第1話 幼馴染みへの恋慕 前編
俺が幼馴染みの事を友達ではなく一人の女として見始めたのは小学生の頃のある出来事がきっかけだった。
その日も俺は生まれた時から一緒の幼馴染みである
けれど、その日の帰り道で俺の中の和美の存在が大きく変わった。その日も公園でおいかけっこをしたり東屋のベンチで並んで座りながら学校や家族の事を話したりするといういつも通りの事をしていて、時間も夕方頃になって帰ろうと和美が言い出した時も和美とのその日の出来事を思い返しながら頷いていた。
そして公園を出て歩き始めて少し経った時、辺りが少し暗くなった事で電柱にも灯りが点き始めている事に気付いていると、ふと電柱のところに誰かがいるのが見えた。
別に誰かがいるくらいなら不思議ではないが、よく目を凝らしてみると、そこには二人の人物がいて、抱き締めあっているようだったため、それを見て心臓の鼓動が速くなり、そこを通るべきかと必死になって悩み始めた。
「……ねえ、
突然聞こえてきた和美の声にハッとし、和美の方を向いてみると、和美の視線は電柱へと向けられていた。
「な、なんだよ……?」
「……あそこにいる人達、もしかしてキス……してるのかな?」
「そ、それはわからないけど……それがどうしたんだよ?」
「……通り過ぎる時にこっそり見てみない?」
「え……?」
その和美の言葉に俺は驚く。それはそうだろう。通る事すら
けれど、俺も段々二人の様子が気になってきていたため、わかったと言って頷き、気づかれないように俺達はゆっくり歩き始めた。
そして電柱に近づき、ゆっくり通り抜ける時に電柱の下にいる二人の様子をこっそり見た。そこにいたのはどうやら高校生の男女だったらしく、二人はこっそり見ている俺達には気づいていない様子で熱いキスを交わしており、その姿に俺は見てはいけない物を見てしまったという思いと異性とキスをしたらどんな感じなのだろうという思いの二つを抱き、俺達はそのまま通り抜けていった。
それから数分くらいお互いに何も言わずに歩いていた時、和美は突然その場で立ち止まり、俺はどうしたのかと思って和美に近づいた。
「和美、どうした? もしかして疲れたか?」
「……ううん、違うの。さっきの、その……高校生のお兄さんお姉さんのキスを思い出してたら、えっと……」
少し言いづらそうにしている和美の顔は少し赤くなっており、その姿に俺はドキリとした後、心臓のがいつもと違ってドクンドクンと早くなっているのに戸惑っていた。
俺の目の前にいるのはいつもと同じ和美だけど、どこか子供とは違うような雰囲気をまとっているように見えていて、その和美の姿に和美は俺の幼馴染みであり一人の異性なのだという事を改めて思い知らされたようだった。
「あ、あれは……その、すごかったよな……」
「うん……あの二人はたぶん付き合ってるんだよね? だから、あんな感じに二人だけの時間みたいになっていて、あんな風に幸せそうにキスをして……」
「そ、そうだな……ま、まあ、俺達には……その、別に関係ないし? そ、そろそろ帰らないと遅くなっておじさん達も心配す──」
いつもとは違う和美の雰囲気に圧倒されて飲み込まれてしまいそうになるのを恐れて俺が話を切りあげようとしたその時、和美は俺の手をいきなり握り、突然の事に口の中が乾くのを感じながら和美の顔を見てみると、雰囲気はそのままで目はうっすらと潤んでいた。
「な、和美……」
「……ねえ、一君。私と……キス、したい?」
「え……と、突然なに言ってるんだよ? そ、そりゃあさっきのを見て良いなとは思ったけど……」
「だったら……私と今からキスしよ? 私、一君となら別にしても良いって思ってるから……」
「なっ……」
嬉しかった。別に俺達は恋人同士でもないのに、そういう事をしても良いと言ってくれた事がとても嬉しかった。
和美の事を一人の女として見ていない時でも和美は他の女子よりは好きな存在だと言えたし、そういう事をしても良いと言えるくらい俺の事を好きでいてくれた事が心から嬉しかったんだ。
その感激にうち震えている中、和美は俺の反応を待つように潤んだ目で俺の事をじっと見ており、その姿に愛おしさと劣情に似た物を感じていると、俺の両手は静かに和美の肩へ向かって伸びた。
そして両肩に手を置くと、和美の体はビクリと震え、そのままゆっくりと近づいてお互いの息がかかるくらいの距離まで顔を近づけた後、苦しい程に心臓が脈打つのを感じながら期待と緊張の色が浮かぶ和美の顔を真っ直ぐに見た。
「……本当に良いのか?」
「……うん、良いよ。正直、このまましちゃって良いのかとか緊張で逃げ出したいとか思ってはいるけど、ここで逃げたらたぶん後悔すると思うの。だから、良いよ。一君、私とキス、しよ」
「……わかった。当然ではあるんだけど……俺、キスするのは初めてだから、思ってたような感じじゃなくても怒るなよ?」
「大丈夫、私も初めてだから。えっと……そ、それじゃあ……」
「あ、ああ……」
緊張でいっぱいになっている和美を前に同じように緊張でいっぱいになりながら答えた後、俺はゆっくりと顔を近づけ、そのまま和美の唇に俺の唇を重ねた。
初めて味わった異性の唇はとてもプルンとしていて、唇を重ねている間、口では息を出来なくて鼻で息をするしかなくなっていると、和美もどうやら同じらしく、お互いに唇を重ねたままで鼻からは徐々に荒くなっていく息が漏れた。
何かで初めてのキスはレモン味、なんていう言葉を聞いたけれど、それはたぶん実際にレモンの味がしたというよりは、自分にとって好ましい相手とのキスだからこそ甘酸っぱいような感じがして、レモンの味という表現が生まれたんだろう。
それくらい和美とのキスはとても気持ちよくてなんだか甘くて酸っぱい味がしたような気がし、幸せな気持ちになっていると、閉じられた口の中で出番のない舌が意思とは関係なく少しずつ動き始めた。
別に舌を動かしたいとは思っていたわけじゃないのに、俺の舌は閉じていた唇の間に入ってそのまま進んでいき、重なっていた和美の唇も割っていくと、和美の舌先にピタリと触れた。
「んっ……!?」
「んむっ……!?」
その瞬間、俺達は揃って声を上げて顔を離した。舌先同士が触れた事で体に電気が流れたようにビクリと震え、普通にキスをした時の多幸感とは違った物がゆっくりと沸き上がってくるのを感じたのだ。
舌先が触れただけでこれなら舌を絡めたらどうなるんだろう。そんな疑問が頭に浮かび、はあはあと息を荒くしながら再び和美に視線を向けると、和美も同じように息を荒くしていて、その視線は俺の唇に向けられた後に何かを期待したように俺の目を射ぬいた。
そして、俺達は息を荒くしたままでしばらく見つめあい、俺の顔が無意識の内に和美の顔に近づき始めたが、それに気づいてハッとした後、俺はすぐに顔を離して、肩に置いていた手も引っ込めた。
「あっ……」
「……帰ろう。さっきのが何かはわからないけど、たぶん俺達には早いものだろうし、キスがどんな物かはちゃんとわかったからさ。それに、早く帰らないとおじさん達も心配するよ」
「……そうだね。それじゃあ帰ろっか」
「……うん」
どこか寂しさと切なさを感じる和美の声に答えた後、俺達は家に向かって歩き始めた。その間、俺達は一切会話をせず、いつもなら繋いでいる手も繋がずに距離も一人分離して歩いていた。
そして、和美の家に着いた後、俺達はキスをしたという事はお互いの両親には内緒で、翌日からはいつも通りの俺達に戻る事を決め、和美が家に入るのを見届けてから俺は隣にある自分の家に帰った。
ドアを開けて中に入ると、リビングにいた両親がおかえりと声をかけてくれ、それに愛想笑いを浮かべながら答えた後、俺はそそくさと洗面所に行って手を洗い、そのまま自室へと向かった。
部屋のドアを開けて中へと入り、静かにドアを閉めた後、俺はよろよろとベッドに近づいてそのまま体をベッドに預けると、さっきのキスの時に感じた“二つのドキドキ”が戻ってきた。
「……気持ち、よかったなぁ……」
ごろんと体を回転させて仰向けになった後、俺の口からはそんな感想が出てきた。その言葉通り、人生初でもある和美とのファーストキスはとても気持ちよく、恋人同士がキスをしたいと思うのもわかった。
けれど、“幼馴染みの女の子”である和美との長いキスよりも“一人の女”である和美との一瞬のキスの方が気持ちよかった。今日、俺は和美をただの友達ではなく、幼馴染みの女の子であり一人の女としてしっかりと意識する事になったのだ。
「……あのままもう一度キスしてたらどうなってたのかな……」
そんな事を口にしたが、その答えはわかっていた。だからこそ、あの時に止めたのは正解だったんだ。あのままだったら俺は自分を止められなくなって、和美を傷つけてしまう事になったから。
正直な事を言えば、和美とはまたキスをしたいし、もう一度あの電気が流れるような感覚も味わいたかった。けれど、今の俺達にそれは早い。あれは俺達のような子供には早い大人のキスで、それをするなら俺は和美の事をしっかりと好きでいないといけないんだ。そうじゃなければ、俺は和美とキスをするだけの権利はない。
「……好き、っていうのはよくわからない。でも、和美と一緒にいるのは楽しくて大好きだし、和美が笑っているのを見ているととても嬉しくなる。これが……好きっていう事なのかな……?」
天井を見上げながら問いかけても当然答えは返ってこなかった。けれど、たしかな事はある。それは俺が和美とキスをする事はたぶんもう無いという事だ。
和美は俺とキスをしても良いと言ってくれたが、あそこまでの事までは考えていなかったはず。なのに、俺はしてしまった。だから、冷静になった和美ももう俺とはキスをしたらいけないと思ったに違いないのだ。
それに、俺達は明日から元の俺達に戻ると決めた。だから、今日のような出来事はもう来ない。今日の出来事は良い思い出として覚えておくだけで良いんだ。
「……うん、それで……良いんだ」
こうして、俺、
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