第32話 レパント伯爵領〜覚悟〜

 コンコン、とドアを叩く音がした。

 既にパンツ一丁の半裸なので少しだけドアを開け外を覗くとさっきの男が女を連れて立っていた。

 なるほど、こっそりというだけあって群青色のドレスの上に白いマントを羽織ってフードを目深にかぶっている。

 てるてる坊主のような姿だが、微かに見える口元の桜色の唇とツンと高い鼻梁だけで美人と分かる。


「最高かよ、異世界」

「へ?」


 いかん、思わず本音が出てしまった。


「なんでもない…………本当に良いの?」

「ええ。好きにしてかまいません。ああ、ですが壊すのだけは勘弁してくださいよ。勇者様のお連れ様ですから大丈夫だと信じておりますが……」

「安心しろ。俺はかわいそうなのは抜けない系純愛イチャラブ大好き組だ」


 焦らすんじゃない。

 もう辛抱たまらんことになってきたんだから。


「へへっ、じゃあ、可愛がってやってください」


 女が部屋に入ると、俺はドアを閉めて鍵をかけた。



 …………レェッツ! パーリィイイイイイイ!!!


 ガバッ! と俺は背中から白マントの女を抱きすくめた。


「ヒッ……!」


 怯えるような声を上げる女。


 なるほど。生娘感を演出しているんだな。

 さっき俺が漏らした性癖をちゃんと組み込んでくれるなんて素晴らしい嬢だ。


「大丈夫。優しくしてあげるから、全部俺にまかせろ」


 そう耳元で囁くと甘いような酸っぱいような香りが鼻腔をくすぐった。


「ほ、ほんとに……」

「あたりまえだろ。セックスってのは女を悦ばせるから楽しいんだろうが。こういう仕事をするなら覚えておきな。男は気持ち良くしてくれる女より気持ちよがってくれる女の方が好きなんだぜ」

「じゃ、じゃあ……精一杯、気持ち良く……な、なります」


 ヤベえ……


 あんな胡散臭い女衒のような男が連れてくるからどんなにふてこい毒婦が来るかと思いきやメッチャピュアじゃん。


 演技? 芝居? 全然オッケーだよ!

 俺を悦ばせるために手練手管使ってくれるなんて最高のおもてなしじゃないか!


 さーて、ヨガりまくって顔が崩れる前にそのご尊顔を拝見しておこうか!!



 バッ、と白マントを剥ぎ取り女の肩を掴んで向かい合った。

 俺の目に飛び込んできたのは絶世の美————


「…………いっ!?」


 思わず、たたらをふんで後退した。


 だって……白マントを剥いで露わになった女はどう見ても……ローティーンの少女だったからだ!!

 シンシアよりも明らかに若い!!


「ど……どうしました? わ、わたし何かご無礼を!?」


 怯えながらひざまずく少女。


 たしかに金色の髪に陶器のような白い肌。

 宝石のような青い瞳に薄い桜色の唇。

 まちがいなく美少女だ。

 ファッションブランドのポスターに使われていてもおかしくないド級の美少女だ。

 だけどなあ!!


「子供服着ているような年代の子供にナニできるわけないだろうがああああ!!」


 俺は床に突っ伏してゴンッ! ゴンッ! と頭を打ち付けながら叫んだ。

 怒りと悲しみに満ちた咆哮だった。

 俺の期待を裏切りやがってーーー!!


「あ…………あの……頭大丈夫ですか?」


 心配してくれてるんだろうけど煽られているようにしか感じねえよ。


「頭が正常だからお嬢ちゃんを取って食わないの。お兄さんは紳士なんだ。さっさとお帰り」

「そんなっ!? 優しくしてくれるっていったじゃないですか!」

「これ以上なく優しいだろうが! 俺はロリ嗜好まったくないんだよ! さっき抱きついたことですら罪悪感でいっぱいだ! ゴメン! ちくしょう! クソ召使いが! ランスロットに言い付けて酷い目に遭わせてやる!」


 瞬間、少女が真っ青な顔になって俺にしがみついてきた。


「お願いです! それだけはご勘弁ください!! お客様のご機嫌を損ねたなんて知られたら生きていけません!!」

「生きていけないって……大げさ————」


 ……じゃないんだろうな。

 涙目で見つめてくる少女の瞳は真剣そのものだ。


 腹は立つし、このやるせない気持ちのやり場に困るけど、かわいそうな女の子の人生にトドメをさすほどのことじゃない。


 少し冷静になれた俺は服を着直して、少女に話しかける。


「分かった。こうしよう。君はちゃんと俺のお相手をした。俺は満足して仲介してくれた男にも感謝している。そういうことで口裏合わせておこう」

「良いん……ですか?」

「スケベ心出したのは事実だからな。子どもに手を出したくらいの汚名は引き受けてやるよ。ま、俺の名声なんて減るような物じゃないしな」


 そう言って笑い飛ばすと少女は安堵してようやく強ばらせた顔を緩ませて微笑んだ。


「あ、あの……今出て行くとあの人にバレてしまうので」

「分かってるって。朝までここにいて良いよ」


 俺も早漏とか思われたくないし……



 ダブルベッドに少女と寝そべりながら身の上話を聞いた。


 少女の名前はメアリ。

 元々はレパント伯爵の領内の小さな町を治める貴族の娘だったらしい。

 惜しみなく愛情と贅沢を与えてもらっていた彼女の人生が暗転したのは一年前。

 父親が急逝したのだ。

 本来なら蓄えた貯蓄や遺族への見舞金などで遺された家族は細々と生きていけるらしい。

 しかし、生前のさまざまな悪事が明るみに出てその賠償と罰金で屋敷も財産もすべて召し上げられてしまった。


 母親は病弱な上、世間知らずのお嬢様。

 弟妹はまだ幼く、先の不祥事のせいで養子や奉公人としてのアテもなく、このままでは飢え死にするしかない————となったところにレパント伯爵がメアリを奉公人として屋敷に招き、家族が食べていけるくらいの給料を与えてくれると言ってくれたのだ。



「で、そのお仕事が伯爵家に訪れるお客さまのお世話ということか」

「ハイ…………自分のお役目がそうだと知った時は怖かったですけれど、辞めるわけには行かなかったから……先輩方にいろんなことを仕込まれて、今日がはじめてのおしごとでした」


 マジか……俺がロリ耐性皆無で良かったな、とそんな簡単な話でもないか。

 俺が手をつけずにリリースしても早晩、この子は客を取らされる。

 儚げで美しい少女だ。

 手足が伸びきる数年後には絶世の美女となるだろう。

 だがその美しさも貧困という鎖で繋がれてしまっている状態では食い物にされるだけ。


「どうすれば君を助けてあげられる?」


 何の計算も覚悟もない安易な言葉が口をついて出た。

 メアリは驚いたように目を丸くした後、愛想笑いをして言う。


「お世話係の方に『メアリは良かった』と伝えてください。評判が良ければ待遇が良くなるみたいなので」


 薄っぺらい、どうしようもない薄っぺらな正義感を振りかざした自分を恥じた。

 彼女は運命を受け入れている。

 翻弄され、それしか残っていない選択肢だったのだろうが、彼女は覚悟を持って生き方を選んだんだ。

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