第2話 救い救われて 後編

 その日、私は育志さんの家に行くために朝から出掛ける準備をしていた。両親は昨日の夜から帰っておらず、どうせ今日一日は帰らないだろうと思っていたし、育志さんも今日は一日時間を空けてくれているみたいだったから、どこかに行けたら良いなと考えていた。


「はあ……早く会いたいな」


 育志さんに会いたいという気持ちを抑えきれなくなりながら準備を進め、ようやく出掛けられるといったところまで終わったその時、玄関のドアが開く音が聞こえ、私は驚きながら玄関へと向かった。すると、そこにはよれよれのスーツを着た父親の姿があった。


「よう、良子」

「……なに? 私、今から出掛けるから早くどいて」

「親が帰ってきたのにおかえりなさいも無しか?」

「……はいはい、おかえりなさいおかえりなさい。言ったから早くどい──」

「そんなに早く行きたいのか? だったらお望み通りにしてやるよ」


 突然父親はそんな事を言い、言葉の意味がわからずに私が止まっていると、父親はいやらしい笑みを浮かべながらドアが開け放たれた玄関で突然自分の服に手を掛け始めた。


「なっ……何やってるの!?」

「早くイキたいんだろ? だから、そんな淫乱な娘のために俺が直々にヤってやろうとしてるんだよ。いつの間にか胸も大きくなってるし、揉み応えがあって美味そうだ。まあ、その隠れてる股間もだいぶ美味そうだけどな。ひゃははっ!」

「最低……! 他所に女作って散々好き勝手してるくせに自分の娘にも手を出そうって言うの!? この性犯罪者!」

「何とでも言えよ。どうせ今からお前は俺のモノでなぶられて可愛がられてそのまま俺の物になるんだからな。お前だってどっかのガキと散々好き勝手ヤってるんだろ? お前達の歳ってのはヤりたい盛りだから、お前がおとなしく股を開いてみせたら大人気になれるぜ?」

「……本当に最低。人間としても親としても最低!」


 本当にこんな奴が自分の父親なのか。そんな事を考えている内に悲しくなっていると、父親は脱いだ物をその場に落とし、興奮した様子でゆっくり私に近づいてきた。

しかし、育志さんと比べ物にならない程に魅力を感じないその裸体に私は思わずクスリと笑ってしまった。


「……何笑ってんだよ」

「……その程度で私を犯そうとしてると思ったらおかしくて。ぶよぶよのお腹と筋肉のまったくない身体で何が出来るの?」

「ぐ、ぐぐ……!」

「そんなんじゃ他所で作った人にもさっさと逃げられるのがオチ。まあ、本命は別にいて、アンタなんて暇潰しのオモチャみたいな物だと思うけど?」

「て、てめえ……!」


 私が散々煽ったからか父親は怒りで顔を真っ赤にしながら突っ込んできた。しかし、私がそれを軽々と避けると、勢い余った父親はそのまましまっているトイレのドアに衝突した。

その内に私はさっさと家から出ると、そのまま育志さんの家に向けて走り出す。早く育志さんに会いたかったのもあるけど、会う事で私は安心したかったのだ。

走り続ける事数分、突然誰かとぶつかった事で私は衝撃で尻餅をついた。


「痛っ……」

「あ、ごめん。怪我はないか──って、良子じゃないか」

「え……あっ、育志さん。育志さんがどうしてここにいるの?」

「家で待ってようかと思ったんだが、なんだか嫌な予感がしたから迎えに来たんだよ」

「育志さん……」

「無事に会えてよかったよ、良子」


 微笑みながら私を見る育志さんの姿に安心感を覚え、嬉しさから涙が出てきた後、私は育志さんに抱きついた。


「お、おい……どうしたんだよ、良子……」

「じ、実は……」


 私は家であった事を話した。話している間、育志さんは何も言わずに聞いていたけれど、話し終えた瞬間に私の事を抱き締めてくれた。


「……大変だったな。本当に無事に会えて良かったよ」

「うん、うん……!」

「しかし……そうなると、今日のところは家に帰れそうにないな」

「……育志さん」

「ああ、俺の家に行こう。でも、その前に……ちょっと行きたいところがあるんだ。ついてきてくれるか?」

「良いですけど……それってどこなんですか?」

「……良子からしたら意外なところかな。ほら、行こう」


 そう言いながら私に手を伸ばす育志さんの顔はどこかいたずらっ子のような笑顔であり、その表情から私を騙して何かをしようという気持ちは感じられなかったため、私は育志さんの手を取って指を絡ませながら握って歩き始めた。

育志さんと歩く事十数分、育志さんが足を止めたのは寂れた教会だった。長い間誰も中に入っていないのか、門や外装は錆びたり多少朽ちたりしており、育志さんと一緒じゃなかったら近づく事すら嫌な程だった。


「教会……なんだか寂しい感じですけど、どうしてここに来たんですか?」

「ちょっと中に入りたくてな。まあ、前に下調べはしてるから、この門から入るぞ。不法侵入にはなるけど、誰も見てなきゃ平気だ」

「あ、教師なのにいけないんだー」

「教師でもこういう事はしたくなるんだよ。ほら、行くぞ」

「はーい」


 返事をした後、私達は門を開けて教会の中へと入った。中を歩く事数分、色々な物を見ている内に私達はチャペルの中に入っていた。外と同じでところどころ錆びたり朽ちたりしていたけれど、これまで何組もの男女の結婚を見守ってきたのかその雰囲気はとても落ち着く物だった。


「チャペルなんて初めて入りましたよ」

「まあ、機会がなかったらそうなるよな。さてと、それじゃあここでの本当の目的を果たすとするか」

「本当の目的……」


 チャペルに来てやる事はと考えていた時、育志さんはポケットの中から高級そうな小箱を取り出すと、私の方を向きながら床に片膝をついて小箱を開けた。

その中にはダイヤモンドがついた銀色の指輪が入っており、その指輪の意味に気付いた瞬間、私は嬉しさから感動してまた涙を流した。


「えっ……も、もしかして……!」

「ああ、これは結婚指輪だ。本当は良子が成人してからちゃんとプロポーズする気だったんだけど、良子も法律上は結婚できる年齢だし、その時の事を想像しながら指輪を見ている内に早くプロポーズしたくなってさ。

という事で……不来方良子さん、俺でよかったら結婚して下さい」

「……はい、喜んで」


 育志さんからのプロポーズを受け、私が指輪を受けとった後、育志さんはポケットの中からもう一つ小箱を取り出して中からもう一つの結婚指輪を手に取った。

その後、私達はどちらともなく頷きあってからゆっくりと祭壇の前まで歩き、微笑みながら私達を見る神父さんや私達の結婚を祝福してくれる人達を向かい合いながら想像し、育志さんは嬉しそうに笑いながら私を見つめた。


「……新郎、体岡育志は健やかなる時も病める時も新婦の不来方良子を愛すると誓います」

「……新婦、不来方良子は健やかなる時も病める時も新郎の体岡育志を愛すると誓います」


 神父さんがいない分、少し変えた誓いの言葉をお互いに口にした後、私達は結婚指輪の交換をし、静まり返ったチャペルの中で誓いのキスをした。

いつものキスとは違ったそのキスに緊張したものの、育志さんと一緒に結婚式を挙げられた事がとても嬉しく、心から幸せだと断言出来る程だった。

そしてキスを終えて唇を離すと、私達は結婚指輪を左手の薬指にはめてから静かに抱き締めあった。


「……ふふ、育志さんと結婚しちゃった」

「本当にする時はちゃんと式を挙げるけどな。こういう形でも良子と結婚出来たのは本当に嬉しいよ」

「私も。でも、育志さんに救われてばかりの私が本当に結婚して良かったのかな……」

「……良子は救われてばかりじゃないよ。俺だって良子には救われてるんだ」

「え……?」


 育志さんの言葉に私が驚く中、育志さんは私を抱き締めたままで話し始める。


「……俺さ、良子と初めて会った頃、教師を辞めようかと思ってたんだ。別に仕事がうまくいってなかったわけじゃないし、生徒達ともうまくやれてた。

でも、いつしか俺がこのまま教師を続けてても良いのかって思うようになったんだ。俺の判断ミスで生徒を危険な目に遭わせたら、俺のやり方が間違っていて生徒の未来を閉ざすような事になったら、ってずっと考えてたんだ」

「育志さん……」

「そんな時に良子に出会った。違う学校の子ではあったけど、教師として良子を放ってはおけなかったから、どうにかしてやりたいって必死になった。その結果、良子は俺を信じるようになって笑顔を見せてくれるようにもなって、その笑顔や良子との一時に心を癒してもらってた。だから、今でも教師を続けられるんだよ。

まあ、教師と生徒という関係でありながら良子と散々身体を繋げ合ったりこうして双方の親に挨拶もなしに結婚するような教師として失格な奴だけどさ」

「……世間的にはそうかもしれない。でも、私からしたら育志さんは最高の先生だし、最高の旦那さんだよ」

「……ありがとう、良子。さて……結婚した事だし、ハネムーンにでも行くか。良子、どこに行きたい?」


 育志さんからの問いかけに私は一ヶ所だけ頭に思い浮かべてそれを答えた。


「……育志さんの家」

「俺の家? まあ、最後には行く予定だったけど、他に行きたいところはないのか?」

「……今日はない。それに……結婚したなら、ハネムーン以外にも結婚初夜があるでしょ? 今は日中だけど……」

「良子……そうだな、ハネムーンは本当の結婚式を挙げた時の楽しみにして、今は良子の事を心から愛したい。こんなに可愛らしくて綺麗な花嫁がいるんだ。ちゃんと愛さなきゃバチが当たるよ」

「……それじゃあ、行こっか」

「……ああ」


 育志さんが返事をした後、私達は手を繋ぎながら教会を出てそのまま育志さんの家へと向かい、着いてすぐにキスをしてから服を脱ぐと、時間を忘れて思う存分身体を繋げ合った。

本当の結婚初夜なら育志さんとの子供を作るために頑張ったけれど、私達がしたのはプレ結婚式だから、しっかりと避妊をした上で何度も何度もお互いを求め合った。でも、私に不満はない。

私はまだ成人していない子供で、そんな私が子供を作るのは良くないからだ。だから、私はそれまでにしっかりと大人になろう。育志さんの隣にいても恥ずかしくない程の大人に。

そうして何度も愛し合い、流石に疲れ果てた頃、私の携帯に警察からの着信が入った。それを見た時、私はてっきり育志さんとの関係がバレて、育志さんが逮捕されてしまうのかと思ったが、それは違った。父親と母親が逮捕されたのだ。

私が家から逃げ出した後、父親は物音を聞いて様子を見に来た通りがかりのお姉さんに襲いかかったらしく、強姦未遂などで駆けつけた警察に逮捕され、母親は美人局つつもたせや未成年の売春の斡旋に関わっていたとして逮捕された。

その結果、私は親戚から一緒に住まないかと言われたけれど、それを断って親戚からの仕送りを使って一人で家に住み続けている。

両親がいなくなった事で解放された私だったけれど、だからといって調子には乗らない。何故なら、私には将来を誓い合った最高のパートナーがいるし、これからも救い救われての関係を続けていくつもりだからだ。

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