第35話 レパント伯爵領〜脱出〜
夜の闇にまぎれ屋敷を抜け出し、街から出た俺とシンシアは森の中に隠しているエルドランダーの元に向かった。
車内に入り、エンジンをかけると目を覚ましたようにエルドランダーが声をかけてきた。
『久しぶりの車外泊はいかがでしたか?』
「アンゴさんはお楽しみだったみたいですわ。女の子と同衾していましたもの」
『マスター。詳しく』
「お前が思っているような楽しい話じゃない。てかシンシア。説明しただろ」
「一緒に寝たのは事実でしょう? どスケベですわー!」
だんだんコイツの語彙に変なの混じり始めたな。
俺の影響だろうけど。
既に深夜。
この世界の月のない夜は本当に真っ暗闇だ。
森の外に出た俺たちは街の方角を見ている。
遠くに見える街の灯りは夜警用の微かな篝火くらいのものだった。
しかし、街の中央にそびえる伯爵邸のある山に葉っぱに集るアブラムシのように小さな灯りがポツリポツリと増え、忙しなく動き始めた。
「何かが起こってるのか?」
『先日のレベルアップで【光学109倍レンズ】が使えるようになりました。使用しますか?』
「野球中継用カメラかよ……どんどんイカれたモンスターマシンになっていくな」
『こんな世界で生きていくには力はどれだけあっても困りません。力=安全です』
機械に言わせるにはやや危険なセリフだが昨晩のことを考えると過激すぎるとは言えないな。
この世界では強者が弱者を踏みつけにする構造に対するストッパーがあまりにも弱い。
法律も倫理もあまりに未成熟。
俺たちの世界の社会システムは夥しい犠牲とと文明の発展にようやく辿り着いた場所だと実感できる。
「アンゴさん! この騎兵、こちらに向かってきていらっしゃいませんか!?」
シンシアがカーモニターを指差す。
馬に乗った人間が闇夜でランタンすら持たず闇の中を真っ直ぐこちらに向かってきている。
そして、その馬を追いかけるように松明を持った小隊規模の騎兵が走っている。
「いやーーー、な予感しかしないな」
『同感です、どうしますか?』
「乱暴に扱う」
馬たちがこちらに近づいてきたところで消していたエルドランダーのフロントランプを点けてハイビームにする。
闇夜を切り裂く聖剣の輝きのように放たれた強烈な白いLED光は騎兵たちの目を焼き、さらに爆音のクラクションで鼓膜を突き刺せばこの世界の騎兵なんてイチコロだ。
ウマがパニックになり兵士が投げ出される。
突如闇の中に現れた巨大なキャンピングカーは彼らから見れば得体の知れない怪物だろう。
「うわあああああ!! な、なんだ!? モンスターか!!」
「ヤバい!! 大型モンスター用装備なんて持ってきていないぞ!!」
兵士たちは泡を食ったように混乱している。
しかし、先頭を走っていた騎兵だけは馬から飛び降り、目にも止まらぬ速さでエルドランダーのリアハッチからキャビンに飛び込んできた。
「ナイスだ! アンゴ!」
嬉しそうなランスロットの声が聞こえてきた。
「お前なぁ…………へっ?」
文句のひとつでもくれてやろうと思って振り返ったが言葉を失った。
ランスロットは血まみれで息を荒くしていたこと。
そして傍らに寝巻き姿の女性を連れていたことだ。
「なにがいったいどうなって」
「後でキチンと説明するから早くここから逃げてくれ!」
ランスロットの叫びに余裕のなさが加わっていてこれ以上の問答は無駄だと判断。
アクセルをベタ踏みにして旋回し、レパント伯爵邸にケツを向けて走り出した。
数秒の間に時速80キロに達するエルドランダー。
これで馬でも振り切れる計算だったが、
「逃さんぞおおおおお!! 王家の犬ども!!」
猛烈な勢いで追いついてくる騎兵があった。
その馬は皮膚が薄く下の肉の色が見えるのか全身が桜色をしていた。
馬上には槍を担いだ大男が大声で怒鳴り散らしている。
「面妖な馬車に乗っているようだがもはやこれまで!! 我はレパント家守備隊長ガリウス! 槍の使い手としては王国屈指の腕前! そして我が愛馬シャリアズルバーンは他の馬の三倍の速度で走る『赤き衝撃』の運命を持つ馬!! もはやお前たちに逃げ場は————」
俺は無言でアクセルをベタ踏みする。
瞬時に赤いなんとやらはバックミラーの彼方に消えた。
「3倍くらいで調子に乗るなよ。エルドランダーはその倍は速い」
『イグザクトリー。調子に乗った無礼者を圧倒的な力で踏み躙るのは悪くない気分です』
独裁者みたいなことを言ってくる愛車に「気が合うなー」と返す。
もっとも、力だけで解決できない問題も山積みなわけで、その事を俺は思い知ることになる。
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