第4話 穢れ無き月に恋をして 後編

「わぁっ……星、すごく綺麗だねぇ……!」

「そうだね」


 秋の初め頃の夜、頭上に広がる満天の星空を見ながら言う満香の言葉に私は静かに答える。高校の屋上から見る星空は家の窓越しに見る物や少し遅くなった日に見上げる物とはまた違った良さがあり、満香がはしゃぐのもわかる気はした。

だけど、私の視線の先に星空はない。あるのは同じ屋上に立っている近くて遠いこの世の物とは思えない程に綺麗な月だ。頭上に広がる満天の星空と綺麗な形の満月を見ながら、目の奥にも星空を持つ満香は私が心を奪われた日の姿と同じくらい綺麗に見えており、その姿を私は静かに眺めていた。

私の部屋の窓から射し込む月明かりの中で生まれたままの姿を晒していた幼き月は十年の歳月を経た事で美しさと可愛らしさを増し、当時から多かった異性からの好意を更に増やしていた。

当の本人は興味がないからか告白を全て断っていて、告白をしてきたのが校内でも有名なイケメンや運動部のエースだったからそれをもったいないと言う声も少なくなかった。

けれど、満香は別に残念がる様子も見せずに私と一緒にいたがっていて、それに嫉妬しているのか満香に好意を寄せている男子からの視線はとても冷たい。

満香経由で仲良くなった女子達は男子じゃなく女子の私に嫉妬したって意味はないのにと笑っていたけれど、その嫉妬心は間違っていない。何故なら、私はあの日からずっと満香に恋をしていて、それと同時に劣情に身を焦がしているからだ。

あまりにも美しく穢れのないあの姿は見事な美術品のようにも感じていたが、私にはそんな満香を欲望のおもむくままに汚したらどうなるのだろうという思いもあったため、その姿や日常で見かける様々な満香の姿を思い浮かべてからそれを汚す想像をして夜に一人果てる事もあった。

私としては許されざる事ではあるけど、本来ならばそうした欲にまみれた穢れた想像をして自分を慰めながら果てるのは異性がする事なのだろう。

だけど、同性である私が満香に恋心を抱いている事は間違いなく、満香の幸せを願いながらもあの穢れのないまだ少し幼さの残る肢体に舌を這わせたり丹念に触ったりしたいという爛れた欲があるのもまた間違いない。私はそんな穢れまみれの罪人なのだ。

満香を見ながら自分の穢れについて考えていると、満香は私に視線を向け、嬉しそうににこりと笑う。


「それにしても、こうして屋上で天体観測が出来るのは本当にラッキーだったよ。ほんと天文部さまさまだね」

「元々、他の部員も来る予定だったけど、急にみんな予定が入ったからなんだけどね。それに、顧問の先生までお子さんが体調を崩したから急に帰らないといけなくなったし……宿直の先生がいるとはいえ、中々寛容な高校よね」

「だね。でも、私はこうして新葉ちゃんと一緒に天体観測が出来るのは嬉しいよ。お泊まり会をして、綺麗な青白い月を見たあの日みたいに」

「……小学生の時にやったあれね。あれ以降もお泊まりなら何度もしたけど、あそこまで綺麗な月は中々見られなかったし、あの日は本当に運が良かったのかな」

「うん、そうだと思うよ」


 嬉しそうな笑みを浮かべながら答える満香の姿はとても可憐で愛おしく、いつかこんな満香も誰かと恋仲になって、そのしなやかで綺麗な肢体を好き勝手にされるのかと考えてしまい、急に腹が立ってしまった。

けれど、それは表には出さずに再び頭上の星空に視線を移そうとしたその時、ふと満香が制服に手を掛けているのが見え、不思議に思いながら満香に視線を戻すと、満香は迷う事なく制服を脱ぎ始めた。


「えっ……ちょ、ちょっと何をしてるの!?」

「何って……あの日みたいに月明かりを浴びたくなったの。まあ、ここは屋上だから少し恥ずかしいけど、夜だし新葉ちゃんしか見てないから良いよね」

「いや、良くないでしょ!? ほら、早く服を──」

「ねえ、新葉ちゃん。月に関する話なんだけど……これは知ってるかな?」


 私に問いかけながら満香は服を脱ぐ手を止めず、少しずつ服が足元に落ちていきながらその清らかな柔肌が露になっていく事に焦りと興奮を感じながら私は声を震わせる。


「な、なにを……?」

「月は魔除けの力も持っているけど、それと同時に西洋では狂気をもたらすって言われてるんだよ」

「あ、ああ……Lunaticるなてぃっくの事ね。意味は愚かなとか狂気のとかだけど、それがどうしたの……?」

「新葉ちゃんが言ったのもあるけど、月の満ち欠けが人間の性格を表してたり月が人間の奥底を照らしてるって私は聞いたんだ。人間の性格も満月のように丸々としてたかと思ったら欠けていってどんどん細くなっていっていくし、人間の奥に隠れた狂気的な性質を月が表してるっていう考え方もあるんだって」

「…………」

「だからね、新葉ちゃん。私の中にもあるんだよ、正常じゃない考え方や行動がしたくなる狂気的な一面が」


 全てを脱ぎ終え、あの日みたいに生まれたままの姿で月明かりを浴びる満香は変わらず美しかったが、その目の奥にはさっきまでの星空とは違う妖しい狂気が宿っており、その妖艶な雰囲気に私はたじろぐと同時に惹かれていった。


「み、満香……」

「私、月明かりを浴びたあの日から少しおかしくなったの。同じ女の子の新葉ちゃんが裸で月明かりを浴びてるのがすごく綺麗に見えて、幼馴染みの女の子から一人の恋の対象になったんだ」

「え……」

「だから、あの日から私は新葉ちゃんだけを好きになった。一緒にお風呂入った時もすごくドキドキしてたし、プールの授業で水着になった姿や夏服になって少し薄着になった姿を思い浮かべて夜に一人でシちゃう事もしばしば。

新葉ちゃんは私をただの同性の幼馴染みで、エッチな事をあまり知らないって思ってるかもしれないけど、私はあの日からこんな事も出来ちゃうくらい狂ってるんだ。同じ女の子の新葉ちゃんを一人の女の子として愛していて、そんな新葉ちゃんを使って一人でシちゃうようなそんな狂人に」

「…………」

「まあ、新葉ちゃんからしたらこんな私は気持ち悪く感じるよね。でもね、この気持ちだけは言っておきたかったし、この月明かりが私の穢れを浄化してくれると思ったの」

「……も、だよ……」

「え……?」


 驚く満香に近づくと、私は満香の唇を奪いながら満香の手を私の胸の上に置かせる。本来ならば恋人同士がやるような大人のキスで私は満香の口内を蹂躙し、粘っこい水音と私達の鼻息が屋上に響く中、満香の手が私の胸をゆっくり刺激する事に私は興奮を覚えていた。

そして十分だと感じて唇を離すと、満香は目をとろんとさせながらその場に膝をつき、何かを欲するように上目遣いで私を見上げた。


「に、にいはちゃん……」

「……私も同じだよ。あの日から私は満香の事を女の子として愛していて、同じように一人でシちゃう事もあった。でも、それを言うのは無理だった。本来なら異性同士が恋に落ちて結婚して子供を作るのに、私は同性の満香に恋をしていたんだから。無理に……決まってるよ……」

「新葉ちゃん……」

「だから、そうやって正直に打ち明けてくれた満香を私は尊敬する。たしかに私が思い描いていたような満香ではなかったけど、その姿は私があの日に恋をした穢れのない清らかな月その物だよ」

「……だったら、その月を今から汚してみない?」

「……え?」


 満香の言葉に私は疑問の声をあげる。言葉の意味は何となく理解出来ているし、そうしたいのは間違いない。だけど、満香からそんな事を言われたのが私には不思議だったんだ。


「ここには私達以外には誰もいないし、宿直の先生もそろそろ寝るってさっき言いに来てた。だったら、私達の事を見てるのはもうあの星空と月だけ。そうでしょ?」

「……そうだね。でも、本当に良いの?」

「うん、良いよ。新葉ちゃん、私と一緒におかしくなろ?」

「……うん」


 両手を伸ばしてくる満香に近づいて抱き締め合いながらまた大人のキスをした後、私も月明かりの下で素肌を晒し、私達は二人の幼馴染みからお互いの体を求める二匹の狂気の獣に姿を変えた。

私達のような女性同士の行為は貝合わせという呼び方をされる事もあるようだけど、一般的には平安時代に親しまれた遊びの方が広く知られている。

美しさなどを競い合う貝の見せ合いもあるが、配られたハマグリの左側である出し貝を見ながら伏せられたもう片方の地貝と合わせていくという現代で言うところの神経衰弱みたいな物がそれであり、私達はお互いに気持ち良くさせながら自分の出し貝を相手の地貝にひたすら合わせていった。

好きなのは満香だけだから、比較のしようは無いけれど、合わさる度に押し寄せてくる快感から私と満香の相性はピッタリで完全に対になるのだという確信があった。

何度も月明かりの中で私達は交じり合い、ようやく二人とも疲労感からその場に仰向けになると、隣にいる満香は嬉しそうににこりと笑う。


「……やっぱり私達は相性バッチリなんだね」

「……そうかもね。これまでは満月と新月じゃ真逆だって考えたけど、ここまでバッチリだったなんて驚いたよ」

「私も。さて……これで私も安心したけど、ウチの両親や新葉ちゃんの両親、天文部のみんなも安心かな」

「えっ……ど、どういう事?」


 私が驚く中、満香はクスリと笑う。


「ふふ、みんな私が新葉ちゃんを好きなのを知ってるんだ。私が新葉ちゃんを好きになったのを自覚した後、お父さん達にそれを正直に言ったの。そしたら驚かれはしたけど、私が新葉ちゃんを好きなら仕方ないし、二人が幸せになってくれるならそれで良いって言ってくれたの。

そしておじさん達だけど……実は私達がお互いに好きになっていたあの日、私達が寝たか部屋まで見に来てたんだって」

「え……じゃあ、私達が裸で月明かりを浴びてたのも……」

「うん、見ちゃったらしいし、その時に私達がお互いに好きになっていたのもわかったらしいよ。ただ、実の娘の新葉ちゃんにそれを言うのは流石にと思ってたみたいで、私に新葉ちゃんの事をどう思うか訊いてきたから私が正直に答えたら、それならウチの娘を末永くよろしくって言われたの」

「知らない内に両家公認の仲になってたんだ……」

「そういう事だね。後、天文部って全員女子でしょ? あれは昔からそうらしくて、設立当初から女子同士のカップルがたくさん出来ていて、他の部員も部員同士でそれぞれパートナーがいるし、顧問の先生も子供なんてそもそもいないし、今日宿直の先生とデキてるみたい。だから、今日誰もいないのはそういう事」

「……気を遣われたって事か。はあ……そんなにも理解されてたなら隠さなくても良かったのかぁ……」

「そうだね。ただ、世間的にはやっぱり受け入れられづらいし、そこは考えないとだね」

「……うん」


 満香の言う通りだ。両家公認の中で顧問の先生や部員達はこの関係を理解してくれる。だけど、世間はそうもいかない。この関係を気持ち悪く感じたり面白がったりする人も当然出てくる。

だけど、私は迷わない。私を好きでいてくれる人がいて、この関係を理解してくれる人がいるなら、私はそんなみんなと一緒に歩み続けたい。


「……満香」

「……なに?」

「これからもよろしくね」

「……うん、こちらこそ」


 月明かりの下で私達は手を繋ぐ。幾度も繰り返した交わりで私達の体は汗や体液で汚れ、端から見ればだいぶ汚ならしいかもしれないが、隣にいる満香は変わらず私にとって穢れ無き月で、満香から見た私も穢れ無き月なのだ。

天真爛漫な満月と静かに佇む新月。そんな真逆な私達だけど、満月も新月も同じ月だ。だから、これからも私達は真逆だけど同じ関係性を続けていこう。近くて遠かったはずの距離はもう手を伸ばせば届く程になったのだから。

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