隠してある」

「それはそれは。さすがの用心深さでございます。なれば、手筈を整えます。ひと月ほどお待ちいただければ」

「そんなにかかるのか!?」


 俺が非難めいた言い方をすると、商会長はニヤリと笑い、


「どんな船乗りでも良いのなら明後日には出港できますが」


 と含みを持った言い方をしてきた。

 それで理解できた。


 たしか昔の船乗りって犯罪者とかスネに傷あるやつ多かったんだよな。

 貧弱な航海性能に伝染病など死亡リスクが近代以降に比べて圧倒的に高かったからだっけ。

 コロンブスが西インド諸島発見した時も船員の半数以上が無罪放免を期待した罪人だったというからな。


「分かった。身元調査はしっかりやってくれ。オーバーロードやモンスタリアンが混じらないように」

「さすがはランスロット様から仕事を頼まれるだけのことはある。理解が早くて助かります。宿は————」

「不要だ。半月後、状況を確認しに来る」


 そう言って俺は席を立った。


 商館から出たところでシンシアが不思議そうに、


「どうしてお宿を断られたのですか?」


 惜しそうな顔をしている彼女に俺は説明する。


「あまりこの街に痕跡を作りたくないからな。ひと月あればグレゴリー家が報復のため追いかけてきてもおかしくない……そうだろ?」


 オルガを一瞥すると彼女は深く頷いた。


「この間までなら私の役目だったろうがな。エドワードが私を切り捨てたということは代わりになる運命持ちでも手に入れたのだろう。そうなれば街にいることは危険極まりない。ランスロット様でもなければ市内での暗殺に対応できない」


 暗殺という言葉を聞いてシンシアはゴクリ、と唾を呑んだ。

 重くなりそうな空気を払うように俺はシンシアの肩を叩く。


「というわけだ。だから申し訳ないが引き続き車中泊だ。我慢してくれ」

「べ、別に我慢だなんて思いませんわ! エルドランダーさんの寝心地はお宿よりも快適でしてよ!」


 まー、俺は生殺し状態が続くんだがな……

 主にオルガのせいで、と視線を向けると目が合った。

 するとオルガはニッ、と意味深な笑みを浮かべる。


「なんだ?」

「いや…………どうせなら有意義に時間を使おうか。ただ街の近くに陣取って野外生活を送るのではもったいない」


 というオルガの言葉にシンシアが跳ねながら乗っかる。


「良いですわね! せっかくだから王国の名所を散策しましょう! エルドランダーさんなら行き放題ですわ!」


 無邪気なお嬢様に騎士様は苦笑する。


「それはそれで楽しそうですがね、私が提案したいのはもっと現実的な話ですよ」

「現実的?」

「ええ。アンゴからだいたいの事情は聞きました。エルドランダーが現代の常識を超えた力で生み出された古代兵器で生き物でもないのに運命を授かっていること。そしてその運命は戦えば戦うほど強くなることを」


 オルガの笑みに嗜虐的なモノが混じっているのに気づいた。


「鬼教官でもやってくれるのか?」

「むしろエルドランダーさんからすればお前が鬼だろうな。だが、今後のことを考えれば戦力強化は必要だ。海の向こうがここより安全という保証はない」


 オルガの示唆していることは分かった。

 要するに、


「ただ逃げ回るんじゃなくてエルドランダーのレベル稼ぎをしろってことか。たしかに合理的だな」


 カタリストのストックは十分。

 たしかに今ならやれる。

 問題は戦闘する以上リスクがつきまとうことだ。


「だがみすみす危険に突っ込むようなものだろう。それにあまりエルドランダーの存在を知られたくはない」

「そのあたりは私が調整するさ。情報操作はお手のものだ。危険が少ないが数多くモンスターを討伐できるミッションを計画してやる」


 戦場育ちのオルガのボーダーラインがどこなのかは気になるところだがレベル稼ぎは魅力的だ。

 俺としては乗り気だが、シンシアは……


「あのー、オルガさん。そのおミッションの場所に名所はございますの?」


 条件次第ってことね。


「……それも込みで考えます」


 難易度上げちゃって。

 オルガも甘いなあ。



 というわけでしばらくの間、行楽を兼ねたレベル稼ぎの旅をすることとなった。

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