第14話 お嬢様、やっぱり飲んでください
さて、エルドランダーの高圧的な態度にシンシアはどう反応したのかというと……意外にも沈み込んでいた。
「うぅ……私だって飲みたい気持ちはありますのよ。エルドランダーさんのおかげで実家に戻ってくることもできましたし。ですけどマズくてマズくて……」
『マスター、無理矢理飲ませてください』
「黙ってろ、中古キャンピングカー」
自分の身を守るためか、俺の身を案じてか。
どちらにせよ、シンシアの感情なんてのはノイズ程度に考えているのだろう。
実に機械的だ。
さて……無理矢理飲ますのはそう難しいことじゃない。
だけど、それをやったらシンシアとの関係は最悪なことになるし、俺は野蛮なファンタジー世界の悪党の仲間入りだ。
「ま、あまり強くはお願いできないな。いいよ、シンシアさん。無理しないで」
「うぅ……申し訳ありませんわ……」
「むしろこっちが悪かったよ。お詫びに良いものを聴かせてあげるよ」
俺はスマホをいじった。
すると、カーステレオから流麗なピアノの演奏が流れてきた。
シンシアは驚き宙を見回している。
「こ、これはなんですの!?」
「えっと、ドビュッシーのアラベスクって曲だな。綺麗な曲だろ」
J-POPはハマるか分からなかったからクラシックを選んだ。
狙い通りシンシアはウットリとした表情を浮かべている。
「素晴らしいですわぁ……ピアノの演奏は聴いたことがありますけど、こんな美しく心が洗われるような経験は始めてですのよ」
「そりゃあよかった。他にも何百曲か聴けるよ。ああ…………でもな」
俺が渋い顔を見せるとシンシアが不安そうに尋ねてきた。
「もう、聴けないんですの?」
「ああ。これも電気で動いているからね。エルドランダーの燃料を使わないといけないからあまり多用できない。シンシアさんにもっと俺の世界……国の文化とかを知ってほしかったんだけどなー」
と、これ見よがしに呟いた。
チラ見するとシンシアは「うーーーん」と唸りながらしばらく考え込んでいる様子。
「……アンゴさん。その電気とやらが使えるようになったら他にも何かできますの?」
「そうだな、ホットプレートや電子レンジが使えるようになるから調理の幅が広がる。音楽だけじゃなく、映画っていう劇も観れる。電熱でお湯が作れるからシャワーも浴びられるし、エアコン使い放題だから涼しくも暖かくもできる。冷蔵庫、冷凍庫では食材を冷やせるし、他にも」
「わかりましたわっ!!」
シンシアは膝を叩いて声を張った。
「覚悟決めましてよ! ちょっとマズいくらいで手放すには惜しすぎる暮らしですもの!」
ガッ! とグラスを掴むシンシア。
やったー、計画通りぃ! 見てるー? エルドランダー? 交渉ってのはちゃんと先に幸せな未来を示してやらないとな!
エルドランダーは音声を発さない。
その代わりモニターに『悪い男……』と表示してきた。
軽油の入ったグラスを持ち、呼吸を整えるシンシア。
「っ……あの、アンゴさんっ! 申し訳ありませんが私の身体を拘束してくださる? 自分で飲もうとすると無意識に避けてしまいそうで……」
「分かった。大丈夫。苦しいのは最初だけだから」
そう言って俺は彼女の背後に回り、左腕で彼女の身体を腕ごと押さえつけた。
「え……え、えっ……あ、あの……アンゴさん? こ、これは拘束というより、抱擁の類で……」
「嫌か?」
「いっ………イヤとかそういうのじゃありませんけど、でも胸に腕が————ンンッ!?」
俺は彼女の唇にグラスの縁を当てて軽油を流し込んだ。
「うぅんーーーーっ! まず……んんーーーーっ!!」
ジタバタと動こうとするシンシアをしっかりと押さえつける。中学・高校の新聞配達。大学は引っ越し屋。ガキの頃から身体を使って金を稼いできたんだ。単純な膂力は同世代平均よりかなり高い自信がある。
「っぷ……」
シンシアは頬を膨らませている。
吐き出さないよう堪えているが喉には落とし込めないようだ。
危ないので手で口を押さえてやる。
「ほら。もうすこしだよ。そのニガくてマズいやつ、一滴残さずゴックンしようねー」
「ん……んぅ……♡」
よしよし、良いカンジ。
ここで顎を上げさせて、無理矢理喉に落とし込む。
「ムーーーーーーーっ!!」
ゴクゴクっ……と、シンシアの喉が鳴り、膨らませていた頬が萎んでいった。
「ま……まっずい! マッズい! マズすぎて吐きそうですわぁーー!!」
「はい、お口直しの玉露だよ」
「いただきますわっ! アツッ!」
シンシアはのたうち回った後、熱い玉露を呑んで平静を取り戻した。
マズかった以外に体調不良を口にしないし、顔色も変わらない。
自分で言ったとおり特殊な体質なのだろう。
「ふぅ……アンゴさん、意外と強引でいらっしゃるのね……」
「すまない。反省している」
後悔はしてないけど。
「んんんーーーっ! でも乗り越えましたわ! これでこの軽油とやらは解析完了しましたの! 【マジェスタ】!」
パチン、と指を鳴らすシンシア。
するとビーカーに入れてあった5グラムのカタリストが300CCの軽油に変わった。
「なかなかの変換効率ですわね。持ってきたカタリストが有れば数百リットルの軽油が作れますわよ」
俺はグッと手を握り込んだ。
これで燃料問題は当面解決した!
「ありがとう! シンシアさん! お陰で生きていけそうだ!」
真っ直ぐ目を見てお礼を言ったらシンシアは照れ臭そうに頬をかいて言葉を返す。
「あの……その他人行儀なさん付け、おやめくださいな。私はもうローゼンハイムの家から出ましたし、燃料を作る仕事もしますからまるっきり居候というわけでもございませんし……」
「じゃあ、シンシアって呼ぶよ」
「いっ!? 順応早すぎでしてよ!」
「内心、ずっと呼び捨てだったし。俺の方こそいつ呼び方直そうか悩んでたんだ。君から言い出してくれて助かった」
ケラケラと笑うと彼女は呆れたように、
「ホント、かないませんわ」
と呟いて苦笑した。
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