第3話 太陽のような微笑み 後編
「ふっ……ふっ……」
ある夏の夕方頃、俺は所属している陸上部の部室で一人筋トレに励んでいた。部活動自体はもうとうに終わり、他の部員やマネージャーは帰っていたが、俺はもう少し頑張りたいと言って鍵を預かってこうして居残りをしていた。
しかし、居残りをしていた理由はそれだけじゃない。みんなと同じタイミングで帰ろうとしたら、一緒に帰ろうと言ってくる奴がいるため、ソイツを先に帰らせたかったからというのもあった。
「……ふぅ、とりあえずこんなところだな。さて、もう少ししたら流石に帰るか。陽も家にいるだろうから、帰る途中で会う事も無いだろうしな」
そう、俺が一緒に帰るのを阻止したかったのは幼馴染みの陽だ。ただの同性のダチだったはずの陽だが、悪戯でアイツの胸を揉んで変な声を出された時から、陽を見る目がすっかり変わってしまった。
俺とアイツはどちらも男なのは間違いないし、そこはずっと変わらない。だけど、あの日からアイツの事を目で追う事も増え、アイツからボディータッチをされたり声をかけられたりするだけでドキドキするようになっており、同じ男だというのに俺は陽の事を恋愛的な意味で好きになっていたのだ。
それに気づいたのは、小学生の頃に夢の中に裸のアイツが出てきて、俺の体を色々触ってきてそれを気持ちいいと思っていた後、目覚めたら夢精をしていたのがきっかけだ。
その後もアイツとのキスや性交について考えていたら胸がドキドキしたり着替えの時に見たアイツの素肌を思い出してその夜に果てたりしていて、アイツの事を恋愛的な意味で好きになっている事やアイツとそういう事をしたいと思っているのは明らかだった。
だからこそ、俺は必要以上にアイツと関わらないようにしていた。思春期である高校生になった今だと何かのきっかけで欲求を抑えきれなくなり、アイツに酷い事をしてしまう恐れがある。
アイツは今でも俺の事を三ちゃんと呼んで慕ってくれているが、それはあくまでも親愛であり恋愛ではない。そんなアイツに対して俺の中の劣情と欲求を暴走させてしまったら、アイツは深く傷ついてしまうだろう。
「……これで良いんだ。アイツ、だいぶ運動も筋トレも頑張ってきたから、細身だけど結構筋肉もついてきてるし、本当は顔も悪くないから女子人気も高い。だから、アイツはちゃんと女と付き合って結婚して、子供も出来て幸せな毎日を過ごせば良いんだ」
事実、アイツはマネージャー達や学校の女子だけじゃなく、一緒に街を歩いている時にもすれ違った同年代の女子からも声をかけられたり熱い視線を向けられたりする。
ただ、アイツは恋愛にはあまり興味はないのか告白をされても全て断り、変わらず俺と一緒にいたがっていて、その恨みなのか逆に俺はアイツが好きな女子から目の敵にされていた。
別にそれで嫌がらせをされているわけじゃないが、陽はその状況をよくは思っていないらしく、時にはその女子に対して真っ正面から止めるように言いに行っていた。もっとも、そのせいでもっと恨まれてはいるのだが、アイツは良かれと思っているから強くは言えないし、何だかんだでその気持ちは嬉しいのだ。
「……さて、そろそろかえ──」
その時、部室のドアが開くと、そこには予想してなかった人物の姿があった。
「え……あ、陽……?」
「お疲れ様、三ちゃん。頑張るのも良いけど、水分補給も大事だよ?」
まだ着替えてなかったのか陽は部活のユニフォーム姿で立っていて、その手には水が入った二本のペットボトルが握られていた。
突然陽が現れた事に驚いていたが、それよりもユニフォームから覗く程よく筋肉がついた日焼けした手足やユニフォーム越しでもわかる胸筋の盛り上がり具合に目が行ってしまい、俺はゴクリと唾を飲んだ。
その手足を触りたい。ユニフォームを捲ってその体を存分に見たい。そんな欲求が頭の中に満ち、だんだん息が荒くなってくると、その姿を見た陽は心配そうな顔で近づいてきた。
「……三ちゃん、大丈夫?」
「……やめろ」
「なんだか苦しそうだし、そろそろ切り上げた方が良いよ」
「……来ないでくれ」
「もし具合悪いんだったら、肩をかそ──」
「来るなって!」
自分でも驚く程に大きな声が出ると、陽はそれに驚いて目の前で足を止めた。その表情はどこか悲しそうであり、それを見てハッとしたが、近づいてきた事で鼻に届くようになった陽の汗の匂いと本来の体臭が俺の劣情を更に高めていたため、このまま近寄らせるわけにはいかなかった。
「……別に具合が悪いわけじゃないし、お前の肩を借りなくても良い。だから、早く帰れよ……」
「……三ちゃん」
「……なんだよ。俺の事なんて放っておいて帰れって……」
「ううん、放っておけないよ。三ちゃんが苦しいなら力になりたいし、悲しいなら慰めてあげたい。大好きな三ちゃんが辛いのを見るのは僕だって辛いんだ」
「大好きって……ははっ、そういえばあの日もそんな事を言ってたよな。そんな言葉は俺じゃなくお前を好きな女子達に言ってやれよ。そうすれば喜ばれるからな」
「……言えないよ。だって、僕の大好きっていうのは……」
そう言った後、陽はペットボトルを傍に置いてから俺の事を優しく抱き締める。
「あ、陽……?」
「三ちゃん、僕の大好きは友達としてじゃなく好きな人としての大好きなんだ。男同士なのに気持ち悪いって思うかもしれないけど、この気持ちは嘘じゃないし嘘をつきたくない。小さい頃から、僕は三ちゃんに恋をしていたんだ」
「陽が……俺、を……?」
「だって、好きにならないわけがないよ。一人ぼっちだった僕を仲間に加えてくれて、その後も何かと気にかけてくれて、こうして陸上を楽しめるくらいにまで運動を好きにしてくれた。
僕はそんな三ちゃんが大好きで、三ちゃんに大好きだって言った日からずっと三ちゃんの事を想ってた。想いながらシた事もあるし、こうして抱き締めてる間もすごくドキドキしていて本当は押し倒してでも三ちゃんとヤりたい程に興奮してるんだ」
「陽……」
その言葉は心から嬉しかった。打ち明けたら嫌われて軽蔑されると思っていた相手も自分の事を好きで、ずっと同じような事を考えていたのだから。
「でも、三ちゃんがそういう目で僕を見てないのはわかってる。三ちゃんにとって、僕はただの同性の友達だからね」
「違う……」
「ごめんね、こんな気持ち悪い奴で。三ちゃんが嫌なら、僕はもう三ちゃんには関わらないし、視界に入らないようにするよ。だから、今だけはこのまま……」
「違うんだ、陽!」
「え……?」
俺の声に陽が驚いた後、俺は陽から少しだけ身体を離し、驚いている陽に自分の唇を重ね、陽の舌に自分の舌を絡み付かせた。
俺達以外に誰もいない部室に濃厚なキスをする水音と俺達の荒い鼻息、少しくぐもった声がしばらく響き、顔を離してみると、俺と陽の口にはぬらぬらとした唾液の橋が架かり、陽は何が起こったかわからない様子でボーッと俺を見ていた。
「さん、ちゃん……?」
「……俺だって陽が好きなんだ。あの日からずっとお前を好きだったし、お前がしたいと思ってる事をしたいと思っていて、お前の裸を想像して何度も自分を慰めてきた。お前が気持ち悪いんだったら、俺だって気持ち悪い男なんだよ!」
「三ちゃんが僕の事を好き……」
「今のでわかっただろ? 好きでもない奴とあんなキスは出来ないし、今こうして抱きつかれてキスまでしたから今にもお前を押し倒しそうなんだよ。だから、出来る限りお前とはボディータッチもしなかったし、今日だって先に帰らせたんだ」
「……そうだったんだね」
「でも、両想いだったなら隠さずに言えば良かったんだな。そうすれば悩む事もなかったし、もしかしたら小学生の頃から恋人同士になれたわけだからな」
「……うん、そうだね。でも、今からでも遅くはないよ。それに、今ここには僕達しかいないし、鍵は三ちゃんが持っていて、許可は取っているから本当に遅くならなければ先生達にも怒られない。この意味がわかるよね?」
「ああ、もちろんだ」
俺は嬉しさを感じながら答えた後、もう一度陽と舌を入れたキスをした。その後、しっかりと内側から部室に鍵をかけ、俺達は相手を脱がし合いながら揃って裸になり、抱き合ったりまたキスをしたり、と色々な事をしてこれまで堪えてきた想いをぶつけ合った。
ダチとの会話についていくために女とのヤり方については学んでいたが、こうして陽と身体を重ねる事が出来るとは思ってなかったため、こういう事をしたくて前々から調べていた陽にリードされながら俺達は相手への愛を存分に伝え合い、交代しながら相手の事を受け止め合った。
快感と興奮、その二つで俺はだいぶ情けない顔をしていたかもしれないが、汗だくになりながらも陽は何度も俺の事を受け入れてくれ、俺も夏の暑さと興奮で上昇する体温の熱さで汗をダラダラと流しながら何度も陽の事を受け入れた。
そうして何度も身体を重ね、日が沈んでだいぶ薄暗くなった頃、ようやく俺達は疲労感と満足感でいっぱいになり、裸のままで部室の床に寝転んだ。俺達の汗と体液で床はだいぶ濡れていて、部室の中の温度もだいぶ高くなっていたからか温と冷の二つを身体で感じ、その不思議な感覚を味わいながら陽とようやく想いを通じ合えた嬉しさで俺は泣きそうになっていた。
「はあ、はあ……」
「……三ちゃん、お疲れ様。これまでそういう経験は女の子とも無かったけど、気持ち良かったしすごく幸せな気持ちになれたよ」
「……俺もだ、陽。お前、結構スタミナもついたし力も強くなったからか中々激しかったよな。必死な感じで俺の名前を呼んでたのちょっとおかしかったけどすごく嬉しかったよ」
「三ちゃんだっていつものカッコいい感じじゃなくもう気持ち良さでヘロヘロな感じになってたし、その姿はとても可愛かったよ」
「可愛かったって……ははっ、言うじゃないか。まあでも、これで俺も覚悟を決めないといけなくなったよな」
「……うん、僕もそうだよ。こうして三ちゃんと両想いで幸せな気持ちになれたのは良いけど、さっきも言ったように同性のカップルっていうのはこの国だとあまり良い目では見られないし、家族や友達からも嫌がられるかもしれない」
「そうだな……」
一応、それが認められている国もあるから、そこへ移住してしまえば良い話ではある。でも、陽がそれを望んでないなら俺も無理にはそうしたくないし、もしそうするとしてもそれまでの資金集めの間に俺達の関係がバレて冷たい視線を向けられたり軽蔑の言葉をぶつけられる事だって当然ある。
だけど、俺はもう逃げない。嫌われる事を覚悟で俺に告白をしてくれた陽の気持ちやこれまでずっと抱いてきた陽への気持ちから目を背けるわけにはいかないんだ。
「……たしかにこの先は大変だ。だけど、お前が一緒なら俺はそれで良い。もちろん、子供なんてのも望めないけど、お前と一緒ならそれで満足だ。俺にとってお前は太陽なんだからな」
「それなら僕にとっても三ちゃんは太陽だよ。お互いに名前に“太陽”ってあるし、相手が暗くなってた時は自分が照らしていくようにしよう」
「……そうだな。よし……それじゃあまずはシャワー浴びたり部室片付けたりするか。流石にこのままには出来ないし、そろそろ帰らないとヤバイしな」
「うん、そうだね。あ……せっかくだし、シャワーも一緒に浴びる? シャワーを浴びてる三ちゃん、絶対にカッコいいとおも──」
「ダメだ。今日は……な」
「え……そ、それじゃあ……!」
「……ほ、ほら! 早く片付けて帰るぞ!」
「うん!」
少し照れながら言った俺の言葉に陽は嬉しそうに答える。その微笑みはあの頃から変わらない太陽のような微笑みであり、その微笑みは俺の心も今日もぽかぽかと暖めてくれているのだ。
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