第33話 レパント伯爵領〜誤解〜

 空が白み始め、部屋の窓から光が差し込んでいた。


「髪はおろしといた方がいい。あと、首のお肉をつねって」


 俺はメアリに事後感を演出している。

 完全にド変態行為だが、アリバイ作りは重要だ。


「お気遣いありがとうございます。はじめてのお客様がアンディ様のようにお優しい方でよかったです」

「ん…………そうか」


 ぶっきらぼうに答えて、俺は鞄から取り出した紙の束を彼女に渡す。

 それを見た彼女は目を丸くした後、頬を赤らめる。


「こ、これってなんですか!?」

「美術品」


 という名のエロ漫画。


「この絵を価値の分かる人間に売りつけなさい。少しは君の暮らしの足しになるかもしれない」

「い、良いのですか?」


 戸惑う少女に無理矢理エロ漫画を掴ませる。

 正直、俺の厳格な倫理観ではこれすらアウトなんだが今俺のできることはこれくらいだから。

 違法コピーの無断配布だがきっとこのエロ漫画を書いた漫画家もオカズに使われるより有意義な使い方をされたと喜んでくれるだろう。知らんけど。


「悲惨な状況だってこういう物好きにたまたま出くわしたりするのが人生だから。強く、したたかに生きていくんだよ」


 願うような気持ちで言い聞かせた。

 俺のこの行動が少しでもこの哀れな少女を救えれば、と。



 ドアを開けると昨日の男が立っていた。

 メアリはペコリと頭を下げて彼の後ろにつく。

 男はニヤニヤしながら俺に、


「具合はいかがでした?」


 と尋ねてきた。


 こんな子どもを差し出しておいて悪びれる様子もない。

 殴りつけてやりたい気分だが、メアリとの約束を優先する。


「そりゃーもう! すごかった! すっごかったよ! 張り切りすぎて腰が痛い痛い! このままこの子を持って帰りたい気分さ!」

「そ……そこまで喜んでくれるとは……あ」


 男は若干俺に引いているみたいだがこれも彼女の評判を上げ少しでも待遇を改善するため。

 俺は喜んで道化になるぞ。


「いやー溜まってたから凄かったわ。ドックドク欲望吐き散らかしたけど丁寧にお掃除してくれるし本当に良い子! こっちも夢中になってむしゃぶりついちゃったよ! 穢れを知らない無垢な少女は良いねえ! こんなの知っちゃったら他の女とかどうでも良いわ! 美人風のツレなんてどうでもいい! メアリちゃんさいかわ! 正義っ!!」


 キャラじゃないが、こちとら気高きブラック営業マンだ。

 道化を演じろと言うならどこまでもやってやる。

 鼻の下を伸ばして、腰をヘコヘコやりながらはしゃぎ回るくらいワケない。


「あ、あのー旦那……それくらいで……」

「なんだよ、ノリ悪いな。とにかく俺はこのメアリちゃんにゾッコンでズッコンバッコンなんだから! 俺の子産まない? 大切にするよっ!」


 ふぅ…………これくらいやればメアリの評判も良くなるだろう。

 めでたしめでたし————————いっ!?



「……………………」


 ドアを開けたまま部屋の中で話していたから死角になって気づかなかった。

 すぐそばにシンシアがいたことに。


「シン————いやっ、これは違ってね! 何もしてない……というわけではないけど」

「……………………」


 足元に生糞が落ちていたらこんな感じになるよなーって表情で俺を蔑むシンシア。

 これはどう考えても誤解している。

 かと言ってメアリを抱いてないことがバレたら彼女がどんな目に遭わせられるかもわからないし、とにかくここはまずい。


「本当のこと話すからちょっとこっちに来て————」


 パァン!


 シンシアに手を伸ばしたら思いっきり叩きおとされた。

 ジンジンと手の甲が痛むが、そんなことどうでもよくなるくらい彼女の視線は冷たく痛い。

 気圧された俺にトドメを刺すように暗い声で、


「触らないでくださる。穢らわしい」


 と言い放った。


 あまりの空気の悪さにゲスな召使いもそそくさとメアリを連れて去ろうとする。

 しかし、メアリはその手を振り解いて俺のそばにきて、小声で囁く。


「ありがとうございました。この御恩は一生忘れません……」

「なーに……人として当然のことをしただけさ。シンシアもすぐ分かってくれる」


 かなり言葉を尽くさないといけなさそうだけどな……とにかくコイツらがいなくなったらシンシアを部屋に連れ込んで————



 チュッ♡



「ふぇ?」

「まぁ!?」



 俺の頬にメアリが唇を押し当ててきた。

 キスと認めていいか怪しいくらい不器用で不慣れなそれだったけど完全に虚をつかれたせいで狼狽えてしまう。

 マズイこれでは子どもにチューされて喜んでるロリコンそのものじゃないか!


 そんな俺を見てメアリはクスリと笑い耳元で、


「次にお会いするときは、ちゃんと気持ち良くしてくださいね」


 と囁き、ご丁寧にシンシアにペコリと一礼して頭を下げてから駆け去っていった。


 呆然としつつ一連の動きの鮮やかさに感心してしまっている。


「あの子、案外たくましくやっていくかもな……」


 と漏らしてしまう。


 とにかく、メアリのこれからの人生が少しでも光当たるものになるようささやかながら祈ろう————


「キッッッショイですわ!! クズですわ!」


 こちらの感傷を踏み潰すようにシンシアが地団駄を踏んでいる。

 コイツも美少女なんだけどいちいち動きがコミカルなんだよなぁ。

 残念ながら色気ではメアリの方がいくらか上だな。


「今、とんでもなく失礼なこと考えてらっしゃる?」

「…………ソンナコトナイヨ。いや、話を聞いてくれ。さっきのは芝居でなにもなかったんだ。詳しくは部屋の中で話すから」

「へ、部屋の中ですか!? あの少女に続いて私まで慰み者に!!」

「ブッ、ハハハハハハハハ!! ヒーっ、ナニ心配してるんだよ! 自意識過剰お嬢様め!」


 めっちゃ笑ったらシンシアは思いっきり拗ねて部屋に閉じこもってしまった。


 その後、誤解を解くまで半日を要することになるのだった。

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