第40話(猟犬side)たどりついた真相

 六大陸の一つ、土の大陸は現在サンクルス王国と神聖クローリア王国の二つの国家によって西と東に二分されている。


 サンクルス王国は王都ヘリオスブルグの盛況ぶりからも分かるように中央集権に成功しており強固な統治体制を築いている。

 北の帝国からの圧力を受けながらもデルミオ勇爵こと勇者ランスロットという当代一の英雄を有している王家は強い威信を以て大陸の雄として君臨している。


 一方、神聖クローリア王国はというと昨今弱体化が甚だしい。

 かつては魔術研究が盛んで世界中の叡智が集う場所とされていたが、魔術の発展はここ数十年行き詰まり、国家からの助成も滞りがちになった。

 そこで魔術研究を続ける学者たちは研究費を捻出するために薬品や魔道具といった研究の成果物を国外で売り捌くことが常態化していた。

 本来は魔術研究絡みのものを国外に出すことは違法行為だ。

 クローリアは魔術立国であり、その軍備、防衛の至る所に魔術が利用されており、それらの根幹技術が他国に流れてしまうことは弱点を研究してください、と言っているようなものだからだ。

 それでも弱体化したクローリアではそれをロクに取り締まることができず、外貨流入を期待して黙認しているという官僚たちも少なくない。


 前置きが長くなったが、要するに神聖クローリア王国では魔術師たちが欲しがるモノがゴロゴロしているというわけで『カタリスト』もその一つだ。


 カタリスト————正式名称は『何物にも染まる純白を構成する8つの化合物』。

 古代語を訳すと文法上こういう文章っぽい言い回しになってしまう。

 だから古代語の名残の強いクローリアの王都は『聖なる都アマンダ』なんて自意識過剰な名前をしているのだ。


 ローゼンハイムの工房で先代ローゼンハイム伯爵の研究資料を漁ると同時に現場の痕跡をしらみ潰しに探した。

 その結果、工房に侵入者があったことは突き止めた。

 人数は二人。

 一人はシンシア嬢で間違いない。

 もう一人が謎の移動車両を使っている者ということだ。


 クローリアの魔術研究機関のサインがあった納品書のリストにある品のうち、カタリストだけが紛失していたのだ。

 おそらくシンシア嬢たちが持ち去ったのだろう。


 となると、シンシア嬢の正体を突き止めるのは簡単だった。


 我が運命『地の果てまでも駆ける猟犬』の加護を以ってすればな。

 この運命の内容を大まかに言えば「主人の命令に従い、狙った獲物を必ず突き止める」というものだ。

 そして、私には運命の加護として第六感が異常に研ぎ澄まされるというものがある。


『カタリスト』『シンシア嬢』『素性の怪しさ』『錬金術』『先代のお気に入り』『主人の利益』『謎の赤土色の甘い液体』

 これらの単語を頭に留めた状態で先代の論文に目を通せば、私の求める情報だけ文字が浮かび上がって見えてくる。

 私に錬金術の素養はほとんどない。

 だが、勘だけで稀代の天才錬金術師ローゼンハイムの記し遺した情報を読み取った。

 それで得た結論は————『シンシア・ローゼンハイムは物質変換の魔法を使いこなせる』


 さすがに自分の解釈を疑った。

 しかし、そうならば全てに説明がつくのは事実。


 カタリストは本来、古代錬金術では希少物質の水溶液に混入することで溶質の特性をコピーすることができ濃度を上げるように使われていた物質だ。

 物質変換の触媒としてはうってつけだろう。


 シンシア嬢が突然娘としてこの家にやってきたのはおそらくその才を買われてのこと。

 実際に先代の子であるかまではわからない。

 自身の種によって優秀な子を量産しようとするのは一部の権力者や天才が陥りがちな狂気だ。

 もしくは才能のある子供を金か力で親から貰い受けてきた。

 どちらにせよ、あまり幸せな出生とは言えないな。


 そして、工房のビーカーに入っていた謎の赤土色の液体……

 嗜好品のようであるがえもいわれぬ味だった。

 かなり時間が経過し主成分のミルクは腐っていたので、ちゃんとしたものを飲んでみたいと思い、屋敷の人間に尋ねたが誰も知らなかった。

 ただの嗜好品が工房の実験器具にぞんざいに残されていること。

 それで仮説が立った。

 カタリストさえあれば、シンシア嬢は体内に取り込んだ物質を無制限に変換することができる。


 エドワード様が欲しがるわけだ。

 カタリストは高額で取引されている物質だ安定供給の仕組みを確立させることは主人にとっては造作もないだろう。

 シンシア嬢はその寿命尽きるまでエドワード様のために金を産み続ける。

 養鶏場の鶏のように…………


 そのことを突き止めてからの行動はスピード勝負だった。

 謎の車両の移動速度は馬とは比べ物にならない。

 そこで奴らの動きを誘導するために策を打った。


 まず、伝書ツバメを使ってヘリオスブルグにあるグレゴリー商会に王都中にあるカタリストを買い占めさせた。

 店頭で扱っているもの、在庫として保管されているもの、裏ルートで取引されているもの、魔術研究者が所有しているものも全部だ。

 それと同時にカタリストを探している者の素性を洗わせた。


 十日後、私はヘリオスブルグに着き報告を聞いた。

 案の定、カタリストを買い漁ろうと動いている者がいた。

 大した量は持って行かれなかったが勇者ランスロットの手の者であることを聞いて背筋が凍った。


 勇者なんて美しい名を与えられているがその実、自らの正義感に任せて気まぐれに殺戮を行う最悪の破壊者だ。

 主人の悪事は今のところ悪徳商人の域を出るものではない。

 だが、シンシア嬢を監禁し、経済を破綻させるほどの希少物質の乱造などを行えば標的にされる可能性は高い。

 しかも奴は珍しく王都に滞在しているという。


 7、8割方シンシア嬢は王都に潜伏している。

 だがランスロットの庇護を受けているのであれば迂闊な手は出せない。

 となれば誘き出すしかない。


 私は単身、神聖クローリア王国王都『聖なる都アマンダ』に向かった。

 その到着の後、ヘリオスブルグ内に情報を流す。


「カタリストを求めるなら『聖なる都アマンダ』の酒場『芳醇なる酒樽』にいるマリーという女を探せ」


 要するに撒き餌だ。

 ヘリオスブルグ内で十分な量のカタリストが調達できなければ原産国に取りに行くというのは当然の判断だ。

 だが、闇雲に動かれてはこちらで追いようもない。

 だから目的地を作ってやる。


 マリーの元にシンシア嬢がやってくるように。


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