第3話 太陽のような微笑み 前編

 突然だが、太陽のような微笑みと聞いてどんな物を思い浮かべるだろうか。太陽とつくからには、さぞかし暗いところがない眩しい程に明るい微笑みだろうと考えるだろうが、太陽は夏のように照りつける物だけじゃなく、春のように穏やかな暖かさを感じさせる物もあり、俺が思い浮かべるならそっちの方なのだ。

そんな太陽のような微笑みを浮かべる奴が俺の幼馴染みにいる。そいつの名前は太川陽たがわあきら。いつも愛想笑いを浮かべていて、ひょろひょろとした体型のとても気弱な奴だ。

陽とは小さい頃に公園で出会って以来の仲で、力も弱くて頼りなさそうな陽の事を俺はいつも引っ張ってやっていた。そんな事を続けていたからか陽はいつも俺の後をついて歩き、三ちゃん三ちゃんとその時だけはその太陽のような微笑みを浮かべながら俺の事を呼ぶようになった。

俺の名前が陽川三太はるかわさんただから縮めて三ちゃんと呼ぶわけだが、余程俺を気に入っているのか陽は俺以外の奴にはあまり近寄らないし話しかけようともしない。

そんなんだから俺の腰巾着だなんだと言われるんだが、陽はそれをまったく気にしておらず、いつも愛想笑いを浮かべながら俺の傍にいる。

ちょうどその日も俺は昼頃から陽と一緒に公園で遊んでおり、陽が流石にひょろひょろ過ぎると感じた俺は運動をして陽を鍛えようと思い立ち、公園内の走り込みや砂場を使っての幅跳びなどをして陽に様々な運動をさせた。

陽はあまり運動はしない方なため、一通りやった後はだいぶ疲れた様子で息を切らしており、これくらいなら平気だと感じていた俺はそんな陽の姿を見ながらだらしないとため息をついた。


「おいおい、そんなんでバテてんじゃねぇよ。まったく……大丈夫か?」

「う、うん……三ちゃんは本当にすごいね。僕、憧れちゃうよ」

「このくらいで憧れんなって。お前だって続けてたら体力もつくし、体つきも良くなっていくんだから、この程度じゃ疲れなくなるぞ」

「うん、そうだね。はあ……動き回って疲れたけど、なんだか良い感じの疲れって感じがするよ」

「それはお前も満足してるからだな。あまり運動しない方なのに心地よさを感じてるなら、運動するのに向いてるのかもな」

「三ちゃん……ううん、三ちゃんが一緒だからだよ。一人だったらそもそもやろうとすら思わなかったはずだし、三ちゃんが無理ない程度に考えてくれたおかげだよ」


 陽が微笑みながら言う。たしかに怪我や体調不良には気を付けながら運動をさせていたが、陽が頑張っていたのもたしかだ。

本当は普通に遊びたかったかもしれない中で陽は俺の発案に付き合ってくれた上に文句一つ言わずに俺がいたからだと言ってくれる。そんな陽の言葉がとても嬉しく、思わず俺は陽の肩を抱いていた。


「わっ……さ、三ちゃん……?」

「へへっ、わりぃわりぃ。お前の言葉が嬉しくてさ」

「もう……」

「でも、お前って話せないわけじゃないんだから、そうやって俺と一緒にいる時と同じようにすれば他の奴とも話せるだろ?」

「……無理だよ。僕、三ちゃんが相手だからこうやって話せるんだ。三ちゃんは他の子とも仲が良いし、力持ちで体格も良いのにいつも僕を混ぜてくれようとするから、三ちゃんとだけは緊張せずに話せるんだ」

「うーん……でも、他の奴と話すのも楽しいぞ? 別にお前と一緒なのがイヤじゃないけど、俺のダチだって悪い奴らじゃないし、話してみたら結構盛り上がるかもしれないぜ?」

「……それでも無理だよ。だって、そしたら三ちゃんと一緒にいる時間も減るし、変に気を遣わないといけないから僕はイヤだ」

「陽……」


 初めてだった。陽がここまでハッキリとイヤだと言うのは。陽はいつも俺が言った事には素直に従うし、イヤな時には少し申し訳なさそうに言う方だった。それなのに、今回はハッキリとイヤだと言った。それだけ俺と一緒の時間が減るのは陽にとって嫌らしい。


「……なら、無理にとは言わない。別にお前に意地悪をしたいわけじゃなく、少しでも他の奴とも話してみて欲しいだけだからな」

「三ちゃん……」

「それにしても、さっきの言葉を女子から言われてたらすごく嬉しかっただろうなぁ」

「え……三ちゃん、好きな女の子でもいるの……?」

「いや、今はいない。でも、男なら自分を頼りにしてるような言葉を女子から言われたいもんだろ。ただ、可愛い奴に限るけどな」

「…………」

「陽はいないのか? クラスの中で気になってる奴とか」

「……いない。そもそも僕なんて女の子から見向きもされないよ。三ちゃんみたいにガッチリとした体つきしてないし、どっちかと言えば女の子みたいな体だし……」

「あー、たしかになぁ……」


 自分でも言うように陽は俺や俺のダチみたいに筋肉がつき始めたり肩幅が広かったりはしない。体育のプールの授業でもその薄い胸板は男子達からからかわれいて、顔つきがもう少し女子寄りだったら、女子だと勘違いしてドキドキしていたかもしれない。

そんな事を考えていたその時、俺はある事を思い付き、後ろから陽に抱きついた。すると、陽はビクリと体を震わせ、その反応が面白かった俺はいたずら心が働いて両手で陽の胸を掴んだ。


「えっ……ちょっ、三ちゃん……!?」

「前に、女は胸を揉みまくると大きくなるって聞いた事あるんだ。だったら、男も同じかもしれないし、少し揉んでみようぜ」

「いや、男の子と女の子じゃ違うから……!」

「良いから。ほら、いくぞ」


 男なのに慌てながら止めようとする陽の姿がおかしくて俺はクスクスと笑った。そして俺は、クスクスと笑いながら後ろからガッチリと掴んでいた手をそのまま強く握った。


「んっ……!」


 そんなどこか高い声が陽から上がり、俺は思わず陽の胸から手を離していた。声変わりをする前だから、俺も陽もまだ少し声は高い方だ。けれど、陽から聞こえた声はただの高い声ではなく、まるで女子が上げた声のように聞こえていて、その声の中にどこか快感のような物が含まれていた事から、俺は後ろから陽を見ながら心臓の鼓動が速くなっているのを感じていた。


「あ、陽……?」

「あっ……ご、ごめん……握られたのに驚いて変な声が出ちゃったよ」

「驚いて……そ、そうか。えっと……その、ごめん……」

「……ううん、良いよ。ほら、そろそろ運動の続きをしよう。このままボーッとしてるとすぐに夕方になっちゃうよ」

「そ、そう……だな」


 いつも通りの太陽のような微笑みで言う陽を見ながら返事をしたが、その顔を見ていると、何故か胸の奥がザワザワとし始めた。

陽が男なのは間違いない。体育の授業の時や身体測定の時は俺や他の男子とも一緒に着替えているし、一緒にトイレに行った事もあるから、陽が実は女だという事は絶対にない。

なのに、さっきの陽のどこか艶っぽい高い声が耳を離れず、一緒に運動をしている時も陽の声を聞く度にあの声が頭の中に響き、汗をかいてシャツの胸元を引っ張って風を入れてる姿や休憩中に水飲み場で水を飲んでいる姿に俺は何故かドキドキしていた。


「あ、陽……」


 キスがしたい。もう一度抱きついたり胸を揉んだりしたい。陽を見る度にそんな欲求が俺の中で強くなり、陽が気づいていない時に息を荒くしながらそうしそうになったが、その直前で俺はどうにか踏み留まる事が出来ていた。

そんな悶々とした時間が過ぎ、そろそろ帰らないといけない夕方頃になると、陽は夕焼け空を見上げながら少し名残惜しそうな顔をした。


「もうこんな時間かぁ……楽しい時間は本当にあっという間だね」

「あ……そ、そうだな」

「でも、今日は本当によかったよ。三ちゃんと一緒に楽しく運動が出来たし、これからも続けてみたいなと思えたよ」

「…………」

「だから、これからも一緒にこうやって運動に付き合ってくれると嬉しいな。三ちゃんと一緒なら頑張れると思うからね」

「……べ、別にそれくらい構わねぇよ」


 夕陽に照らされた陽の姿が何故か更に綺麗に見え、心臓の鼓動がこれまでにないくらい速くなるのを感じながら軽くそっぽを向いて俺は答えた。

顔もまるで風呂上がりの時のように熱を帯びており、見えなくても赤くなっているのを感じながらどうにか陽に視線を戻すと、陽は嬉しそうににこりと笑った。


「うん、ありがとう。三ちゃん、大好きだよ」

「えっ……あ、え……」

「それじゃあ僕はそろそろ帰るね。三ちゃん、また明日」

「あ……お、おう……」


 俺の返事の後に陽はそのまま公園を出て家へ向かって歩いていったが、俺の足はどうにも動かず、言い知れぬ寂しさを感じながら俺はその場に座り込んでしまった。


「お、俺……本当にどうしちまったんだ……? 陽はただのダチで、俺と同じ男なんだからこんな気持ちになるわけが……」


 言葉では否定していたが、俺の悪ふざけによって見えてしまった俺の知らない陽の姿やその後の魅力的な様々な陽の姿は俺の胸の奥を何度もざわつかせ、さっきの大好きという言葉に嬉しさを感じているのも間違いなかった。


「……これ、好きっていう気持ちなのか? でも、それだと俺は女じゃなくて同じ男の陽が好きっていう事に……」


 男が男を好きになるというのはこれまで聞いた事がなく、男は女を、女は男を好きになる物だと思っていた俺の中の価値観は粉々に砕けちり、本来なら男と女でやるような事をする俺と陽の姿が頭の中に浮かんだが、それが何故かたまらなく嬉しかった。


「……帰ろう」


 立ち上がってから自分に言い聞かせるかのような声で俺は独り言ちた。このままここに一人でいても同じような事を考えて悶々とするだけだとわかっていたのもあったが、このモヤモヤした気持ちを歩く事でどうにか切り替えたかったのだ。

けれど、歩いてみても頭の中には様々な陽の姿や何も着ずに俺を見つめてくる陽の姿が次々と浮かび、そんな陽は俺にとってとても愛おしかった。


「……違う、違うんだ。俺にとって陽はただの男のダチで、女みたいに好きになるような相手じゃなくて……!」


 自分の中にある気持ちを必死になって否定するように俺は独り言ちていたが、それは家に着くまでずっと続いていたのだった。

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