第41話(猟犬side)仮定ライダー
撒き餌を撒いて三日。
ヘリオスブルグからここ『聖なる都アマンダ』まで、馬車で来ればひと月はかかる。
だが、私が想定する謎の車両の速さは常識外れ。
今日シンシア嬢と彼女を連れた者が現れてもおかしくない。
身を清め、場にそぐう服装へと仕替えつつ、全身に暗器を潜ませて件の酒場『芳醇なる酒樽』に向かった。
その酒場は繁華街の外れにある。
一見、客足の届きにくい場所にあるから商売上がったりのように見えるが、むしろその逆。
繁華街の大衆店の3倍は取られる酒代に加え、席料まで取られる高級店だ。
店内に置かれた調度品は貴族屋敷さながらであり、店員たちも洗練された所作で薄暗い店内をスルスルと動き回っている。
敷居を高くして貧乏で品のない客を寄り付かないようにしている。
貧富の差が大きいクローリアでは一定の需要がある店だが、私からすれば偉そうさが鼻につく店だ。
仕事でなければ来ることもない店だ。
私は入り口から最も離れた店の奥、窓際のテーブルに座り運ばれてきた蒸留酒をチビチビと舐めながら時を過ごす。
酒には強い自信があるがあまり飲みすぎると酔ってしまうかもしれない。
シンシア嬢捜索の命令を受けてからろくに睡眠を取っていない。
にもかかわらず謎の車両の移動速度は凄まじく、まったく追いつけはしなかった。
ローゼンハイムでは薬で眠気を散らしながら先代の論文を日夜読み漁ったし、ヘリオスブルグでは横になって仮眠する暇もなく早馬に乗って出立した。
疲労困憊もいいところだ
でも、ここが正念場だ。
今日や明日に誰かが私に接触してきたのならそいつは謎の車両に乗ってやってきたことで確定する。
もしそれ以降に現れるとなったら早馬で飛ばしてきたランスロットの家来の可能性が出てくる。
だが、後者の可能性は低いと見ている。
これは推測だが、謎の車両はランスロットの部下でもなければ完全な協力関係でもないはずだ。
もし、ランスロットがシンシア嬢のことを嗅ぎ付けてエドワード様の妨害を行なっているにしては雑すぎる。
それにわざわざシンシア嬢を連れてローゼンハイムにまで行ったこともイマイチ理由がつかない。
名ばかり伯爵家に勇爵の捜査を拒む権利などない。
一時的、限定的な協力関係と考えるのが自然だ。
となると、考え得るのは謎の車両の運転手……仮定ライダーとでも名付けておくか。
仮定ライダーは善意の第三者。
モンスターの襲撃にあったシンシア嬢を救出し保護した。
おそらく、シンシア嬢はグレゴリー家に嫁ぐことを拒んだのだろう。
当然だ。嫁入り道中をモンスターに襲われてしかも護衛が逃げ出すなんて不始末、自分がぞんざいに扱われていることの証だからな。
かといって、ローゼンハイムには帰れない。
あの家で彼女は厄介者以外の何者でもない。
仮定ライダーはそんな彼女を……連れて逃げている?
あんな火薬の詰まった宝箱みたいな娘と?
…………まあ、彼女の能力を知らない、もしくはその価値が分からないならば理解できる。
だが、全てを知った上で彼女を連れているなら、仮定ライダーはとんでもない男じゃないか。
カタリストを使った物質変換。
能力を悪用すれば一国の経済を揺るがすことすら可能。
それだけじゃない。
たとえばオリハルコンや可変アダマンタイトのような武器素材を増やすことができるならば軍事力にも転用できる。
人類抹殺を企てるオーバーロードどもに捕まれば毒や病を培養させられ、大量虐殺を行うことだってあり得る。
シンシア嬢の存在を知れば世界中の誰もが我が物にしようと欲する。
仮定ライダーは世界中を敵に回してでも、彼女を護る覚悟があるというのか?
もしそうだとしたら、王家の犬になっている勇者なんかより遥かに勇敢だ。
それに加えて彼女の能力を悪用しないのであれば聖者と言ってもいい。
謎の車両の異常な移動速度やシンシア嬢の能力など、突拍子もなく好奇心惹かれる事象がゴロゴロしている案件だったが、この中心にいる仮定ライダーこそが最も異常な存在だ。
どんな男なのだろうか?
腕は立つのだろうが?
金や権力の持ち主なのだろうか?
どのような見た目をしているのだろうか?
実に興味深くて……早く会いたくて焦がれてしまっている!
気づけば、酒が空になっており、氷結魔法で造られた球形の氷だけがグラスに残されていた。
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