第23話 カレーなる運命の解説

 カレーが家庭料理として最高の人気を誇るのは単純に美味しいのもあるが調理しやすいというのも大きな要因だと思う。

 玉ねぎ、にんじん、じゃがいもは腐りにくく家に備蓄しやすいのに加え、カレールゥがあれば誰が作っても味はさほど変わらない。


 冷凍していた肉を鍋で炒め、適当にざく切りした野菜と加えて塩胡椒。

 水を加えて2、30分煮込む。

 この待ち時間を使って、ランスロットに事情を説明する。


「なるほどなぁ。異世界の兵器と言われればあの性能も納得だな」


 ランスロットは腑に落ちた様子でうなづいた。


 ディアマンテスを倒した俺たちはすぐにあの場を離れた。

 ゾンビたちは生者がいなくなればすぐに共食いを始めるらしい。

 街道にゾンビ発生の警告を出しておけば、あの宿場町には誰も近寄らず事態は沈静化するとのことだ。


 落ち着いたところで俺は食事をしながらランスロットに事情を説明することにしたのだが、シンシアと違って、彼は疑り深かった。

 最初は他国の商人と偽っていたが、すぐにボロが出てしまいエルドランダーもシンシアの能力も見られてしまっては今更隠し立てする必要もないかと思い、洗いざらい事情を説明したのだ。


「ま、オッさんの方針は正しいと思うよ。エルドランダーもシンシアも禁断認定される代物だ。公にバレたら国に接収されてアンタは拷問に掛けられて処刑だ」


 シンシアは今、エルドランダーの給油のために社外に出ている。

 彼女は上手く嘘をつけるタイプではないし余計な情報を入れないことが彼女自身の為になると判断して俺はランスロットと二人きりで話すことにした。


「なかなか野蛮な仕打ちだな。さすが異世界」

「ちゃんと自ら出頭したら賓客として扱ってくれるさ。まあ、エルドランダーとシンシアがどうなるかは保証できないけどね」


 こういうことをわざわざ教えてくれるというのはランスロットにその気はない。

 もしくは弱みを握って強請ろうとしてくるつもりか……


「警戒しないでよ。悪いようにはしないさ。お陰で命を救われたし、アレも奪われずに済んだ」


 あどけない顔をしているくせに心の内を見透かしてくる。

 現代日本では苦労人を自負していた俺だけど、日常的に命のやりとりしてるヤツにはかなわんな。


「そのアレってなんだよ。お前の言うとおり引き摺っても問題ないって言うから牽引してきたけど」


 小一時間エルドランダーで引き回したが、包んである布は解けることなく、中身も無事なようだ。


「エルドランダーやシンシアと同じ、禁断認定の品だ。分類上は一応————」

「オーケー、分かった。詳しくは聞かない。さっさと持って帰ってくれ」


 面倒ごとはゴメンだ。

 俺はただエルドランダーと平和に暮らしたいだけだったのに。


「アハハハ、既に面倒ごと満載だからこれ以上抱えたくないってのは分かるよ。特級禁断認定間違いなしの荷物を二つ抱えて、戸籍も身分証明書もない身空で混沌渦巻くこの世界で頼れるものもなく生きていかなきゃならないからなぁ」


 ニヤニヤと笑うランスロット。

 さあ、救いの手の代わりにどんな面倒ごとを課してくれるのかね。


「何をしてほしいんだ?」

「そんなに警戒するなよ。俺は勇者様だぜ。強請ったり悪事の片棒担がせたりしないって。ちょっと行きたい場所があるんだけどさ、コレで乗っけて行ってほしいんだ。そして現地に数日滞在して、ヘリオスブルグの自宅に帰ってきたらあの美術品の代金と合わせて、戸籍をくれてやる。アンタとシンシア二人分のな」

「戸籍だって? そんなことできるのか?」

「フフン。まだ俺の凄さ分かってないんだな。俺は運命で定められた勇者なんだ。この国では勇爵位をもらってる。名ばかり貴族だが権限は行使できるんだ。ついでに目的地への通行証も出してあげる」

「ちょ、ちょっと待った。至れり尽くせり過ぎて逆に怖いんだが」

「そうか? このエルドランダーは早馬以上の高速で長時間疾走できる。何日もかかる道のりを数時間で行けるってことは時間を買えるようなものだろ。俺の一日は100億以上の価値があるんだ。紙切れの2、3枚喜んで書いてあげるよ、ウチの執事が」

「たしかにそうだが……だったら何故もっとこき使わない? 俺からエルドランダーを奪うことだって」

「俺が悪党ならそうしたかもしれないな。いや、しただろうな。シンシアを拷問して燃料造らせて、ってね。だけど俺は勇者だ。【運命】に背く生き方はできないんだよ」


 またこのワードが出てきた。いいかげん詳しい解説を聞かせてもらおうか。


「その【運命】ってのはなんなんだよ。エルドランダーがこっちの世界に来るときにそれを神様にもらったとか言ってたけど」


 俺の質問はとても程度の低いモノだったのだろう。ランスロットは呆れ返ったように椅子にもたれた。


「ああ……どおりで話が噛み合わないわけだ。シンシアには聞かなかったのか?」

「彼女は超がつくほどの世間知らずのお嬢様」

「ああ〜〜」


 合点が入ったようなランスロットは仕方ないな、と前置きして解説を始めた。


「運命って本来の言葉の意味は分かるよな。神様が書いたシナリオのことだ」

「ちょっと待て。最初から意味わからん。神様? シナリオ?」

「この世で起こる物事の全ては神様が予め定めてあって、俺たちが自我だとか偶然だとか認識しているものも全部神様は分かっていることなんだ」


 予定説、みたいなもんか?

 この世界の神様が俺らの世界の神様と同じだとは思えないが人間の作る宗教観というのはどうしても似てしまうのか。


「で、運命に沿って俺たちは生きているわけだが、神様はシナリオとしての運命の中に規格外の存在を放り込んでいるんだ。それは天下を制する覇王だとか、一騎当千の剣聖だとか、この世すべての悪を担う魔人だとか。一般的な生物の能力を遥かに上回る存在だな。そいつらの事を『運命持ち』と呼ぶ。シナリオを回すために神様から特別な役を当てられた選ばれしものってことだ」


 ディアマンテスが俺を運命持ちじゃないと吐き捨てていたのはそれか。要するに俺は世の中の情勢を変えることができないちっぽけな存在ということか……


 考えていることが顔に出てたのかランスロットが取り繕うように言葉をかける。


「別に運命持ちじゃないからって卑下しなくていいんだよ! 持ってるやつは城の門番とかでも持ってるヤツいるし、王族で中興の祖みたいに讃えられる名君でも持ってないやつは持ってないし!」

「別にそこまで傷ついていないから安心してくれ……むしろ、俺はエルドランダーのおまけでこっちの世界にやってきただけだからな」

「気にしてないならそれで構わないけど……まあ、【運命】は生まれながらに与えられるものだけれど気づくタイミングは人それぞれだ。気づいた瞬間、川の水が流れ込むように自身の運命の名前とその効果が脳味噌に入ってくる。特殊な魔道具を使えば、その内容を石板に映し出すこともできる」


 異世界マンガでよくあるスキルや職業みたいなもんか。

 だが、そうなるとエルドランダーやシンシアに俺が追放されるヤツだな。


————————————


エル「アンゴ! お前もう車降りろ」

シン「そうですわ!」

アン「な、なんで……俺は運転したり

   料理を作ったり金策したりして

   パーティを支えていたのに!」

エル「そんなの誰でもできるんだよ!」

シン「そうですわ!」

エル「運命持ちじゃないヤツは

   使えないんだよ!」

シン「そうですわ!」

アン「うぅ……やっぱり俺は真の仲間

   じゃないってことなのかぁ……」

シン「そうですわ〜!!」


————————————


「……おいオッサン。まったく関係ないこと考えてるだろ?」


 バレたか。


「いや、まあ大体わかった。要するにその運命とやらを授かったおかげでお前はあんなバケモノたちを倒せるくらい強くなれたわけだ。でも、そんな力を持っていてよく悪用せず人を助ける人間になれたもんだ」

「ま、俺が正義漢だというのは間違ってないけどね、それだけじゃない。運命には誓約を必要とするものがある。俺の『星護りし救済の剣』なんてのはその典型さ。この運命は規格外の戦闘力と天運の強さを与えてくれる代わりに他者を救おうとする意志を俺に要求する。それに応えなければ運命は弱まり、力が失われてしまう。俺の力は俺が誰かを救おうと戦っているからこそ備わるものなんだ」


 なるほど……意地悪く言えばランスロットの【運命】は神のシナリオとやらを遂行するための借り物の力ということか。

 私欲に任せて他者を蹂躙することができないから悪用もできない。

 民を護る勇者といえば聞こえがいいが運命に人生を縛られているとも言えるな。


「だから、俺はアンタに強く出れないの。アンタやシンシアの自由や安全を犯せば誓約破りになりかねないからな。これで安心できたかい?」


 真偽はこの場で確かめようがない。

 実際、ランスロットが暴力で従わせようとしてきたら俺たちに抗う術はないのだ。

 理由はどうあれ、彼の好意的な態度はこちらにとって都合がいい。


 だから疑わないことに決めた。

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