第54話 治まれエロス

 目的地の港町フェルパはヘリオスブルグから1500キロ以上離れている。

 全速力で飛ばせば半日で着くだろうが燃費のことも考え、経済速度でダラダラと向かうことにした。

 何もない平原ならそうそう事故ることもないからとシンシアやオルガにも運転を代わってもらったりした。


 やはりというべきか、無茶苦茶な運転をするシンシアに対してオルガはそつなく運転をこなし、一時間も走る頃には問題なく乗りこなせるようになっていた。


 安全が確保できる景色の良い場所では車を止めてティータイムを取ったりもした。

 そこでミ○をオルガに飲ませると、


「私が求めていたのはこの味だッ!!」


 とすごく感銘を受けて何杯もおかわりしていた。

 俺たち三人はすっかり打ち解けて、時間はどんどん流れて夜になった。




「…………やっぱりダメか」


 二人が寝静まっているキャビンと俺のいる運転席はカーテンで隔てている。

 エルドランダーのモニターが発する光を漏らさないためだ。


『申し訳ありません。自分の機能にも関わらず、把握できていなくて』

「気にするな。もはや物理法則ガン無視の機動兵器になっているんだし、ブラックボックスもあるだろうよ」


 俺とエルドランダーが小声で話していると、


「何をやっているんだ?」


 とオルガがカーテンを開けて声をかけてきた。


「ああ、すまん。起こしちゃったか?」

「ううん、寝つけなかっただけだ。シンシアさんが思いの外、寝言を言うものでな」

「ねごと?」


 俺はカーテンを開け、シンシアの声を聞く。


「あんっ♡ だ、ダメです……アンゴさん舐めちゃダメでしてよ♡ そんなところ汚いですわ……らめぇ♡ うふふ……ムニャムニャ……」


 な……何の夢を見ているんだ!?


「うふっ♡ うふふふ…… アンゴさん……床に落ちたスープなんて、飲んじゃダメですわ。そんなことも分からないんですの? ムニャムニャ……」


 ほんとに何の夢見てやがんだ、コイツ……

 鼻に洗濯バサミ挟んでやろうか。


「シンシアさんの頭の中はお前でいっぱいなんだな」

「俺はあんなことしたことないぞ」

「フフッ。なあ、そっち行っていいか?」

「ああ、どうぞ」


 オルガは俺の右隣の助手席に座った。

 彼女の寝巻きは俺が現代日本から持ってきたハーフパンツとTシャツだ。

 着心地が良いから、と気に入っているらしいが圧巻の巨乳とお美しい御御足が強調されて凄まじい威力を放っている。

 目に毒が過ぎる。


「何をやっていたんだ?」

「ああ……エルドランダーの機能チェックさ」


 仕事的な話をして気を散らそうと試みる。


「機能チェック?」

「コイツは敵を倒せば倒すほどに性能が上がり、新しい機能が増えていく。グレゴリー家を襲撃した時に何個か実戦で試せたけどまだ使ってないのも多くてな」


 人間相手だからできる限り殺したくはなかった。

 ブラック企業だからといって全ての従業員が悪人というわけじゃない。

 事実、その基準で裁かれるのなら俺も悪として断罪されるだろうしな。


「殺傷能力が高く、加減のできない武器はあまり使ってないんだ。モンスター相手ならぶっ放せるだろうけど人間相手には無理だ」

「アンゴは変なところ気弱というか善良だな」

「ヌルい環境で育って暮らしてきたんで」


 現代日本なら割と厳しめで苦学生でブラック会社員だったけど、この世界の人、特にオルガみたいな人間に比べれば恵まれている。

 彼女から見ればさぞ軟弱な生き物のように写っているだろう————と思った矢先。



「でも、アンゴのそういうところは美徳だ」


 とオルガは俺の太ももにうつ伏せで乗っかった。

 しかもそれだけでなく、俺の寝巻き用のジャージパンツの腰紐を咥えてほどき始めた。


「あのー……オルガ、さん? 何を?」

「つづき…………するんだろ?」


 カーモニターのブルーライトがオルガの彫りの深い美麗な顔立ちを照らし出す。

 艶かしく濡れた舌に俺は劣情と期待を寄せてしまう。


「さ、さすがにすぐそこでシンシアが寝ているし……」

「む……だったら、アンゴの方の処理だけでもしてやろう。シンシアさんには手をつけず、私もお預けではさぞかし溜め込んでいるだろうからな」

「処理って…………そんな————あっ」

「なんだ、乗り気じゃないか。じゃあ遠慮なく————」


 …………数秒後には俺は引き返すことができなくなる。

 それはきっと、結局のところ…………誰のためにもならない。


「ダメだ」


 オルガの頭を掴み、行為を止める。


「なぜだ? 私は嫌がっているわけでも無理矢理でもない。むしろ、私がしたくて」

「オルガが行きずりの女だったら歓んでシテもらったさ。だけど、もうそうじゃないだろう。これから長い間、同じ屋根の下で暮らす仲間とそういう関係になってしまったら色々と気まずい」


 口とは裏腹に俺の心は自分の理性に対して殺意を覚えている。

 血の涙が流れるくらいに辛い選択だ……

 俺の下半身に独立した意志があったら自分の頭にオーバーヘッドキックをぶちかますくらい、本能を抑え込んでいる。

 でもここは踏み止まれ。

 一時の性欲に身を委ねて失敗したことは学生の頃もあった!

 異世界でも同じこと繰り返す気か!!


「口では紳士的だが表情に悔しさが満ち満ちているぞ?」

「これは別の後悔だよ。性欲を抑え込むために罪悪感スイッチ入れたからだろうなあ」


 でも昂りは少し治った。


「お前の都合は分かったが私の好意は無視するのか?」

「少なくとも、今のオルガのはな。助けられた恩、自由になった歓び、今まで見たことのないタイプの異性に対する興味。冷静な判断とは言えないな。俺はお前を抱きたくて仲間にしたんじゃない。まだ、俺はお前を救っている途中だ」


 そう言って彼女の身体を起こし、ズボンの腰紐を結び直した。


 まー……さらに本音を言えば俺も冷静な判断できてないからな。

 オルガの顔とカラダがあまりにも良すぎて舞い上がってるのは否めない。

 もし平凡な見た目ならここまで葛藤しなかったろうし、これは愛情と呼ぶには不純だろ。


 オルガは呆れたように大きなため息を吐く。


「分かった。お前がそう言うなら無理強いはしない。面と向かって拒まれるのは些かプライドが傷つくがな」

「ヒヒっ、さーせん」


 オルガの機嫌も言うほど悪くなさそうだし、きっと俺は正しい選択をしたんだ。

 そう思わなきゃやっとれん……


「じゃあ、私は眠らせてもらう」

「ああ、おやすみ」


 キャビンに戻ろうとするオルガだったが、ふいに俺の耳元で囁く。


「お陰で助かった……初日から主人の怒りを買うところだったよ」

「え?」


 俺は耳を澄ます。


 シンシアが…………静か過ぎる。

 寝言を言ってなければ、くかー、くかーと間抜けなイビキを立てているのに。

 それが示すことは……タヌキ寝入りしてやがんな。


 もしおっ始めていたなら……うん、本当に危ないところだった。

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