第9話 決して冷えない恋 後編
「……今日も暑いな」
高校二年の夏休みも真っ只中のある日、自室で宿題を片付けながら俺は汗を拭って独り言ちる。部屋には氷麗もいるのだが、相変わらず夏には弱いため、ボーッとしながらぐったりとしていた。
「まったく……ほら、大丈夫か?」
「……大丈夫じゃない。今にもアイスみたいに溶けそう……」
「だから、そんなグロいこと言うなって。アイス持ってきてやるから……味、何が良い?」
「……抹茶」
「はいはい」
氷麗の注文に返事をした後、俺は立ち上がったが、俯せになりながら物憂げな顔で俺を見つめてくる氷麗の姿が妙に色っぽく見えてドキッとしたが、俺はすぐに気持ちを切り替えて部屋を出た。
だけど、氷麗を見て感じたドキドキは中々治まらず、俺はドアに背中をつけてその場に座り込みながら心臓に手を当てた。
「……氷麗、本当に色っぽくなったよな。どんどん氷麗のお母さんみたいになっていく……」
幼馴染みの変化に戸惑いながらもその変化していく姿を俺はワクワクしながら見ている。あの小学四年生の夏休みから俺の氷麗を見る目は変わっていて、今までは特に気にもならなかった姿や言葉にもドキドキしていて、自分が氷麗をただの幼馴染みから一人の好ましい異性として見始めている事を実感した。
その氷麗への色々な想いは歳を取る毎に変化していき、学校のプールの授業での水着姿や今日みたいに暑い日に少しボタンを開けて下着がチラリと見える姿を思い出しては自分を慰める日も少しずつ増えてきていた。
氷麗の事を異性として好きではあるが、それと同時に性の対象としても見ている自分もおり、その二つの目に俺は戸惑い、どうしたら良いのかと日々悩んでいるのだ。
「……俺は氷麗が人間と雪女のハーフである事を嫌だとは思わないし、氷麗と恋人になれたら本当に幸せだと思う。だけど……こんな不純な気持ちを抱えたままじゃ、氷麗の事をいつか傷つけてしまうだろうし、今のままの俺じゃ絶対にダメだ。
もっと俺が大人になって、氷麗と恋人になっても自分の気持ちを暴走させずにいられるようになってからじゃないと……」
そんな悠長な事を言っていたら氷麗が誰かに取られるのは理解している。小学校の頃から氷麗は男子からの人気が非常に高く、女子からの人気が高い男子から何度も告白されているらしいが、その告白を全て断り、せめて登下校だけでもという声すら冷たく拒否して、予定が合わない日以外は俺と毎回登下校をしている。
だから、俺は男子から冷たい目を向けられていて、男子の友達も結構少ない。ただ、そんな人気のある氷麗が昔から俺のそばにいてくれて、さっきのようにだらけた姿を見せてくれるのは素直に嬉しかった。
「……そう思う辺り、俺はやっぱり氷麗の事を好きなんだろうし、このままじゃいけないっていう結論に変わりは──あ、そういえば抹茶もカップとバーの奴の二種類あるし、どっちが良いか聞いとくか」
その事を思い出して俺は立ち上がると、部屋のドアを開けた。すると、そこには予想外の光景が広がっていた。
「な……つ、氷麗! お前……何やってるんだよ!?」
そこには何も着ていない氷麗の姿があり、脱ぎ捨てられた衣服が乱雑に置かれていた事や昔に比べて遥かに成長した裸体に俺の心臓はこれまでにないくらいの速さで脈打っており、あまり見てはいけないと思いながらもその新雪のように白く綺麗な体から目が離せなかった。
「つ、氷麗……お前……」
「……これなら手を出す?」
「え……?」
「……まだ出そうとしない。それなら、次の手に……」
「いや、ちょっと待てって! お前、本当にどうしたんだよ!? 暑いからって何も着てないのは──」
「違う」
その言葉はとても強い否定であり、氷麗にしては珍しくとても冷たかった。
「違うって……」
「暑くても相手が焔じゃなかったらこんな事はしない。焔が好きだから、私はこんな姿も見せられる」
「氷麗……」
「私は小さい頃から焔が好き。なんだったら初めて出会った日から好きだった。だけど、焔は私をただの幼馴染みとしか見てない。あの時だって手を出してほしかったのに出してくれなかった……」
「あの時って……小学四年生の夏休みか?」
「そう。あの時は安心感に包まれて寝ちゃったけど、改めて焔を好きな事を実感出来た。だから、焔に色々な事をされる想像をしながら自分を慰める日々を過ごしてる。焔が私をただの幼馴染みとしか見ずに手も出してくれないから」
「違う……」
「焔は私の事を異性としてなんて……」
「見てるよ!」
自分でも驚くくらい大きな声に氷麗は驚き、俺はそんな氷麗に近づくと、そのまま唇を重ねた。初めてのキスだからかとても緊張していて、氷麗とキスをしているという事しかわからなかったが、それでも俺にとっては幸せで、口を離した後もその多幸感は残っていた。
「はあ、はあ……ほむ、ら……?」
「俺だって氷麗が好きだよ。あの日からずっと氷麗だけを想ってきたし、俺だって氷麗と色々な事をする想像をしながら自分を慰める日もあった。
だけど、俺は氷麗が好きだからこそ大切にしたい。今の俺だと欲望を暴走させて氷麗の事を傷つけてしまうと思ったから、もう少し大人になって、氷麗と恋人になっても自分の気持ちを暴走させずにいられると断言出来てから気持ちを伝えようと思ってたんだよ……!」
「焔も……私を、好き……」
「さっきだって色っぽいなって思ってドキドキしてたから気持ちを落ち着けてたし、今の俺じゃ氷麗には……」
「……それくらい構わない」
「……え?」
氷麗の言葉に驚いていると、氷麗は頬を赤く染めながらも嬉しそうに微笑んだ。
「焔が私を好きなのがわかって私は嬉しい。それに、焔が私とそういう事をしたいと思っていても私の事を考えて我慢してくれていたその優しさも嬉しい。だけど、我慢なんてしなくても良い。私だって焔とそういう事をしたいし、焔にだって幸せを感じてもらいたい」
「氷麗……」
「お母さんは正真正銘の雪女だけど、私は人間と雪女のハーフ。だから、少し熱すぎてもまだ大丈夫。焔、私と熱くなろ?」
「……わかった。氷麗、愛してるぞ」
「うん、私も焔を愛してる」
お互いに告白をした後、俺は再び氷麗と唇を重ね、口内で舌を絡め合った。体はひんやりとしていても口内はとても熱く、その温度差に俺は気持ちよさを感じ、しばらく室内は俺達がキスをする水音と鼻息、お互いに快感から出る小さな声が響いていた。
そして十分にキスをした後、俺も服を脱いで近くに退かし、氷麗と抱き合った。氷麗の体から伝わってくるひんやりとした冷たさと柔らかさは俺に更なる安心感をもたらし、俺は愛おしさを感じながら氷麗の頬に自分の頬を擦り付けた。
「……俺、いますごく幸せだ。好きな相手とこうして素肌で抱き合っているこの状況がとても幸せなんだ」
「……うん、私も幸せ。焔から伝わってくる温かさが私の心をポカポカとさせてくれる。ずっとこのままでも良いくらい」
「俺も同じ気持ちだ。だけど、そうも言ってられないしな」
「そうだね。だから、そろそろ……」
「ああ、わかってる。お前の事、この気温に負けないくらい熱く愛してやるよ、氷麗」
「……どろどろに溶けるくらい?」
「ああ」
返事をした後、俺は一度体を離してからまた氷麗とキスをし、氷麗の目の奥にハートを見て愛しさを感じながら体を重ねた。
好きな相手と愛し合える喜びは想像以上だったが、氷麗にもちゃんと気持ちよくなってもらう事を考えて、俺は無理にはがっつかずに愛撫で少しずつ氷麗の体をほぐし、氷麗も同じ気持ちだったのか少し物欲しそうな目はしていたもののそのひんやりとした体と口内の温かさをうまく組み合わせて俺に快感をもたらしてくれた。
そんな氷麗との一時は俺にとって幸せ以外の何物でもなく、氷麗が快感で何度も絶頂するのを見ながら更に気持ちよくさせてやろうと頑張っていたが、氷麗も負けじと色々な事をしてきたため、俺も氷麗の前で情けない声を出しながら何度も絶頂した。
しかし、相手が氷麗であった事や思春期ならではの強い性欲があった事で俺は少し休憩しただけでまた氷麗を求めるようになり、氷麗もその白い肌をほんのり赤く染めながらも嬉しそうに微笑んでそれに応じてくれた。
そうして氷麗と体を重ねる事数時間、ようやく体力の限界が来て、俺と氷麗は並んでベッドの上に寝転がった。ウチの親が外出していた事で俺達は気兼ねなく声を上げていて、それがどうしようもなく気持ちよかった事を思い出していると、氷麗は俺の腕を掴みながらじっと俺の事を見つめてきた。
「……どうだった?」
「……ああ、最高だったよ。氷麗、本当にありがとうな」
「……こちらこそ。こんなに幸せで気持ちいいならもっと早く知りたかった」
「たしかにそうだけど、やっぱり俺は氷麗を大切にしたいから、それを知っていてもがっつこうとはしなかったと思う。そんな事をして、氷麗だけ辛くても俺は嬉しくないしな」
「……そこが焔の良いところ。だけど、ウチの両親は前々からそういう関係になっても良いと言ってたし、焔の両親もそう言ってた」
「……え、そうなのか?」
「うん。前に焔がいない時に来てみたら、焔は変に真面目でそこが親として心配だから、私さえよかったら焔を誘惑してみてほしいって」
「ウチの両親まで……」
両親からもそんな風に思われていたのかと頭を抱えていたが、対して氷麗は嬉しそうに微笑んでいた。
「これで私達は両想い。少し他のカップルとは違うけれど、私達ももう立派な恋人同士」
「……そうだな。こういう事までした以上、俺は絶対に氷麗を裏切らないし、一生をかけて氷麗を幸せにしてみせる。それが俺の果たすべき責任で、俺のやりたい事だからな」
「……熱くて真面目。だけど、そんな焔は好き。焔、改めてこれからよろしく」
「ああ、こちらこそよろしくな、氷麗」
氷麗の頭を撫で、気持ち良さそうに目を細める氷麗の姿に俺は愛しさを感じた。両家の公認ではあるけれど、俺達はまだまだ子供で自分達じゃ取れない責任だって当然ある。
だけど、俺は迷わないしそれを投げ出しはしない。何故なら、俺には心から愛している恋人がいて、その愛は誰にも負けない程に熱いからだ。
「……氷麗のお父さんも同じ気持ちだったのかな」
人間と雪女の恋はやはり色々難しく、乗り越えるのも困難な障害はあったはずだ。だけど、二人の恋が決して冷えなかったから今の氷麗がいる。
それなら、俺だってそれには負けない気持ちでいよう。俺の愛だって真っ赤な焔のように熱くて、氷麗への恋は決して冷えないと断言出来るからだ。
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