第15話 いざ、王都へ

「さて……と、これで燃料のアテはできたが、結局消耗品だからカタリストが無くなったら終わりだ。というわけで次の目標はカタリストの調達だな」


 食事の準備をしながらシンシアと今後の方針について話し合う。

 パスタを電子レンジで茹でつつ、フライパンでソースを作る。

 ニンニクを切り、オリーブオイルで炒めると食欲を唆る香りが車内に広がった。具は吊るしベーコン。常温保存可能なヤツにしておいたから冷蔵庫を使えなくても痛んでいない。

 それをフライパンに入れてサッと炒める。


「カタリストは国内ではまず手に入らないと聞いていますわ。お父様は特別な伝手があったから取り寄せられたようですけど」

「だったら原産国に買い付けに行く。今のエルドランダーの燃費なら燃料満タンで1000キロは走れるぜ」

「せ、1000ですか……クローリアの大魔術工房まで1500キロくらいですから燃料は十分足りますけど長旅になりますわよ。馬車で片道ひと月は掛かるかと」

「休みながらでも三日あればそれくらいの距離は走れるよ。エルドランダーは伊達じゃない」


 ピーっ、ピーっ。と電子レンジから音が鳴った。中からパスタ茹で器を取り出し、軽めに湯切りをする。

 すぐさまフライパンにパスタを放り込み、その上に瓶詰めのクリームを入れる。

 パスタによく絡むように和えてやって卵黄を落とし、粗挽きのブラックペッパーをまぶして最後にもうひと和えして完成だ。


「はい。カルボナーラ風クリームベーコンパスタ。お待ち!」

「キャアアアア! 見るからに美味そうなヤバいヤツですわ〜!」

「それと、冷蔵庫が復活したのでようやく出せるキンキンに冷えたジンジャエールだっ!」


 瓶入りのジンジャエール。

 ぬるいと飲めたものじゃなかったから文明の利器のありがたみを感じずにいられない。


「最高ですわっ! エルドランダーさんはもはや走るお屋敷ですわ!」

『もったいなきお言葉です、お嬢様』


 心なしかエルドランダーも機嫌が良い。

 まあシンシアは命の恩人みたいなものだからな。

 彼女も根に持つタイプでもないので、もうすっかり打ち解けている。

 得難い人材を得たことに感謝しつつ、目の前の食べ物に向かって手を合わせる。


「じゃあ、いただきます」


 と言って、俺は食べ始めたが、シンシアがキョトンとした顔で見つめてくる。


「シンプルな祈りですわね」

「俺の国ではこうなんだよ。動物や植物の命をいただいて自分たちは生きているということの自覚と感謝を示す深い言葉なんだぞ」

「へえ、じゃあ私も……いただきますわ」


 と言って、フォークにパスタを絡め取り、ひと口大になったところで口に放り込む。

 きっと彼女の口の中ではアルデンテの歯応えとともにまろやかなクリームソースの味と香りがシンフォニーを奏でていることだろう。


「うんまいですわ〜〜♡ 濃厚なお味と心地よい食感! カリカリのベーコンは噛めば噛むほど味が滴りますしずっと食べ続けていたいですわ!」


 シンシアお嬢様の食レポいただきました。満足。


 しかし……最初は飢えているから美味しそうに食べるのかと思っていたがどうやら単純に感激屋のようだ。

 まあ、喜ばれて悪い気はしない。

 マンガの転生者たちがマヨネーズやら醤油やら作ってパーティメンバーに振る舞う気持ちが分かるってもんだ。


「さて、あとはカタリストを買うために金を用意しないとな。どれくらいの値段なんだ?」

「さあ……でも、これだけのカタリストを買おうと思えば相当な金額を用立てたと思いますわよ。ローゼンハイム没落の一因はお父様が生前遺した借金にもありますもの」

「貴族の家が傾くレベルね……そう考えると安易な使い方は避けないとな」

「やっぱり、金貨か何かを飲み込みましょうか?」

「ダメだって言ってるだろ。贋金作りはリスクが高すぎる。一応、俺に考えはあるんだ。金持ちの道楽者と会える場所とか知っているか?」

「そうは言われましても私、あまり外に出たことがないくらいで……あっ、一人だけ思い当たりましたわ!」


 ぽん、と手を叩くシンシア。満面の笑みで、


「私が嫁ぐ予定だったグレゴリー家のエドワード様ですわ! 大金持ちのうえに若手の芸術家のパトロンをされたりしていらっしゃるんですって!」


 とのたまった。俺は思わず目頭を摘んだ。


「あのなあ……自ら虎の穴に飛び込むつもり? そのエドワードとかいうのが君を嫁にもらおうとしたのは君の能力を欲しがってのことだと思わないか?」

「でもこの力を知っているのはお父様とアンゴさんだけですから」

「君が知ってる限りだろ。とにかく近寄らない方が無難だ」

「もうっ! 案外、文句が多いですのね!」


 最低限の危機管理だと思うんだけどな……


「じゃあ、この辺りで一番大きな街は?」

「それでしたら、やはり王都ヘリオスブルグですわよ。国どころか大陸で一番大きな都ですから」


 王都、か。

 現代でいう首都、って置き換えて問題ないだろう。

 そういう街なら金持ちや物好きと出会う可能性は上がる。

 最初からこう聞けば良かった。


「じゃあ行こうぜ! ヘリオスブルグ!」

「よろしくてよ!」


 食べ終わったパスタの皿を水を張った鍋に漬けると、BGMをカーステレオで再生しながら洗い物を始める。

 スピーカーから流れる元気が出る感じのアイドルポップに「ふふん、ふふん♪」とシンシアの少し調子の外れた鼻歌が混じってきたので思わず頬が緩んだ。




 そして三日後————


 シンシアの言うとおり、ヘリオスブルグは凄まじいほど巨大な都だった。

 黒い煉瓦で造られた10メートル近い壁で覆われた城塞都市。

 この壁の向こうにはどんな華やかで活気ある街並みが広がっているのだろうか。


 ワクワクしながら門に向かう俺とシンシアだったが————



「通行証。持っていない者は通れないぞ」

「えっ……?」


 鎧を纏う大柄な門番が呆れたように説明してきた。


「王都は不逞の輩が侵入しないように入場を制限している。貴様の住んでるところの領主様に通行証発行してもらってから出直してくれ。はい次」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 初耳の情報に面食らった俺は責めるようにシンシアを睨む。

 なお、彼女はキョトンとした顔で首を傾げているだけだ。


 仕方ない。商品として持ってきたアレだがここは一つワイロとして握らせて————


「おうぎゃあああ!! オオオオオ俺の腕がああ!!」


 別の門番に話しかけていた男が手首を切断されてのたうち回っている。


「貴様ああああ!! 栄光ある王都憲兵の私にワイロを渡すなど万死に値する!! 見損なうなよ! 下郎!!」


 手首を切られた上にボッコボコにされている男を見て背筋が凍りつき、取り出そうとしたブツをそっとカバンに戻した……



 こうしてヘリオスブルグに着いたものの俺たちは文字通り門前払いされて途方に暮れるのだった。

 

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