第34話 レパント伯爵領〜不安〜
「よくあることですわ。没落した家の娘が殿方のお世話係として他家に雇われるのは」
ようやく機嫌を直してくれたシンシアが昨晩の事情を聞いてメアリの境遇について見解を語ってくれていた。
「よくあるのか? あの娘なんか子供だぞ。せいぜい12歳とかそれくらいの」
「それくらいでしょうね。逆にそのくらいの年頃の娘が狙われやすいとも言えますわ。成人していないから婚姻に逃げることもできないですし」
「いや……俺が言いたいのはだな、そういう需要が普通にあることに驚きなんだよ。あんな子どもにナニするとか何が楽しいんだよ」
直接的な表現をしてしまったがシンシアは引くどころか少しご機嫌になった。
「まあ。アンゴさんは分別があって落ち着いていらっしゃいますわ。さすがですわ〜」
なんか褒めてくれてる。
今朝は道端の糞を見るような目で俺を蔑んでいたのに。
「別に褒められることじゃないというか、俺はちゃんと成長しきった女が好きなんだよ。子どもをそういう目で見ること自体気持ち悪いし、カッコ悪いと思うからやらないだけだ」
へーえ、とシンシアはコクコクとうなづいた後、
「ちなみに……アンゴさんはいくつくらいからそういう……た、対象になるんですの?」
初めて猥談する中学生みたいな嬉し恥ずかしなテンションで尋ねてきた。
「まぁー20歳くらいかな」
学生時代付き合っていた彼女がそれくらいだったし。
アレより若いとキツイな。
「ほ、ほーーーっ! そうなのですね! …………ちょっと年増好きでありませんこと? 20歳なんて経産婦か行き遅れの年頃ですわよ」
「お国の違いってやつだな。うちの国では男も女も30歳くらいで結婚するのが一般的なんだ」
俺の言葉にシンシアは何やら考え込んでいる様子。
せっかく年齢の話だし聞いておくかな。
「で、君はいくつなんだ?」
「わ、私ですかっ!?」
いや、この流れだったら聞くところだろ。
まだ年齢を聞くのがタブーな年頃ではないだろうし。
なのにどうして目を泳がせしどろもどろするのか。
「え、えーと…………じ、19歳?」
「俺に聞くなよ」
「じゅ19歳! 19歳ですわ! 花も恥じらう年頃の乙女ですわ!」
…………あやしい。
絶対もっと幼いだろ。
いつも落ち着きがないし、色気もないし。
精神年齢メアリよりも幼そうだもん。
「そっかー、19かー」
「ええ! 19歳! 残念でしたわね、アンゴさん! あなたの興味の対象からは外れておりましてよ! ホホホホ、一安心ですわー!」
高笑いしてるけど、誤差だぞ。
つーか、1年以内に対象になるってことだけど大丈夫————————って……
俺は頭を抱えて俯いた。
「どうしたんですの?」
「いや……寝不足だからしんどいだけ」
一年後…………当然のように俺の近くにシンシアがいると考えていた。
でも、そうとは限らない。
この子が悪い人間に悪用されないようにと連れて逃げ回っているけど、この関係が終わる日はいつ訪れてもおかしくない。
ハタチになったら結婚して子どもを産んでるのが普通の世界でいつまでも俺みたいな得体の知れない異世界の住民と旅するわけにはいかないだろう。
たとえばシンシアが恋をしたり、良い条件で嫁にもらってくれる相手が現れたらその地に留まりたいと思うことだろう。
そうなったら俺は止められない。
シンシアにありったけの軽油を作ってもらって、俺は一人、どこか知らない場所を目指してエルドランダーと走る。
そんな未来はいつ訪れてもおかしくないんだ。
「眠いならお眠りになって。晩餐には起こしますわ」
「そうだな……おやすみ」
それから俺は寝付くまで、寂しさと悔しさが混じった感傷に胸を引っ掻かれ続けた。
恋愛感情も性欲も抱く気にならないオモシロ令嬢がどうしてこんなに俺の中で大きな存在になってしまったのか。
快適で便利なエルドランダーのキャビンで現代日本の食事に舌鼓を打っているアイツが俺の日常の一部になっている。
彼女いない歴も長いし孤独に対する耐性は結構ある方だと思ってたけど、案外情けないもんだな。
「————起きろ、オッサン」
俺を起こしたのはシンシアではなくランスロットだった。
「なんだよ、用事が終わったのか?」
「これからだよ。シンシアを連れてエルドランダーに戻ってくれ。すぐに出発できる準備して、な」
屋敷につくなり放っておいてずいぶんな扱いじゃないか、と詰め寄ろうと思ったがやめた。
ランスロットが真面目な表情をしていたのもそうだけど、首の下に軽装鎧を纏っていたからだ。
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