第7話 お嬢様らしき者を拾った

「う…………あぁぁ…………」


 ゾンビのような呻き声を上げているが、怪我をしている様子もないし、薄汚れている以外は身につけている服や靴も傷んでいない。

 ただかなり衰弱しているみたいだ。


「み、水とか飲む?」


 恐る恐る声をかけてみるとうつ伏せになっていた女の子の顔がぐるりとこっちを向き、


「あぁ……っ………うぅぅ……」


 と言葉にならない声を上げて、こちらに這いずってきた。

 日本語つうじるんだなー、とご都合展開を噛み締めながら俺は車の中から常温のペットボトルの緑茶を取り出してきた。


「お茶だけど、喉の渇きは取れ、ますよ」


 なんとなく敬語でペットボトルを差し出す。すると、


「あ゛あ゛ーーーーっ!!」


 と雄叫びを上げてペットボトルを俺の手から奪い取り、一気に飲み干した。


「っ〜〜〜〜〜ぷはぁああああああああっ!! うんまいですわぁ!!」


 豪快な喝采と共に笑顔を爆発させる少女。

 まるで乾燥椎茸のように干からびかけていたのにペットボトル一本でほっぺたが潤いに満ちるほど回復している。

 そして、気づいた。


(この子、めちゃくちゃ美少女じゃん……)


 くっきり平行二重の切れ長の瞳。

 マスカラもしていないのにまつ毛がびっしり生え揃い、豪奢な印象を受ける。

 彫りの深い顔立ちを調律するように整った鼻梁。

 桜色の薄い唇を含む口まわりはお茶でワイルドに濡れており、彼女は服の袖でそれを拭った。


「失礼……わたくしといたしたことがはしたない真似を」

「い、いやいや。死の淵から生還したんだから大騒ぎして当然だと思いますよ」


 かしこまった口調で恥じらう少女。

 現代日本じゃ滅多にお目にかかれない生粋のお嬢様、ってやつかな?

 よく見れば着てる服も高価そうなドレスだ。


「ええと……良かったら、俺の車の中に入ります? 食べ物もありますけd」

「食べものっ!? いただいてよろしいですのっ!?」


 食い気味に問うてくる彼女。

 その必死感はお嬢様めいた風貌や口調には似つかわしくないのだが、コロコロ表情を変えるリアクションの良さは好ましいものだと思った。




 再び鍋にコンロの火をかけて米を炊く。

 但し、今回は水を多めに。

 顕粒だしと料理酒を少し足して、蓋を閉めて待つ。

 くつくつと煮え、やがて鍋から白い蒸気が立ち昇る。

 蓋を開けるとやわやわになった白粥が出来上がっている。

 ここに、塩や人工調味料でザックリと味付け。

 空腹時にはあまり固形のものは食べない方がいいらしいし、これくらいでちょうどいいだろう。


「ほら、冷ましながらゆっくり食べなさい」


 お椀によそってスプーンと一緒に渡すと、


「神様、日々の糧に感謝しますっ! 頂戴しますわ!」


 お嬢様は一気におかゆを口にかき込み、


「アツッ!? あっちぃですわっ!!」


 とお粥を頬張ったままのたうちまわる。

 俺が差し出した冷たいお茶を飲んでなんとか喉を通らせた。


「慌てなくていいから。食べ終わったら少し眠るといい。この布団を使っていいから」


 そういって枕と布団を差し出して、俺は運転席に向かい背もたれにもたれる。


『ずいぶん親切ですね。

 マスターも可愛い女の子には甘いのですか?』

「下世話な車だな……不細工なジジイでもこの状況じゃ親切にするさ。何せこの世界で出会った最初の意思疎通が可能な生き物だからな」


 人間という表現はあえて避けた。

 あのお嬢様は見た目こそ可憐な美少女だが、なんらかの手段で岩壁に擬態して姿を隠していた。

 ファンタジー的に考えるならば魔法なんだろうけど、そんな力を行使できる生物を人間と素直に認めるには情報が不足している。


「エルドランダー。少し眠る。彼女が起きたり、妙な行動を取り始めたら起こしてくれ」

『その程度の警戒でよろしいのですか?』

「こっちが警戒していることに気づいたら向こうも警戒するだろ。獲物の前で眠りこけるような狩人はいないって思ってくれたら儲けもんだな」


 欠伸をひとつして瞼を閉じた。


『やれやれ、本当にひねくれた考え方をしていますね…………でもまあ、ひとまずお疲れ様です。おやすみなさい、マスター。良い夢を』


 少し柔らかな口調でエルドランダーはそう呟いた。

 どこか優しげで年長者ぶった口ぶりに心絆されながら、この世界に来て初めて就寝した。

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