第11話 色物お嬢様と思いきや劇物お嬢様だった件

 伯爵の直轄地。

 伯爵が知事みたいなものなら現代でいうところの県庁所在地だろう。

 だが、その街はお世辞にも活気があるとはいえなかった。

 建物の雰囲気で言えば昔のヨーロッパ風建築というところで頑強そうな石造りの家が建ち並んでいるがドアや窓はボロボロな家が多く街路にはゴミや排泄物が撒き散らされている。

 外を歩く人々はまばらで表情も暗い。

 活気に溢れている様子はなく、薄曇りの空が似合う寂れた街だ。


「あまり良い統治はされていないみたいだな」

「お恥ずかしいですわ……ほんの数年前まではもう少しマシな街でしたのに」


 俺とシンシアは街から離れたところに車を置いてきている。

 シンシアの魔術のおかげで背景に溶け込むようにはしているが、万が一盗難されたり破壊されたりすることを考えると気が気ではない。

 さっさと用事を済ませて戻りたいのが本音だ。


 コソコソと人目を盗みながら街を早歩きで抜け、ローゼンハイム家の工房に辿り着いた。

 無機質な直方体の建物は磨き上げられた青黒い石でできておりその表面は鏡のように像を映す。

 その上、石と石を繋いだ後が見えずまるで一つの石から掘り出したような建物だった。

 さらに驚くべきはその扉だ。鉄でできたその扉はドアノブはなく、シンシアが掌を押し当てて、

「シンシア、入りますわ」


 と言うと自動的に引き戸のように横に開いた。

 魔術的な仕組みらしいが、音声認証機能付きのドアにしか見えない。

 高度に発展した科学は魔法と区別がつかないらしいが、その逆も然りなんだな。


 内部も中世ファンタジーというより、サイバーパンク的な様相だ。

 ガラス張りの巨大なカプセルには大小の管が何本も取り付けられていて周囲のタンクやらモニターに繋がっていたり、何らかの装置と思しき筐体が何十個も並列で接続されている。


「お父様の錬金術は主流とは大きく異なるものでしたの。現代錬金術の基礎は200年前に体系化されたラーマ錬金学にあるのに対し、父は1000年以上昔、王国が誕生するより遥か昔アルマゲイト以前の古代錬金学を元に独自研究を進めていらっしゃいました」

「アルマゲイトって?」

「人類史の始まりで神代の終わりとされる出来事ですわ。それまで人類と神様は共存していたらしいですが、人類の数が増えすぎたことから神様は王家や神教会の人間に【人類統治】の運命を授けこの世をお去りになられたというお話ですわ」


 典型的な王権神授説って奴か。

 それに【運命】……エルドランダーが転生特典で授けられたアレだな。

 魔術だのモンスターだのはなんだかんだで俺の世界と地続きの存在だ。

 だけど、エルドランダーに起こった変化を見ると【運命】とかいうヤツは説明がつかない。

 無機物が経験を元に進化し、性能を引き上げたり機能を増やしたりなんてアインシュタインが舌を噛み切るレベルの物理学否定だ。


「と、説明はさておき……さっさとお目当てのものを持って行ってしまいましょう。現当主もこの工房に入れますからね。出戻ってきたことがバレたら大変ですわ」


 ……と、言ってもな。

 薬品の入った瓶が並んだ戸棚とかあるけど、瓶に書かれている文字が読めない。


「シンシアさん、この薬品はなに?」

「それはオハーブリリアントエタモッセですわ。エタモッセ科の植物が草食オークの胃の中で消化されずに胃液で濾され続けたものを取り出し、リリア溶液で溶かしたものでしてよ」


 名前から精製方法までサッパリ分からん。

 ダメだ、仮に苛性ソーダと同一のものがあったとしてその判別方法を俺は知らない。

 こういう工房を手に入れて研究職の人間を何人か雇えばいずれ分かるかもしれないが今の俺は無一文の異邦人。

 シンシアだって社会的に死亡中だ。


 無駄足だったか、と諦めかけたその時だった。


「アンゴさん!! た、大変なものを見つけましてよ〜!!」


 棚に置かれた箱を前にしてシンシアがバタバタと騒いでいる。

 彼女の元に行ってみると箱の中には荒目の塩のような白い粉が入っていた。


「これは?」

「カタリストですわ!! 古代錬金学における万能物質!! お料理で例えるならばお塩!! ドレスで例えるなら糸!! これ抜きに古代錬金学は語れないというくらいに重要なアイテムでございましてよ!!」


 目を爛々とさせ興奮しているシンシア。

 燃料のアテが無くなった俺は消沈していて雑に尋ねてしまう。


「で、それがあると何になるの? ご飯が美味くなるの?」

「もちろん! やろうと思えばできますわ!」


 え、マジで?


 俺が虚をつかれているとシンシアはそのカタリストとやらを手近なビーカーに入れた。


「見ていてくださいまし。ハッ! ホッ!」


 素っ頓狂な掛け声を上げて力を注ぐようにビーカーの上に手をかざしている。


「ムゥーーー……【マジェスタ】!」


 彼女の叫び声に応えるかのようにカタリストが発光し始め、ボコボコっという音の後に小豆色の液体に変わった。

 さらに驚くべきはその量だ。

 大さじいっぱい程度の量だったのに500ccは入りそうなビーカーになみなみと注がれている。


「確かにすごいな」

「そうでしょう。さ、グイッとお飲みあそばせ」

「おう…………グイッ?」


 シンシアが謎液体の入ったビーカーを掴んで差し出してくる!


「さあ、どうぞ! お飲みになって!」

「ま、待てっ!? なんだよこの謎の液体は!!」

「この芳しい香りを嗅いでお分かりになりなせんか!」

「俺は経済学部なんだよ! 化学は分からん! だけどいくら甘い香りがするからって劇毒なんてのは臭いだけで判断できるわけ————ん?」


 なんだ、この懐かしい香り……それにこの色合いは。

 ズズッ…………はっ!?


「ミ、ミ○じゃん! 友達の家の味のミロじゃん!」

「ふふーん、どうですか! これが私の得意魔術、【物質変換】ですわ! もっともカタリストくらい高品質の魔力触媒が無いと使えませんが」


 …………いや、丸顔ツヤツヤさせてドヤ顔してるけど、そんなノリで話していいようなことじゃない。


「シ、シンシア……この魔術って、意外とみんな使えるものなのかな? このカタクリコ? があれば容易に」

「オーッホッホッホッホッホ! アンゴさん。冗談はおよしなさいな。簡単な魔術を操れるだけでも世間では天才扱いされるんですのよ。この物質変換の魔術は100年前を最後に使い手が見つからない幻の魔術、いえ魔法の領域に指を掛ける超高等魔術ですのよ! 特に私はお父様に褒められるくらい優秀ですので摂取したものならばなんでもコピーできましてよ!」


 なんでもって言ったぁーーー! デデーン、アウトー!


「そ、その魔法が使えることを誰かに話したことは!?」

「死んだお父様とあなただけですわ。もっともカタリストがなければほとんど使えませんし大して役に立つものでも」

「そうか! だったら絶対他のヤツには教えるな! 君が人間であり続けたいならな!!」


 俺の剣幕にシンシアはたじろぐ。

 いかん、あまりにヤバいことを軽く扱われたから思わず乱暴になってしまった。

 落ち着いて彼女に自分のヤバさを伝えないと。


「す、スマン。キツく言いすぎた。そのカタクリコ? それは入手可能なものか?」

「我が国ではほとんど出回っておりませんわ。お父様は東の隣国から取り寄せていらっしゃいました。おそらく、これは生前に注文されて最近届いたものでしょう。1ヶ月前にここにきた時にはありませんでしたから」

「つまり、金と経路さえあればいくらでも手に入れられるというわけだ……」


 俺は頭を抱える。

 人助け感覚で拾ったお嬢様がまさかこんな超弩級の劇物だったなんて……


「摂取したものはなんでも作れる? じゃあ、たとえば金貨とかなら?」

「む……ああ! そうでしたわ! カタリストがこんなにあるんなら金や宝石を作り出して売ればビンボーを凌げましたのね! お父様は変な薬品ばかり飲ませるから硬いものを作る発想に至りませんでしたよ! ウッカリですわ〜」


 ……お父様とやらが喜び可愛がるわけだ。

 金の錬成なんて錬金術における究極の到達点じゃないか。

 こんな事を知られたら世界中の人間が彼女のことを手に入れようとしてくるだろう。

 そして捕まったら最後、牢屋にでも放り込まれて鎖に繋がれて延々と金や宝石を産む機械扱いだ。


「とりあえずカタリストは頂戴いたしますわ。これだけあればご飯に困ることはなさそうですわ〜」


 お嬢様が抱えられる程度の小箱に詰められた量でどれだけのことができるのか。

 想像するだけでも恐ろしい。



 結局、カタリストだけを回収して俺たちは工房を後にした。


「シンシアさん。実家もすぐそこだろう。顔を見ておきたい人とかはいないのか?」

「ご心配なく。お父様以外の方とはほとんど縁がありませんでしたから。下手に帰っても再び嫁がされるのがオチですわ」


 ほとんど縁がない、ね。

 本当のことだろうな。

 知らなかったからこそ、この領地は没落しシンシアを他家に嫁がせようとしたんだ。


 シンシアを手に入れたものは巨万の富を手に入れる。

 秩序のバランスを壊すほどの。

 そんな娘が自分のそばにいることはどう考えても厄ネタだ。


 だけど……


「さあ! 行きましょう! アンゴさん! もうこの街に用はございませんわ〜! ご勝手にあそばせ〜〜!」


 ケラケラと笑う彼女を見て、この子を人間の欲望や悪意に利用されるのは嫌だな、と思う。

 世界の平和を守るヒーローになんてなれないだろうが、一人の女の子を守れる男くらいではありたい。

 そう思っていた。


 

 

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