第36話 世界はダークで勇者はブラック
追手を振り切った俺たちはヘリオスブルグの近くにまで辿り着いていた。
一安心、となったところでシンシアは眠気がピークに達しキャビンで寝入ってしまった。
ランスロットが連れ帰ってきた女————彼の姉のウェンディは貸してあげた布団を膝にかけたまま項垂れている。
俺は事情を聞くため車を止めてランスロットを外に連れ出す。
どうせ朝にならなければ街の門は開けない。
それまで長い話をさせるつもりなのでキャンプ用の折り畳み椅子を二脚並べて置き、インスタントコーヒーをマグカップに注いで互いのドリンクホルダーに入れた。
「美味い。アンゴの出してくれる飯や飲み物はどれも一品だよ。伯爵邸なんかよりよっぽど贅沢だ」
呑気そうにミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを啜るランスロットに俺は不躾に質問する。
「人を殺したのか?」
「そうだよ。なに神妙な顔してるんだよ」
悪びれることもなく、それどころか笑みすら混じっている。
そのあどけなさの残る笑顔が不気味にも悪辣にも見えた。
「人を護るのがお前の運命じゃなかったのか? どうして自分の命を賭けて俺を救ってくれたお前が人を殺せるんだよ? 襲われてやむなくだったのか?」
矢継ぎ早な俺の質問を受け流すようにランスロットは目を背けゆっくりとした口調で語り出す。
「俺がここに来たのは最初から伯爵を殺すためだった。あの伯爵はね、王国に対し反乱を画策していたんだよ。前も話した通りこの地は王国の北端にあたり国防の要だ。だが伯爵はその地位を悪用し、他国から物資の支援を受け、周辺の領主を抱き込み、戦力を蓄え王都ヘリオスブルグの襲撃を企てていたのさ」
「なっ……!? そんなこと」
「事実だ。裏は取れてる」
「で、でもなんだってそんな大それたことを……」
「帝国の連中に唆されたんだろう。この大陸から海を隔てた北方に世界最大の大陸ギアナ大陸があり、その大陸をほとんど手中に治めているギアナ帝国は世界国家の統一を目論んでいる。国境をなくし、言葉や貨幣も統一し、この世界のすべてを管理下に置いた上でモンスタリアンやオーバーロードに対抗するって考えでいる」
いきなりデカくなった話のスケールに戸惑うが、聞きなれない単語が引っかかったので質問する。
「モンスタリアン? オーバーロード?」
「モンスタリアンっていうのはモンスター共生主義者。古い宗教では神様が人間を作る前にモンスターをこの世界に産んでいて、元来世界はモンスターのものである。だから人間はモンスターの生息地を侵してはならないから文明の発展を抑えようという逆行主義者だ。オーバーロードというのは人類以外のモノに支配されることを良しとする連中、恭順主義者だな。アンタも知っているディアマンテスなんかを崇めてる連中だ」
「ディアマンテスって……アイツなんて見るからに人間じゃないだろう。あんなのを信望する奴いるのか?」
「広義で言えば人間だが、そうだな。アイツらは俗に悪魔と呼ばれる連中だ。人類より寿命が長く、力も遥かに強い。だから奴らに支配された方が未熟な人間よりも上手く統治してくれるに違いないと思う層が国単位でいる。当然だけど俺はそんなの認めない。人間を護るということは命だけではなくその自由意志をも守るということだからな。人類を下等生物と見下してる連中の支配なんてロクなことにならないだろうからね」
今になって明かされる世界の姿。
国家間の対立と主義思想の違いによる分断。
たしかにやばい。
ゲームなら間違いなく鬱ゲーだのダークファンタジーだの言われそうな世界観だ。
だけど……
「だけど、それでもお前がやらなきゃいけないことだったとは思えねえよ。エルドランダー追いかけてきたあのバカ面が言ってたよな。『王家の犬』って。爵位をもらっているのは分かるがさっきの話聞いただけだと帝国にも理はあるし、お前が強力な【運命】を使って国家権力に加担して暗殺するのは勇者としてアリなのか? あの伯爵領にもたくさんの民がいる。いきなり領主が死んだら大混乱になって彼らが路頭に迷うこともあるんだ。もっと周りくどい手で柔らかくコトを終わらす方法だってあったはずだ」
こんな噛み付くような言い方をしてしまうのは、俺自身が受け入れたくないからだろう。
ランスロットが人を殺したということを。
自分が救われた恩義もあるから彼には清廉なヒーローであってほしかった。
俺の身勝手だと分かってるけどな。
「それはまあ……色々事情はあるんだよ」
ランスロットがため息混じりにそう漏らした瞬間、
「その子に優しさなんて求めちゃダメよ」
非難めいた声が投げかけられた。
声の方を向くとウェンディがエルドランダーのそばに立っていた。
彼女は半笑いでランスロットを見下ろし忌々しげに吐き捨てる。
「この子は勇者になると決めた日から他人のことはどうでもよくなっちゃったのよ。血の繋がった家族を不幸のどん底に突き落としても気にならないようにね」
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