第8話 自分で買わないけど友達の家で出てきたら嬉しいアレ

 初めての異世界人との邂逅。

 一飯の恩があるとはいえ、好意的なコミュニケーションを取れるか心配だったが、


「うんまいですわっ!! 赤土の泥水のような見た目からは想像できないほどに甘くまったりとした口あたり! 何なんですの!? このミ○とかいう飲み物!?」


 自分で買おうとはしないけど、友達の家に行って出てくると嬉しかったんだよな。ミ○って。


「おかわりしてもらってもいいんだけど、俺の聞きたいことに応えてくれるかな?」

「ええ! もちろんよろしくってよ!

 あなた様は命の恩人! 私のできることならなんでもして差し上げますわ!」


 ん? 今、なんでもって言った?


 いかんいかん。はしゃぎすぎるな。

 こんな密室では冗談で済ませられないからな。

 ふざけるにしても、もっと関係を構築してからの話だ。


「じゃあ、まず自己紹介からだ。俺は宇佐美安吾。ここよりずっと遠い国から旅してきた。27歳。家族はいない」


 目配せすると彼女は胸に手を置いて名乗る。


「わたくしは先代ローゼンハイム伯爵が長女、シンシア・ローゼンハイムですわ! 以後、お見知り置きを!」

「伯爵!? 伯爵だって?」


 かなり偉いよな、たしか。

 なんかの漫画では現代で例えると県知事くらいの権力者って描いてあった……イマイチ偉さが分からんな。


「フフーン……と言っても、今となってはその名も虚しく響くだけですわ。お父様が病でお亡くなりになってからは没落の一途。成金商家に娘を売り飛ばすように嫁がせて食い扶持をせしめようとしているのが現在のローゼンハイム家にございます」

「娘を……まさか君が?」

「ええ。ちょうど輿入れの道中でしたわ。モンスターの群れに襲われて、馬車は壊され、護衛たちもみんな逃げてしまいました。運良く馬にしがみついて窮地を脱しましたけれども、方角も分からないまま走り続け、馬は力尽き、徒歩でここにたどり着いたのが三日前のことでございます」

「ふーむ……苦労されたんだね。チョコ食べる?」


 スーパーで買い貯めていた徳用のアーモンドチョコレートを皿に載せて出す。


「まぁ! 何コレ! 一粒一粒袋で包んでありますの!? それにこの透き通る紙! 見るもの全てが信じられませんわ!」


 そういや個包装って日本以外だと珍しいって聞くな。

 こんな一袋398円くらいの安菓子でやってくれる企業努力に感謝。


 カリッ、カリッとアーモンドを噛み潰す音を立ててシンシアは目尻を下げる。


「うんまいですわ〜♡ 強烈な甘さにしのぶかすかな苦味、そこに差し挟まるようなアーモンドの香ばしさ! 我が世の春がお越しあそばせ〜♡」


 先程の沈痛な身の上話が嘘のように笑うシンシア。

 きっとこの子は大丈夫だろう。

 つらいことがあってもいいことがあればすぐに立ち直れる。

 それにあの洞窟の中に三日も飲まず食わずで隠れ潜んでいたんだ。

 根性もある。


「ところで、あれはどうやってたんだ? 壁に姿を隠していたヤツ」

「ああ、アンゴさんは魔術には疎くございますのね。魔法のような食べ物をたくさんお持ちなのに。じゃあ、教えて差し上げますわ」

 そう言って彼女は皿の上に敷き詰めたチョコの上に手を載せる。

「【リーフ】」

 そう唱えるとカメレオンのように彼女の手が周りのチョコの色と同化した。

「これが魔術か……映画のCGよりもすごく自然というか当たり前のように現象が起きるんだな」

「イェーガー? セーゼー?」


 耳はあまり良くないなこの子。


「こっちの話。へー、すごいね。この国の人はみんな魔術を使えるの?」

「さぁ……私も市井のことは詳しくありませんので。ですが、私が魔術を使えることが判明したとき、お父様は大層お喜びになられておりましたわ。そして、他人には魔術を使えることを知られないように躾けられました。アンゴさんは命の恩人でございますし、すでに見られておりますから」


 深層の令嬢なら世間のことを知らなくても仕方がない。

 まあ、親が隠そうとした理由が気になるところだが、隠し立てするくらいだから希少な能力なんだろう。

 となると……あとは本人の気持ち次第か。


「で、シンシアさん。俺なら君を嫁ぎ先に送ってあげることもできる。実家に連れ帰ることもね。だけど、それ以外の道を選ぶつもりはあるかい?」


 俺の言葉にキョトンとした顔を見せる。続けて俺は提案をする。


「言ってはなんだが、今の君は実家や嫁ぎ先からは殺された者扱いをされているはずだ。逃げ出した護衛の連中がそう伝えているだろうしな。ここでどちらかに行けば、君は社会的に復活するだろうが再びカゴの中の鳥さ。財産目当てで嫁いだ女性が大切に扱ってもらえるとは思えない。君は世継ぎを作る道具、もしくは高貴な血をひけらかすためのアクセサリといった扱いを受けるだろう」

「そ……それは、お家を守るためですから」

「そのための道具になる必要はない。君は人間だ。自分が幸せになるためにワガママを通してもいいんだよ」


 目をまっすぐ見つめてそう問いかけると、彼女は困ったように目を伏せて、


「少し考えさせてくださいまし……」


 と小さな声で返した。




 さっき分かったことだが、エルドランダーの音声コミュニケーション機能はミュートにすることでモニターで字幕のみ出すことができる。

 後部座席でシンシアを寝かせ、俺はエルドランダーとコミュニケーションをとっていた。


『マスター、案外女たらしですね。ヒューマニズムを問うキャラではないと認識していたのですが』

「ああいうの好きだろ。カゴの中の鳥的なお嬢様って」


 俺はこともなげに言い放つ。


「あの娘の魔術とやらは役に立ちそうだ。命や食事の恩もあって俺に対する好感度は高いから裏切る可能性も低い。取り込んでおいて損はないだろう」

『私の認識能力に狂いがなくてよかったです。現代日本ならマスターは悪人側の人間ですよ』

「分かってないな。悪人ってのは悪い結果を招いた奴のことをいうんだ。政治家とか見ればわかるだろ。利用はするが彼女にとっても悪いようにはしないさ」


 美味いものを食べてだらしなく緩んだシンシアの笑顔を見てピリピリしていた感情が和らいだ。

 俺だって異世界で頼る人間はおらず心細いんだ。

 そばにいてくれる人間はほしいんだよ。言わないけどな。


『あまり私の車内でふしだらな事はしてほしくないのですが』

「はっ、いくら綺麗でもガキをそういう対象にするかよ。多分、17、8……いや、西洋人は老けて見えるから下手すると14、5とかもあり得るだろ」

『あなたの言った通り、近代までなら十分、子供を産ませる対象ですよ』

「俺は現代人だ。倫理観まで異世界に合わせるつもりねえよ」

『変なところマジメですね。だったら私は反対しませんよ。面倒を見るのが嫌になって投げ出さないようにしてくださいね』

「捨て猫拾ってきた子供みたいだな、俺」



 眠りから覚めたシンシアと食事を摂っていた時、彼女の気持ちを聞かされた。


「アンゴさん。私は、実家にも嫁ぎ先にも行きたくありませんわ。こうやってあなたに助けていただいたのも何かのご縁。世間知らずの不束者ですが、あなたの旅にお連れいただけませんでしょうか?」


 心の中でグッとガッツポーズをした。


「俺の旅は行くあてのない旅だ。持っている食糧だっていずれ尽きるし、この車もいつまで動くかは分からない。それでもいいのか?」

「もちろん。ビンボーには慣れておりますわ。畑を耕すのも内職をするのもやってみたいと思っていましたの」


 自信満々といった顔で胸を張るシンシア。

 やっぱり、成金の慰み者にするには勿体無い娘だ。いつまで、この暮らしが続くかはわからないけれど……


「俺についておいで。きっと、楽しい旅になる」


 そう言って、俺は手を差し出した。するとシンシアは俺の手を見て首を傾げる。

 握手の文化がないのか? まあ、お嬢様は容易く他人の手を取ったりしないものかもしれないな。

 手を引っ込めようとした瞬間、


「あっ!」


 とシンシアは閃いた顔をして俺の手を取り、


「チュッ」

「!?」


 俺の手の甲にキスをした……

 突然の飛び道具にドギマギしていると、向こうも赤く染まった頬を手で押さえている。


「そ、そうですわよね……殿方の旅にお供するということはそういうことですわよね。私、嫁入り前ですので何も存じ上げておりませんので手ほどきはお任せしてよろしくて?」

「よろしくねえよ! おい! 俺のアレはどういう意味がある行為だったんだ!?」

「そ、そんなことを年端も行かない娘のクチから言わせたいのですか!? ハ……ハレンチですねえ!!」

「あー、今ので大体解っちゃった」


 ギャーギャーと騒ぎながら誤解を解くのに時間を要した。

 まず、この世界の常識を教えてもらわないととんでもない事故を起こすだろうと痛感した。

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