第1話 幼馴染みへの恋慕 後編

「……はあ、俺は本当にどうしようもないな」


 ある朝、家族が用事で出掛けた誰もいない家の中で俺は自室のベッドに横になって一人ため息をついていた。その理由は簡単だ。あの日、俺の中に生まれた幼馴染みへの恋慕を少しずつ抑えきれなくなり、それが劣情へと変わり始めているのだ。

事実、俺は歳を重ねるに連れて少しずつ女性らしい身体になっていく和美にドキドキしており、その服の中はどうなっているのかや胸などに触れたらどんな感触なのだろうと考え始め、それを想像しながら自慰をしたり夢に出てきた一糸纏わぬ姿の和美で夢精したりする日々を過ごしていた。

今朝も夢の中に少し大人な雰囲気で俺を誘う裸の和美が出てきており、それで夢精をしてしまったため、両親に隠れて下着を替えていたのだが、和美に対して劣情を感じる頻度が日に日に高くなっている事に俺は危機感を覚えていた。


「……けど、どうすれば良いんだ? 俺が和美を好きな事は間違いないし、和美の許しを得た上でヤってみたいのはたしかだ。

だけど、あの日に勝手な事をした俺を和美が好きでいてくれるかはわからない。いつも通りの俺達に戻るって決めたから、翌日から何事もなかったように振る舞ってはいたけど、本当は俺の事を警戒していてもおかしくないんだ。

キスを許してくれたのに危うくそれよりも先へと進みそうになった俺は自分でも危険だと思うし、性に対して強い興味を持っている思春期の今だからこそ一番警戒するべきだからな」


 自分の反応からもわかるように思春期というのは結構危険で、異性が少し肌を出しているだけでも目がそっちに行きやすいし、同性の友達と気になる異性についてや異性とどういう事をしたいかという話をする機会も多い。

それくらい異性に興味を持ちやすく、異性の身体に触れてみたいという欲求が強い中でまた和美とキスをする機会なんていうのが来てしまったら、今度こそ俺は和美を好きにしたいという欲求に負けてしまうと思う。

だから、小学校から高校に至るまで一緒ではあったけど、和美とのコミュニケーションは最低限にしてきたし、前みたいに一緒に遊んだり出掛けたりするのは極力避けてきた。断る度に和美が残念そうにする姿を見て申し訳ないとは思っていたけど、これは仕方ないんだ。幼馴染みの女の子であり他の異性よりも好意を持っている和美を傷つけないようにするためには必要な事なんだ。


「さて……父さん達も出掛けたけど、今日は何をして過ごそうかな。別に誰かと約束してるわけじゃないし、昼飯も適当に済ませてくれって言われてるから、筋トレしたり携帯を見てボーッとしたりして過ご──」


 その時、携帯電話がブルブルと震え、父さん達からの連絡かと思って画面を見た瞬間、表示されている名前を見て俺は凍りついた。


「な、和美……」


 それを見た瞬間、俺の中ではヤバいという警報が鳴り、震える手で携帯を取り、和美からの電話に出た。


「も、もしもし……?」

『あ、一君。今って家にいた?』

「い、いるけど……それがどうしたんだよ?」

『あのね、今日お父さん達が用事で夜までいないんだけど、何の用事もないなら一君のところに行ってたら良いって言われたの』

「え……な、なんで俺のところなんだよ……? 誰か暇そうな奴に連絡して遊びに行ってくれば良いだろ?」

『お父さん達が言うには、一君なら安心して私を任せる事が出来るからなんだって』

「安心してって……」

『それにね──』


 その声が聞こえたと同時に玄関のドアがガチャリと開く音が聞こえ、俺が弾かれたようにドアに視線を向けると、ゆっくりとこっちへ向かって近づいてくる足音も聞こえ、程なくして和美がドアの陰から顔を出した。


「『もう入ってきちゃったんだよね』」

「和美、お前なぁ……」


 和美を見ながら呆れ半分焦り半分で言うと、和美はクスクスと笑いながら電話を切って携帯電話をしまった。

和美がこうやってチャイムを鳴らさずにウチに入ってくる事は珍しくない。俺達が幼馴染みという事で小さい頃から仲が良かったようにお互いの両親も仲が良く、少し不用心かもしれないが、俺と和美はお互いの家の鍵も相手の両親から預かっているため、どちらかが万が一鍵を無くしてももう一人が開けられるという形になっている。


「なんだか久しぶりに一君の部屋まで来た気がするね。一君、最近はあまり私と話そうとしてくれなかったし、遊ぼうと思っても用事があるっていうばかりだったから」

「し、仕方ないだろ……」

「仕方なくないよ。私、一君と遊べなかったりあまり話せなかったりした日はすごく寂しかったし、何か嫌われるような事をしたかなって一人で反省してたし……」

「う……」

「だから、今日は夜まで一緒にいるよ。一君に電話する前におばさん達に聞いてみたら、今日は用事はないみたいだって言ってたから」

「母さん……!」


 俺は頭を抱えた。俺の悩みを話してはいないから、母さん達が正直に話すのは別に普通で悪くはない。けれど、今はすごくタイミングが悪いのだ。母さん達から話を聞いた以上、今すぐに予定をでっち上げるのも不自然だし、計画に付き合ってくれそうな奴を今から見つけるのも難しい。

けれど、このまま和美と一緒にいると、何かの拍子に和美への劣情が強くなって間違った事をしてしまい、ここまでの我慢と努力が水の泡になってしまう。


「けど、ウチに来たって何も面白い物は無いぞ? 特に何か新しい趣味を始めたわけでもないし、珍しい物を持ってるわけでもないからな」

「別にそれでも良いよ。こうして一緒にいられるだけでも私は楽しいし満足だから」

「和美……」

「……あ、ちょっと隣借りるね」

「隣借りるって……おい、和美!」


 俺の言葉も聞かずに和美は俺を軽く跨ぐと、そのまま壁際の方へ寝転がり、子供の頃と変わらない安心しきった顔で俺を見る。


「……こうしてるとやっぱり落ち着くなぁ。小さい頃は一緒にお昼寝もしたし、お風呂にも入ったよね」

「……そうだな」

「……ねえ、一君はこうして私が近くにいるとドキドキする?」

「え……な、なんだよ、突然……」

「私はね、すごくドキドキしてるよ。ほら」


 そう言って和美は俺の手を取ると、そのまま自分の胸へと押し付けた。その瞬間、和美の心音と特別大きくはないが柔らかな胸の感触が伝わり、それにドキドキしながら和美を見てみると、和美は軽く顔を赤くしながら目を潤ませていた。


「な、和美……」

「私、あの日から一君を見る目が変わったの。前までは仲の良い幼馴染みの男の子だったけど、今はカッコよくて大好きな異性の男の子。あの日、一君としたキスは驚いたけどすごく気持ちがよくて、一君が帰ろうって言わなかったらきっともっと先の事までしたいと思える程だったの」

「え……そ、それって……」

「だから、夢の中に出てくる一君の姿も少し変わったし、自分の性について知っていく内にあの日にしていたかもしれない事を一君としてるところを想像しながら自分を慰める事も増えてきたの。一君の中の私はどうかわからないけど、今の私ってそういう事にも興味があるんだよ?」


 そう言う和美はどこか妖艶で色気があり、いつもとは違うその雰囲気に圧倒されていると、和美は身体をゆっくりと起こし、そのまま顔を近づけ、自分の唇を俺の唇に静かに重ねてきた。


「んむっ……!?」


 突然のキスに俺が驚く中、和美の舌は俺の唇を割って口内へと入り込み、戸惑いで動けなくなっていた俺の舌に絡み付いてきた。


「ん……んんっ、んむ……」

「んっ……むぐっ、んんっ……!」


 口内で滑らかに動く和美の舌に翻弄され、俺がなす術もなくされるがままになっていると、和美の舌はゆっくりと俺の舌から離れて口内から出ていき、そのまま和美が唇を離した瞬間に俺達の間には唾液の白く濁った橋が架かった。


「はあ、はあ……な、何をするんだよ……」

「……だってこうしないと私の気持ちは通じないから」

「和美の……気持ち……?」

「そう。私は一君の事が好き。幼馴染みの男の子としてだけじゃなく、一人の異性として好きなの。そうじゃなきゃこんなキスは出来ないよ……」

「和美……」

「私、やっぱり変だよね……あの日、次の日からはいつも通りの私達に戻ろうって話したのにこうやっていつもとは違う事をしてるし、一君にされる事を望んでる。それを知られたら、一君から変な目で見られるって思って話す事も出来なかったの。

だって、一君がもしも私の事をそういう目で見てなくて、告白した事でもっと一君との距離が離れたら私は耐えられないもん……」


 和美の目から涙がポロポロと溢れる。それくらい和美は不安に思っていて、さっきのキスもだいぶ勇気を出してくれた結果だったのがハッキリとわかった。

俺は和美が同じ気持ちでいた事を嬉しく思い、小さく安堵のため息を漏らした後、和美に顔を近づけて今度は俺から和美にキスをした。


「んっ……」

「ん……!?」


 俺からキスをされると思っていなかったらしく、和美は驚いた様子だったが、俺はそんな和美を可愛らしく思いながら唇を離すと、その華奢な身体を優しく抱き締めた。


「は、一君……?」

「……これが俺の答えだよ、和美。俺だってあの日からお前の事を異性として好きだったし、いつか和美とキスよりも先の事をしたいってずっと思ってたんだ」

「ほ、本当に……?」

「ああ、本当だ。だから……その、本当に和美さえ良かったら……」


 ある事を考えながら言うと、和美は微笑みながら頷く。


「……うん、良いよ。実はね、お父さん達からも一君だったら別に良いから、両想いだったらそういう事をする事になっても自分達は止めないって言われてたの」

「それじゃあ俺なら安心出来るっていうのは……」

「うん、そういう事。だから、時間的にはだいぶ早いのかもしれないけど……」

「……ああ。俺、初めてだけど和美にも気を遣いながら頑張るよ」

「うん、ありがとう」


 嬉しそうに笑う和美と再びキスをした後、服を脱いで裸になった俺達は初めて同士という事で慣れないながらもお互いの“初めて”を捧げあった。

俺が危惧していた通り、一度タガが外れた事で俺は何度も何度も和美を求めたが、まだ学生同士という事もあって、俺はいつかこういう日が来ても良いようにと用意していたゴムをしっかりと使い、時々休憩を挟みながら和美にも気持ち良くなってもらうために努め、和美も俺の事を気遣いながら頑張ってくれていたため、その姿がたまらなく愛おしかった。

そうして何度お互いに愛の言葉を伝えながら愛し合ったかわからなくなってきた頃、外はすっかり夕方になっており、隣にいる愛しい恋人を見ながら俺は安心感と充足感に浸っていた。


「……ありがとうな、和美」

「こっちこそありがとう、一君。でも、こういう関係になったからには、しっかりと話さないとだね」

「そうだな。でも、俺はもう自分の気持ちから逃げないし、和美の事を永遠に愛し続ける。十年近くも待たせたわけだしな」

「ふふ、それは私だってそうだよ。一君、改めてこれからよろしくね」

「ああ、こちらこそ」


 和美を抱き締めながら頭を撫で、幸せそうに微笑む和美の姿に愛おしさを強めた後、俺達は満ち足りた気持ちのままで静かに眠りについた。

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